これまでの人生🎞️
初めまして。
わたしは2001年(平成13年)生まれ22歳になる女です。
小さい頃から百ます計算を弟と競争しながら楽しんでやるようなタイプでした。
小学校でも、中学校でも、テストの点数は比較的いい方でした。
高校受験では毎朝5時に起きて朝勉とやらをやったり...。(形だけ)
どこが私の分岐点なのか、と考えたところ
高校受験を頑張りすぎて合格がゴールだと思い込んだんですね。きっとそこからです。
絶対落ちると言われてましたから。
合格発表もオンラインで見ることができたのに、けじめをつけようと思って高校まで見に行きました。
そしたらなんとびっくり。受かってたんです。
ずっと一緒に頑張ってきた幼馴染の番号を見つけて、「あ。ここでお別れだなぁ。」なんて思ってたら。番号、ありました。
そこからの高校生活というもの、頑張ることを捨ててしまいました。
毎日提出する課題は友達のものを写しまくり、追試験を受けずに部活をして放送で呼び出されたり、試験期間でも22時には寝ていました。
楽しいことだけしていたかったのです。
そのまま大学受験を迎え、センター試験は最後の科目まで受けずに友達と帰宅。
これも青春です。今でも思い出話で出てきます。
そして、私立大学の看護学部へ進むが、遊び呆けて寝坊して休んで単位を落として退学。
でも決して遊んでばっかりいたわけではありません。
やる時はやると決めて自習室に篭り、ひたすら勉強して帰宅する日もありました。
しかし、看護というのは、指導してくださる先生によって看護の方向性も違うわけです。
厳しい先生に当たった時は、たくさん調べて何時間もかけて手書きで行った課題に、C評価が付くことなんて当たり前でした。
それなのに他の先生に指導してもらっている学生は比較的良い評価が付くのです。
その先生の看護観に合うかどうか、みたいなものじゃないかと思いました。
嫌になって泣いたこともありました。
そのタイミングで単位を落としました。
単位を落としたら辞めると勝手に自分の中で決めていたので、半年間の休学を経て退学しました。
これは第二の分岐点だと思っています。
現在は、重度訪問介護のヘルパーとして働いています。
看護のように記録物は多くないけれど、支援内容はそこそこ似ています。
日勤、夜勤と不規則ですが、利用者さんの笑顔を見られることが私のやりがいです。
私が生まれた時から、行きたい大学に行けるようにと貯金をしてくれていた両親に、この道で頑張っていますと胸を張って言えるよう、日々頑張って生きているところです。
そんなこんなで、私の今までについて書いてみました。
これからは日記のように、日々ある出来事を載せていこうと思います。
p.s.画像はうちの猫です。
9月生まれの男の子です🐈
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