ぽてとぴあ
「ようこそ、極地からの旅人さん。歓迎するぜ」
閑散とした《塩の地亭》の亭主は、私がカウンターに座ったのを見計らい、こう言った。
「なぜあそこから来たと分かったかって? 単純だ。奴らの版図は塩の地と極地以外全てを網羅しているし、お前は奴らではないよそ者だ。それだけの理由だよ」
聞き流し、ブルービートのリキュールを水割りで頼む。
「ああ、そいつはおすすめだ。今やビートの酒はここでしか飲めんからな。つまみはどうする」
宵闇に晒したナマズのジャーキー。
「ふむ」
亭主は注文を受けると、悲しげにニヤリと笑う。
「ああ、全く。ナマズジャーキーとは命知らずだな。探究心とは、時に残酷さすら見せつけてくれる」
小言を吐き、彼自らバックヤードに品物を取りにゆく。
「ほらよ、酒とつまみだ」
数分後、彼は酒を乗せたトレイを持って現れた。海のように青い酒が、グラスに色彩を与えている。
「つまみは二重底だ。貴重なんだ、くれぐれも酒をこぼすなよ」
言われるままトレイに付いていた蓋を開けると、そこにはぐにゃぐにゃした謎の干し肉と、一冊の手記があった。
手記の表紙裏面には、後から付け加えられたと思われる一文が書かれている。
“メモは取るな。ここで読んで覚えて帰れ”
亭主に感謝し、酒に口をつける。
ビート酒とは似ても似つかぬ味がした。
◆◆
さて、何から書いていこうか。俺は最後の歴史家になるかもしれない男だ。ひとまず、知る限りで時系列順に書いていこうか。
この大陸でポテサラエルフという氏族を知らないものはもはや居ない。彼女らがどのようにしてこの国を支配するに至ったか。これが後世の関心を引くことに異論はないだろう。
大光歴で言えば13世紀まで、彼女らはよくあるエルフ氏族だった。部外者に対し多少苛烈なところはあれど、基本的には近隣氏族や所属国と上手いことやっていた。日々ポテサラを作り、農業の技術で交易していた。
異変は1329年に起こった。彼女らは唐突にバンブーエルフ氏族と戦争を起こしたのだ。この戦争のきっかけについて友人らについて意見を交わしたところ、当時のポテサラエルフ側の代表が突如消滅し、過激派への代替わりを起こしたという結論で概ね一致した。
ヤモイという名を持つその代表は、新しい株への転生を繰り返しながら、今もなお君臨し続けている。
話を戻そう。戦争は、二週間と経たず和解に至った。ポテサラエルフの用いる得体のしれない魔術体系、所謂ポテサラ魔法がバンブー氏族の所有する土地全てに適用され、彼女らの生活基盤となる竹を粗方横倒しにしてしまったのだ。
結論から言えば、この早期講話は最善手だったとも言える。現在でも、バンブー氏族はポテサラ氏族による同化政策の対象外とされている。
この段階では、周辺国は動かなかった。当時の情勢を鑑みればやむを得ないことではあろう。
次に彼女らは、ドワーフが管理するシルベリオス鉱山に宣戦布告した。今度の戦争はより陰惨なものとなった。最初の戦ではドワーフは自慢の斧と銃を用い、ポテサラエルフの一軍を敗走させることに成功した。彼らが自慢げに鉱山に戻ると、そこには土くれと化した故郷があった。ポテサラ氏族の魔力は強大で、ドワーフの主力が前線に出ている隙をつき、魔術師本隊によってドワーフの住まう鉱山そのものをぐずぐずにマッシュしてしまったのだ。
そのため、彼らは補給なしにポテサラエルフからの追撃を受け続けることになった。シルベリオス鉱山のドワーフは、最終的にその数を20分の1まで減らし、捕虜となった生き残りの全てがポテサラエルフの集落でその一生を終えることとなった。
この戦争、より正確に言えば蹂躙の報は、大陸全土に響き渡ることになる。大光歴1330年においては、3つの大国が覇権を握らんと睨みを効かせていた。西の評議国、南の共和国、東の帝国だ。北には極地と呼ばれる未踏の地があるが、そこには少数の修羅が住まうとされ、大国は興味を示さない。資源が少なく、バトルモンガーと戦をしてまで支配する旨味もないからだ。
さて、ポテサラエルフ集落は西の評議国の、最も肥沃な州に属している。当時の大統領は、ポテサラ氏族に警告を通達した。これ以上国内に乱を持ち込むようであれば、自治権を剥奪する。単純明快、かつ素早い対応であった。
対するポテサラ氏族の反応は、「ぽてちは革命を起こゆ」という挑発的なものであった。思えば、この時点ですでに勝算があったのだろう。ここに、ポテサラ革命の火蓋が切られることとなる。
評議国の常備軍は、多種族混成である。これは、立国当時の最大の脅威であった帝国へ対抗するため、ヒューマンの勇者が当時侵略されるがままであった複数の種族をまとめあげ、種族特徴を活かした見事な戦術をもって帝国軍を打ち破った逸話に由来する。
その点において、評議国は当時の輝かしい英雄の姿を見続けたために滅びた、と解釈することができよう。前線では、鉱山を潰され怒りに震えるドワーフと、それを宥めるヒューマン、不安げに敵陣地を見つめる各エルフ氏族が斥候であるハーフリングを待っていた。
一日、二日。到着予定から三日経っても彼らは来なかった。訝しんだドラゴニュートの戦士長は、ハーフリングの州に使いを送る。
四日、五日、六日。使いは、七日目にハーフリングの大群とともに戻ってきた。
それが彼らの友軍ならどれほど良かったことか。彼らの頭からは芋のつるが生え、目は焦点が合わず、口からはポテサラをこぼしている。
そう、ポテサラエルフは種族連携の起点を潰すため、少数でハーフリングの州を攻め落とし、文字通りの傀儡としていたのだ。
それからは悲惨であった。俊敏なハーフリングは己の命を犠牲にしてでも、評議国軍を後ろから襲撃する。ポテサラ氏族はダメ押しに、新兵器を持ち出した。全長5メートルの体躯を持つ、燃え盛るポテサラゴーレムである。踏み潰され焼かれる同胞を前に、評議国の戦士たちは恐慌に陥った。後で判明したことだが、この兵器には東の帝国が持つ人形兵器技術が流用されていた。革命が勃発した翌日、ゴーレム職人を接触させたと帝国の記録が示している。
最終的に、革命は成就した。西の連邦はポテサラ氏族に膝を屈し、皇帝ヤモイはポテトピアの建国を宣言した。
奴の名前はヤモイと呼ぶのか。声に出さず、記憶する。
「まだやってるかね」
くたびれた男が、酒場のドアを開く。
「その声はあン時のハイエルフか。なんか透けてねえか?」
よくよく見てみると、彼の体を通してランプの明かりがぼんやりと見える。
「聞いて驚くなよ。俺、死んだんだわ」
疑問が、私と亭主の間を通り抜ける。
「奴らに処刑されてな。いくらハイエルフでも首を持っていかれるのは流石に死ぬわ。んで、この世に未練があったので、レイスになった」
「相変わらずわけのわからんやつだ。死んだのならくたばるか、さもなくば要件を言え」
ため息とともに促す。それなりに因縁のある間柄なのだろう。
「宵闇に晒したナマズのジャーキー」
亭主はうんざりした目線で、私の手元の手記を示す。
「丁度良かった。今しがた奴らの動きが落ち着いてな。こいつに追記したい」
続きがあるのか、と食いつく。
「ああ、あるとも。折角だから、極地の嬢さんも聞いていくかい? 最速最上の情報を約束するぜ」
「俺は聞かんがな。以前も言ったが、《塩の地亭》としては目立ったスタンスを取りたくないのだ」
耳栓を取り出し、彼はグラスを拭き始めた。
私としては、是非聞きたい。そう告げると、ハイエルフの歴史家は嬉しそうに手を叩いた。
「良いぜ、その眼差し。情熱がある。ならまずは、この手記の続きから行こうか」
彼はペンを取り、文字を踊らせる。
◆◆
ポテトピアの建国に最も驚いたのは、彼女らを支援した東の帝国だった。西の評議国と東の帝国は最初の侵略以来何度も衝突しており、この確執がこんなにあっさりと終わるなどと想定してはいなかったのだ。
帝国はひとまず使節を送り、様子を見ることにした。彼女らが使者をハムにしたならばそれまで。確執の相手がポテトピアにすり替わるだけだ。使節交換を受け入れるようなら、それはそれでよい。相手の肚は見えぬが、表向きには仲良くするつもりがあると判断できる。
送った使節は、帰ってこなかった。正確には、帰ってこようとしても、そもそも帝国自体がなくなっていた。
初手は、宣戦布告すらなかった。空から飛来する巨大なポテトマッシャー(注:手投げ榴弾の俗称)が王宮に直撃。ポテサラ魔法を付与されたそれは、破片の一つ一つが街路一つをぐずぐずに崩してしまうほどの過剰威力をもって周辺地域と人々を汚染し尽くした。
次に、南の共和国におけるエースである飛竜騎士が到来し、略奪の限りを尽くした。目についた人々は男女の区別なく飛竜に捕食され、金品や作物、その他価値ありそうなものは接収された。
遅れてやってきた共和国の地上部隊に捕虜として身柄を確保された、幸運な帝国民は、あの惨劇をこう形容した。
「アポテトカリプス」、と。
こうして、ポテトピアは東の帝国全域を更地とし、ゴーレム技術を独占するに至ったのだ。
アポテトカリプスの後、しばしの沈黙が訪れた。
南の共和国は、建国前から予めポテサラエルフの代表と同盟を結んでいた。当時の共和国高官によると、これは参戦条項を含んだ条約であり、ポテトピアと共和国のいずれかが東の帝国を攻撃する場合はもう片方の参戦を約束する、というものであったようだ。
要は、抜け駆けを許さないというものである。
当時の彼は「この条約の真の意図を察していたかどうかは定かでないが、ポテトピアは自国周辺の領土を北寄りに拡張する程度の戦果で満足したようであった」とも述べている。
その共和国は、比較的うまく立ち回っていた。議会は飛竜騎士の報告を受け、即座に巨大ポテトマッシャーの重要性を理解。非常に多大な魔力を費やすものの、ポテトピアのICBP(注:都市間弾道ポテトマッシャー)と同等の威力を持つ戦略的マジックミサイル部隊の配備に成功。および相互確証破壊体制を確立するため、ポテトマッシャー観測システムの構築を成し遂げたのだ。
かくして、表面上は友好的であった二国は未曾有の冷戦時代に突入する。
とはいえ、官僚と一部の議員以外は楽観視していた。後手でも相手国を確実に破壊できるのだから、この体制が維持できている間は破滅しない。だから心配いらない、と。
表面上はこの楽観論が主流であったこともあり、多くの国民がポテトピアからやってきた旅人を快く迎え入れ、日々を穏やかに過ごした。逆に、共和国からも旅行先としてポテトピアが選ばれるようになった。
【動きがあったら追記】
【追記開始】
この情勢が、300年続いた。
300年の間に、共和国はコーヒーの垂れた新品の綿布のように、あるいは撹拌機の中でマヨネーズの降りそそぐマッシュポテトのように、じわじわと蝕まれていった。
無理もない。ポテサラエルフに限らずエルフは長寿であり、時間感覚が長い。彼女らは、己の国の成り立ちの情報がほとんど失われるまで待った。飛竜騎士のドラゴンはハムにされ、卵はマヨネーズとなった。
大光歴1630年、共和国初のポテサラエルフ首相が誕生した。その頃には、共和国内のポテサラエルフは市民権を得ており、ポテトピアに移り住んだ共和国民にもハーフポテサラエルフが増えていた。
ポテサラエルフ首相は、巧妙に共和国を切り売りしていった。そして、共和国民は熱狂してそれを受け入れた。
最終的に、大光歴1754年にはポテトピアによる共和国の併合が完了した。血は、一滴も流れなかった。
これが、ただの蛮族であったポテトピアがこの大陸を支配するまでの歴史である。
「お嬢さん。ところで、今は大光歴1755年で合ってるかい?」
いや、1756年だ。今は2月だな。
「はは、参ったな。死んでからレイス化するまで、一年くらい見逃してたってところか」
歴史家は、頭を掻く。
いくらハイエルフが長寿とはいえ、数百年単位で歴史を追っていることに、畏敬を隠せない。
「言っとくが、年齢で言えば俺なんぞよりそこの亭主のほうがずっと上だからな。なんせ神の一柱だ」
おい、とけん制が飛ぶ。
「まあ、あれよ。俺を処刑するぐらいだ。歴史には、ポテトピアの連中がわざわざ300年も待ってまで消したかった情報が混ざっているんだろうさ」
感謝する。そう告げ、チップを置く。
「ありがとよ、嬢ちゃん。あと、生者なら睡眠を大切にしな。俺はまたポテトピアに潜る。クソな国だが、興味は尽きん」
そうか。じゃあ、またどこかで。
そっけなく、寝室へ向かう。
――心に、妹を殺した皇帝ヤモイへの復讐の火を燃やしながら。
《完》