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冬至

冬至だけ陽が差し込む空間を設計しました。・・・・では、ありません。

朝日も夕陽も美しい。杉のいいにおい。
旦那さんの豪くんが、なかさん棟梁とつくった、このシンプルな空間。
当初は、豪くんの部屋としての計画でしたが・・・

野生児たちに、早速のっ取られました。



ぽーーーーんと空間として置いておくことにしました。
(豪くんの寝室として使いはするけれど)

と言っても特別なことはなく、ただ、ものを常設せず
「このままの空間にしておく」だけです。

家の中が「動」としてあるなら
ここは「静」。


ということで、やはり連動して家の中の方も
この数日でさらに断捨離、整えました。

スペースが広がっていく。

1部屋確保が絶対必要と思っていた
「私の」ものたちは
1壁に納まるようになりました。w


**

先日、sangoのお山に行って、みんなの大工事リフォームの様子を
見学させてもらいました!

その一部に、私が図面を描いた空間があるのですが
びっくりしました。
「図面の通りに」出来ていた!からです。

↑すごい!と思って言葉にすればするほど、嫌味になるね・・・w

でもちゃんと説明します。嫌味じゃないの本当に。

設計の仕事をしてた頃は図面が現場で形になるのは当たり前で
なんの感動もなかった。

それより、現場では図面通りにできないところをチェックするようなことが多かったようにおもう。
お客さんの(お金)の奴隷だったんだね。


でも、お山のみんなのおもいを図面に描くときは
「友人として」そこでできることをさせてもらって
一人一人の想いに寄り添う、それだけだった。

だから、現実化しようがしまいが、
おもいを形にできた図面を描けたら、
もういつも満足で幸せだった。

だから、今回、描いた図面が「現実化」していて

本当ーーーーーーーーーーーに、感動以上の
びっくり、驚嘆❣️電圧だった。


設計の仕事をしていた頃から薄々抱えていた
「設計士はいらない」と、思ってた呪いみたいなものが
解き放たれた。

そして、やっぱり空間になっていると、リレーがつながったみたいで嬉しい。

設計士、建築家になりたかったわけじゃなくて
「おもいを形にするお手伝いをしたかった」だけだったんだよね。

何かできないと役に立てない、じゃなくて
私は私のまんまで楽しんで役に立てたんだ・・・って🙏

これって、信頼。

みんな、いつもありがとう🙏


上医、中医、下医、という言葉を最近知りました。

「上医はいまだ病まざるものの病を治し、中医は病まんとするものの病を治し、下医はすでに病みたる病を治す。」
また、「上医は国を治し、中医は人を治し、下医は内臓を治す」といったり。

医者の話に限らず、
意識の周波数の表現なんだな、と受け取りました、

言葉を借りると、私は設計の頃、中医を目指していたんだなと思った。

今は、自分自身の上医でありたい。

とおもい、家族と仲間と、1人でみんなで、日々歩んでいます。
感謝です。
今日はここまででした。☺️


素敵な冬至の1日をお過ごしください🫶

お読みいただきありがとうございました⤴️

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