SM短編小説「朝マックと彼女と出発」
ここは関西の某地方都市。
僕は連休中の渋滞を避けるため、予定を繰り上げて高速道路に乗った。
そして、予定よりもだいぶ早く着いた到着地で、時間を潰すためにマクドナルドに寄った。
日が昇りだした頃で店内には先客が一人だけ。都会と違って、謎の高いテンションの若者や寝ている人も居ない。とてもクリーンで快適な空間だ。そこで僕は1時間以上時間を潰さなければならなかった。
グリルドベーコンエッグマフィンのセットを頼み、席に着く。テーブルにそれが届く前に、パンク調の服装の小柄な女が少し慌ただしく入ってきた。女は店内を一瞥した後、まっすぐに僕の方に向かってきた。目が合ったわけでもないし、もちろん知り合いでもない。
そして、この広いガラガラの店内で僕の隣に席を取った。彼女は無防備にバッグをテーブルの上に載せて、スマホだけを持ってカウンターに注文しに行った。彼女はコーラだけを手にして戻ってきた。
「話しかけていいですか?」
こちらの回答を聞く間もなく彼女は喋りだした。
「あの外に止まっている○○ナンバーの車はあなたのですか?私を○○まで乗せてってくれませんか?」
確かに彼女が指差した窓から見える車は僕の車だった。なぜ、それが分かったのかは未だに分からない。まぁ、確率は50%だからヤマ勘だったのかも知れない。
「えぇ、そうですよ。でも、これから用事があるんですよ。今、この街に来たところなんです。それに、見ず知らずの男の車に乗り込むなんて危ないからやめた方がいいですよ。」
僕は少し彼女の依頼にびっくりしながら、少しワクワクしながら、でも常識人ぶってそう答えた。
「全然大丈夫!そう思ったから声かけたんです。私、用事が終わるまでここで待ってますから。あなたが夜まで戻ってこなければ諦めます。」
あっさり引き下がると思っていた僕は少し嬉しくなりながら言った。
「乗せていくのは問題ないけど、用事が終わるの15時くらいになるよ?だいぶそれまで時間あるけど?」
「全然大丈夫!!」
そう言うと机の上の僕の手をギュッと上から握った。
「お待たせしました。」
ちょうどその時、朝マックが運ばれてきた。
バツの悪さを感じながら軽く会釈してトレイを受け取るのが精一杯だった。
女は何事も無かったかのように、スマホもバッグも机に置いたままトイレに行った。
僕はいつもより少しゆっくりしたペースで朝マックを食べ始めた。食べ終えた頃、彼女は帰ってきた。
身長は150cm前半、切れ長の目で美しい顔立ちの中に少しだけ幼さを醸し出していた。
「私、今日この街を出るんです。彼氏とも別れたし、もうここにいる意味は無いから。」
そこから、彼女の身の上話が始まった。
彼氏とは同棲していて、付き合って2年経っていたこと。彼氏の浮気癖に嫌気が差して昨晩ついに別れを切り出したこと。週に2日ほどデリヘルをしていること。全部嫌になってリセットしたいこと。僕の住む街には知り合いが居て居候できそうなこと。僕の顔を見て大丈夫そうだと信じたこと。
話は尽きなかったが、用事の時間がやってきた。
「じゃ、僕は行くよ?いずれにせよ、僕を待たずに電車で行ったほうがいいよ。」
振り返ると彼女は寂しそうな顔をしていた。
後ろ髪を引かれる思いで車に乗り込んだ。
僕は用事の間もその顔が忘れられなかった。むしろ、今日はこの娘に会うためにここまで来たような錯覚さえしていた。そして、早く用事を終わらせたかった。
名前も知らない女に、自分の世界とはまるで違う世界の話を聞かされて魅了されてしまったのだった。僕はその続きを聞いてみたかった。見てみたかった。
15時前に用事が終わるとすぐに僕は朝居たあのマクドナルドへ急いだ。
座っていた場所こそ変わっていたが、彼女はジュースの空容器と共にスマホを充電しながら音楽を聴いて待っていた。
「電車で行きなねって言ったのに…」
「だって、戻ってきてくれると信じてたから。」
「じゃ、行こうか?もうこの街に心残りは無いの?」
「全然大丈夫!!!」
そう言うと、充電器とスマホをバッグに仕舞って、立ち上がった。彼女の持ち物は小さいバッグに全て入る程度だった。
僕の左腕に彼女の右手がかかり、そのまま店を出た。
「私の名前は理絵。」
彼女の身体中が痣だらけであることが分かったのは僕の住む街に戻った翌日の僕の部屋だった。
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