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【大学早期卒業🎓】海外進学に向けて、3年半を振り返る

本日もお疲れ様です。


記事に出会っていただきありがとうございます💐


「誰かのために」の代償を受けるかのように、夢への道を見失った2年前。
出逢いに救われ、「自分のために」闘い続けた1年前。
新たな夢を見つけて「自分と誰かの笑顔のために」再出発した半年前。


私の大学生活は言葉通り「想像以上」で、素晴らしい景色や温かい気持ちをたくさん知ることができました。人生が動き出すような感覚を何度も経験し、この若さを存分に彩って生きよう!と素直になれたことも、大きな収穫の1つだと思っています。


今回は、早期卒業という節目をnoteに刻むことにしました。私のまだまだ小さなnoteというプラットホームではありますが、今後も等身大の私の言葉を皆様にお届けできれば嬉しく思います。


できるのであれば、今の私を高校生の自分や、苦しい時間と闘っていた自分に見てもらいたい。これから先も「過去の自分に感謝してもらえる生き方」で、今が1番だと思える自分を更新し続けたいと思っています。


高校生の私へ


大人達への負の感情をもっているあなたに、少しだけ大人になった私が伝えられることは、大人になることはあなたが考えているよりかは悪いことばかりではありません。周囲の言葉を聞いて、受け止めても、それは違う!って思っても、私は自分の軸を確かにもっているあなたの味方です。ちょっと生意気だとは思うけれど。でも、受け取る言葉を無意識に選別しているうちに「自分」についてたくさん考えているはずで、壁にぶつかった時、その言葉の中から人生の道しるべが見つかるはず。大人達はあなたと同じ10代を経験しているからこそ、2度とは訪れない高校生の「今」が大人になった時に色褪せることの無いよう、後悔して欲しくないと願っている。だからこそ、どんな大人が信頼できるか、どんな大人になりたいか、自分が向かって行く「幸せ」を自分で選んでいけるように、自分の心の声をたくさん聞いてあげてください。3年間負けなかったあなたは十分強い。頑張ってくれてありがとうね。


苦しい時間と闘っていた私へ


うつ状態で毎日を闘うあなたは、自分の人生を「自分として」生きることが何よりのヒントであり、答えにもなり得ることにもう気が付いているはず。価値観や多様性、自由といった大きな言葉達の中で「優しさ」と見分けがつかないような「理不尽」と背中合わせの社会。波に呑みこまれることの無いように、自分の足で立てるようにならなくてはいけないから。将来への答えを急かされているような毎日がどれほど嫌になっても、舵を取るのが自分である限り、きっと何かを見つけることができて、大切な出逢いを重ねて進んでいくことができる。どんなに考え悩んでも、思い描く未来には不安が募ってしまうものだから。こうなりたいと願うその時の自分のために「今」を精一杯、で大丈夫。ゆっくりで大丈夫。自分を責めてしまう時や、頑張れなくなってしまったりした時、誰かに支えてもらうことや肩を貸してもらうことをどうか悪いことだとは思わないでください。あなたがいつも大切な人達が笑っていられるように頑張っていたから、あなたから受け取る温かい気持ちを大切にしてくれている人達が手を差し伸べてくれて今の私がいます。あなたが何者であるかや、目に見える成果だけでなく、あなたがあなたでいることを喜んでくれる人を大切にしてください


なぜ早期卒業をしようと思ったか


早期卒業に関しては、3年生の秋学期の成績が出るまで考えたことは無かった。何なら9月に卒業式があることも知らず、3月の卒業式で着る袴はどうしようかと考えていたくらいだ。4年生になる前にゼミの教授と進路について面談をした際に「早期卒業を考えてみないか」とお話をいただいたことがきっかけだった。


海外への進学をする上で、時間とお金の余裕を作るために早期卒業を決意した。特に秋学期分の学費が浮くことや、アルバイトや英語の勉強に集中する時間ができることで、支えてくれる両親に少しでも安心してもらえるのであればやるしかない!と思った。


教授は簡単そうに言うけれど


教授と話をした3年秋学期の時点で、余裕で条件を満たしていたわけではなく、私の場合の4年春学期で早期卒業するための条件は以下の通りだった。

  •  TOEICを700点以上取得すること

  •  必要な単位は残り8単位(授業としては4コマ)+ゼミ

  •  春学期の成績はオールA、もしくはBが付いても1つだけ


授業や受講人数にもよるが、基本的にAが与えられるのは上位10%ほど。3年生までも自分なりにかなり真面目に授業やテストを受け、資格取得もしてきたが、今回は緊張感が違った。それまでも可能な限り授業を履修していたことと、留学でも単位が取れていたので、焦るほど単位が足りていないわけではなかったのだが、全部Aを目指すには適当に授業は選べない。(フル単は2年生の時にやってみたけれど、忙しすぎて地獄だったのでやめた)


楽に単位が取れる授業(楽単)と聞いていても、自分にとってはそうではないこともある。「さぼり始めたら終わり」だと思っていたので、興味が持てる授業かどうか、先生との相性が良いかどうかが私の履修のポイントだった。


というのも、私の大学はアクティブラーニングが取り入れられていて、その日初めて会ったメンバーとディベートをして意見を数分でまとめあげたり、いきなり200人の前でプレゼンをしなくてはいけないこともある。仲の良い友人と受けるつもりだった授業でも、授業が終わる頃には隣に座ってさえいないし、プレゼンが多い授業では当たり前かのように毎週パワーポイントを作成している。もちろん100分間ひたすら講義を聞き続ける座学もあるが、そういう授業の方が少ないのではないだろうか。


そういう意味で楽単は少ないが、きちんとやればやった分だけ評価が確実に返ってくるのが良いところだ。さすがに3年もやっていれば慣れた、と言いたいところだがそんなことは無い。お分かりだと思うが、1コマに対するエネルギー消費量がかなり高いため、真剣に「勝負の4コマ」を選び抜かなくてはいけなかった。


「頑張る」を頑張る


授業は履修登録を終えたら、後はもう必ず出席をして、積極的な参加を継続するだけだった。今までのどの学期よりも1番気を抜かなかったし、1番集中した。最終的な成績は1コマだけB、残り3コマとゼミはAで何とか条件を満たすことができた。


Aをいただいた授業の中で、毎回繰り返されるグループ替えで今までにないくらい「初めまして」が怖くなったり、レベルの高いメンバーとのディスカッションで何も言えずに落ち込んだりしながら頑張っていた授業があった。一緒に受講していた友人と私にとって、その授業は「戦い」だった。(何と戦っていたのかはよくわからないが)毎回神経が擦り減る思いで、履修を後悔しかけたほどだった。最終課題のレポートが優秀レポートに選ばれ、プレゼンの機会をいただけたことはとても嬉しかったし、友人のレポートも選ばれて共に登壇できた時は頑張って良かった!!と心の底から思った。


1つだけBが付いた講義はITビジネス系の講義だったのだが、授業を受けている時から心あたりがあり、どれだけ一生懸命にやっても既にプロフェッショナルが学生の中にいるパターンだった。毎回その学生の意見や知識の深さに学生達が圧倒されてしまう感じの。それでも、自分が達成すべきことはやり遂げたと思っているのでオールAではなくとも、後悔はない。


何より私のメンタルに影響したのはTOEICだ。過去に受験したスコアは560点。そこからわずか3か月でどうにか700点まで引き上げなくてはならなかった。就職活動はしていないので詳しいことはわかりかねるが、990点満点のTOEICにおいて「700点~730点」というと一般的には履歴書に書いて英語ができることの証明ができるレベル。800点を超えてくると外資系でもかなりのアピールになると聞いたことがある。春学期中にスコア表の到着が間に合う3回のチャンスで無事に760点を取得することができた。


桜のない卒業式


「卒業審査合格」


その文字を見たとき、安心の気持ちが1番大きかった。「大丈夫」と自分に言い聞かせても、もしダメだったらと考えてネガティブになってしまうこともあったからだ。でも、不安を抱えながら過ごした毎日が苦しかっただけではない。自分で自分のために本気で努力してきたことが、支えになってくれていたからだ。そして何よりも、私を信じて応援をしてくれた家族や先生には本当に感謝をしている。


初めての秋の卒業式。人数や会場の規模が小さい上、友人の姿はどこにもない。私、本当に卒業するのかな?明日からはもう大学生じゃない?式が進むにつれ、そんな現実を静かに受け入れて行った。雨が続いていたにも関わらず、その日はまるで空がわかってくれていたかのような秋晴れだった。


式が終わって会場の外に出ると、私の心は天気の通り晴れやかで、スッと冷たい空気が体の芯まで澄み渡るくらい深く息を吸えていた。力の入っていた肩から重たいものが降りる、楽になる、そんな感覚だった。


もっと大学生らしく…?


卒業してからの変化を挙げるとするのであれば大きく2つだ。

  • 大学に行かないので、そもそもの外出機会が減ったこと

  • 英語と向き合う時間が増えたこと


数少ない友人とさえ会う回数が減ると、驚くくらい家から出る理由がない。その分自分のために使う時間やお金が増えたり、自炊が増えて健康的な食事ができたりもする。1人も好きだ。


でも、心を許せる人と過ごす時間も好きだ。海外への出発は、予定通り行けば1年後。そこまでの時間を考えて、何が今とこれからの自分に必要なのかを選ぶようになった。交友関係もそのひとつで。


「1年後に私はいないから」


そんなふうにまた諦めたな、、と思うことが増えて、我慢が以前よりも当たり前になった。


もし、これが最後になったら?
もし、将来の私が日本に戻らない選択をしたら?


早期卒業が決まってから心のどこかで、もっともっと遊びに行ったり、少しだけ優先順位を変えてみたりして、楽しい!って気持ちだけを集めて大切に抱えていた方が、大学生らしかったのかもしれないと思っていた。3年半の思い出のほとんどを占めるのは、「楽しい」以外のこと。確かに充実していたけれど、思いっきり笑った記憶があまりない。真面目過ぎ、考え過ぎ、周りからたくさん言われてきたけれど、私は「大学生として過ごすべき時間」を損してしまったのだろうか…?


夢に近づく度、英語に触れる度に心踊ったり、楽しみにも思ったりするのに、自分の大切なものにぐっと引き戻されると、これは次の場所にはないと今いる場所を離れることを意識させられる。


大袈裟かもしれないけれど、会いたい人に会う、今までと変わらないはずのことだって「最後」を意識すると妙に寂しい。同級生は社会人に、私は海外で学生に。年が明ければ、お互いの環境は今よりもっと大きく変化する。残りの1年間があっという間なことなんてわかりきっている。


周りと進む道が違うから損をしたわけじゃない。あえて厳しい道を選んでひたすら真面目に大人になってきたことや、自分なりの目標を追い求めてきたことも間違いない事実だ。最後まで頑張り抜けたこと、その環境に置いてもらえたことを幸せに思う。早期卒業は私にとって、大学3年半の旅の成果だ。


素直でいよう。早く過ぎればいいのにと思うよりも、毎日惜しくて惜しくて仕方がない時間を重ねていたい。感謝の気持ちを忘れないでいたい。伝えられていない、伝えに行きたい感謝がまだまだある。


そして、どこにいたとしても誰かの優しさに気が付ける温かい人間でいたい。これからの日々をお守りに、胸を張って次の旅に出発できるように。


引き続き一生懸命勉強します!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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