嫌いな京都について真面目に考えてみた話
離れたところに住む友達からその土地の食べ物を送ってもらった時、嬉しい!ありがとう!と思う。
そして次の瞬間にはいつも、どうしよう。と思う。
京都は名産品が少ない。
あるにはあるが、気軽に送れるようなものがない。食べ物もそう。
フルーツが有名なところに住んでいる友達から季節ごとのフルーツが届いた時は、負けた。と思った。
送り返せるネタが無い。
別に勝ち負けの問題でも張り合うわけでもない。
贈りものは気持ちだし、必ずしもお返しが必要だとも思わない。
でもせっかくその土地のものを送ってもらったら、こちらからは京都のものを送ってあげたいと思う。
思うものの、毎回何を送ればいいか悩む。
少ないネタを使い回し、困った時にはお漬物頼みになるのだがお漬物ばかりなのもなんだかなぁと思ってしまう。
住んではいるけれど、京都のことをよく知らない。
教科書で見るようなお寺や神社も1時間以内に複数見れる場所に住んでいるけれど、なぜ京都に旅行客が多いのかわからない。
住んでる人にとってはわざわざ見るものじゃなくて、そこに在るものだから?
他の観光地の人も経験しているだろう人混みと渋滞。
「京都は良いところだよ」とテレビで観光客が言うのを度々見るが、数日間過ごすなら良いところなんだろう。
人も車も多くて、電車は混むしバスは遅れるし、駐車場代もばかにならない。
広くて人の少ないオーストラリアから帰国して、すっかり出不精になってしまった。
今日もまたスーツケースを引く人や大勢を乗せた大型バスを見る。
彼らはきっとわたしの知らない京都を知っているのだろう。
わたしが知らないことを、「無い」ことだとは言えない。
嫌いな京都に少しだけ興味をもって「有る」ものに気付く日は、果たしてくるだろうか。
こちらでも京都に触れてます↓