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Wherever Starlit

大学の講義を終え、民俗学サークルの活動を終え、家に帰ってきたのは19時半ごろのことだった。

今日は私の誕生日ということで、サークルのみんながお祝いをしてくれた。さすがにそんな大規模にというわけにはいかなかったけれど、それぞれお祝いの言葉と、寄せ書きの色紙と、部費から出したお金で本をプレゼントしてくれた。

教科書とPC、それからその本をバックパックに詰めて帰り、私は家の鍵を開けた。玄関の電気を点ける。靴は一足もなく、家にはまだ誰もいないことを示していた。

美空さん、今日は定時で会社を出たってラインしてきてたから、たぶんあと1時間くらいしたら帰って来るかな。

そんなことを思いながら玄関ポストの内側を開く。幾枚かのチラシに紛れて、薄い茶色の小包が入っていた。宛名は私。梱包材の柔らかい感触が伝わってくる。送り主の名前は書いていない。

怪訝に思いながらもそれを持って部屋に向かう。バックパックを下ろして中身を出した。PCや教科書をいつもの場所に戻して、みんなからもらった真新しい民俗学の専門書をしげしげと眺める。

境界に関する各地の民話や習俗を集めた本で、私が特に興味がある分野だった。机に向かうと、早速本を開いて読み始めた。

山中他界観や海上他界観をベースにした古いものから、ネットの都市伝説にいわれる異世界のようなものまで、かなり広くカバーしている。これは面白い。どんどん読み進められる。

そうこうしているうちに玄関の鍵が回り、ドアが開く音がした。

「ただいまー」

私は栞を挟んで本を閉じると、玄関の方に向かった。

「おかえりなさい。お疲れ様です」

その手にはたくさんの荷物が抱えられていた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「いえ。それより荷物、持ちますよ。貸してください」

美空さんから紙袋やらビニール袋やらを預かると、リビングのほうに持っていく。包装を解くと、ケーキの箱やワインのボトル、おしゃれなお惣菜なんかが次々と出てきた。テーブルが一気に華やかになる。

仕事の荷物を置いた美空さんが部屋から出てきた。

「ワイン、これなら初めてでも飲めるかなと思ってさ」

「ありがとうございます。なんか、大人になったって感じがします」

私の言葉におかしそうに笑う美空さん。

「あ、そう言えば郵便は見てくれた?」

「はい。あ……」

それで思い出した。私宛の小包。誰かからのプレゼントかな。急いで部屋から持ってくる。

「これ、私宛に届いてたんです」

「プレゼント?」

「それが送り主が書いてなくて」

「ふーん……とりあえず中、見てみる?」

頷いて包装を破る。むにっとした梱包材を引きちぎって出てきたのは、透明なケースに入った青いディスクだった。ケースには『For Linne from the Library』と書かれている。

美空さんと顔を見合わせる。フロム、ライブラリー。図書館から。二人同時にピンと来た。まさか、まさか。でも、そんなことって。

私は慌てて部屋に行くと、PCと外付けのドライブを掴んでリビングに戻ってきた。これでいけるかな。わからない。これが何の規格のディスクなのかもわからない。でも、きっと。

美空さんは私がわたわたしているうちに手早くテーブルの準備を整えていた。

「リンネ。こっちで一緒に見よう。準備できたから」

「あ、はい」

テーブルの上に美空さんが作ってくれたスペースにPCを置く。それが正面に見えるように椅子を隣り合わせで並べた。テーブルの上には様々な料理とワイングラスが並んでいる。

席につくと、美空さんがワインのボトル開けて、私に向ける。私は慣れない動きでグラスを持ち上げて、それに応じた。白ワインがゆっくり注がれる。私も美空さんのグラスに注ごうとするが、主役はいいのと言われてしまった。

グラスを指でつまむように持つ。確かこんな感じでいいんだっけ。美空さんの方を見る。ニコニコしながらグラスを持っている。それぞれのグラスを静かに合わせた。チン、という音が響く。

「20歳の誕生日、おめでとう。リンネ」

「ありがとうございます、美空さん」

ワインを一口飲んでみた。酸味はそこまで強くなくて、フルーティーなぶどうの香りが強い。他のを飲んだことがあるわけじゃないから比較はできないけど、確かに飲みやすかった。

何口か飲んで落ち着いたところで、眼の前のPCに意識を向ける。
ディスクはさっきセットしたし、プレイヤーも起動してある。

ワイングラスをテーブルに置き、美空さんと顔を見合わせて頷き合い、再生ボタンを押す。ドライブの中でキュイインとディスクの回転する音が小さく鳴り、動画が再生される。

『よっと』

真っ暗な画面。誰かがカメラを手で遮っているような感じ。マイクを擦るガサガサという音がする。

『こんなもんっすかね』

懐かしい声がした。

『姉、そんなところにいたら映らない。邪魔』

『んなこたわかってるっすよ。ちょっと待つっす』

『まあまあお二人とも』

カメラを遮っていた人影が立ち退いていく。
どこかのキッチンのテーブルに座る三人の姿が映った。
テーブルには何本も酒瓶が並んでいる。

『こほん、改めまして』

ネブラさん、ドロリスさん、ユキナ先生――。

『お誕生日おめでとうっす、リンちゃん』

『ん、おめでとう、リンネ。もう大人』

『20歳、おめでとう、リンネ』

あの日お別れした人たち。もう二度と会えないと思っていた人たち。

『基底現実での暮らしはどうっすか、リンちゃん』

『これを見ているなら、綾川さん共々うまくやれているのでしょうね』

『ん、術式がうまく働いた証拠』

こんなのずるいよ。涙が止まらない。眼鏡を外してテーブルに置いた。

『えーっと、たぶんリンちゃんはなんであたしらからメッセージが届いたか不思議に思ってるはずっす』

『そうねえ、不思議よねえ』

ユキナ先生、すごい酔っ払ってない?歳が一桁の頃からの付き合いだったけど、あんな姿見たことないよ。

『L+の残存データを活用した感染術式っすよ。もともと一つだったものは、離れても影響を及ぼし合う。だから現実間をまたいでもこうして狙って送れたっす』

『細かいパラメータの設定は私がやった。だから私の手柄』

『うっさいっすドロリス。発案したのは私っすからね』

『いつか大人になったリンネに会いに行きたいわねえ』

相変わらずの様子に泣きながら笑ってしまう。ほんと、変わらないな。よかった。

『リンちゃん、あたしの願いは変わらないっす。キミにはキミだけの人生を送ってほしいっすよ』

『ん、私も同じ。リンネの人生はリンネだけのもの。だからリンネの思うように幸せに』

あの時の言葉を繰り返すように二人が言っている隣で、ユキナ先生が明らかに強そうなお酒を一気にあおった後、なぜか逆に落ち着いて言った。

『リンネ、幼少期から関わっていた大人の一人として、あなたが正真正銘の大人になったことを本当に嬉しく思います。今、こちらではUNCHESの技術部門が現実間通信の研究を行っているんですよ。あなたと直接話せる日も、もしかしたら遠くないかもしれませんね。リンネ、どうか自由に。そして幸せに』

ぶわっと涙が溢れ出る。もう目の前が見えない。パーカーの袖でこすってもこすっても、次々と溢れてくる。会えなくて寂しい?違う。嬉しいから。

あれからもう4年。すっかり私もこの基底現実の住人になった。世界の修正力のせいで、複層現実での記憶も少し古びてきている。そこに来てこのサプライズだ。嬉しくないわけがない。

美空さんは私の肩を抱いてくれている。

『んじゃリンちゃん、また!』

『リンネ、これは最後ではない、ので。また』

『またね、リンネ』

あの時もみんなさよならとは言わなかった。だからこの人たちは、きっと再会の約束を守ってくれるのだろう。映像はそこでぷつんと切れた。

「……リンネ。良かったね」

そういう美空さんも涙声だ。というか泣いている。二人ともメイクが崩れに崩れるくらい泣いていた。

「……最高のプレゼントでした」

「みんならしかったね」

「ほんとに。変わってなくて安心しました」

真っ赤な目で笑い合う。

「あ、そうそう」

美空さんは思い出したように言うと、椅子の向こう側に体を倒して何かを取り出した。紐の取手の着いた小さな紙袋。

「これ、プレゼント」

「え、あ、ありがとうございます!」

中には水色の小箱が入っていた。

「開けてもいいですか?」

「もちろん」

ぴったりと閉じられた箱を開けると、中にはクッション材の上に星のモチーフとチェーンが組み合わさったデザインのイヤリングが二つ、鎮座していた。

「どう、かな」

手で優しく持ち上げてみる。星から金色のチェーンが垂れるようになっていて、まるで尾を引く流星みたいだった。

「とっても、きれいです。嬉しい、です!」

さっそく着けようとしてみるが、イヤリングは初めてでうまくできない。

「顔、こっち」

見かねた美空さんが着けてくれた。

「うん、似合ってる。リンネは色白だからね。やっぱゴールドが映えるな」

嬉しくなってテーブルから立ち上がると、洗面所の鏡までぱたぱたと小走りで向かう。鏡を覗くと、そこにはさっきのイヤリングがきれいに両耳につけられていた。首を軽く振るとチェーンが揺れる。

私はテーブルに戻ると、改めて美空さんにお礼を言った。それから泣きっぱなしで放置されていた食事とお酒を、話しながら楽しんだ。

食事が終わると、私はPCを部屋に持っていった。食卓の片付けはやっておくから休んでなという美空さんの言葉に甘えて、そうすることにした。

お風呂の前に、両耳のイヤリングを外して机の上に置く。その隣にはサークルのみんなからもらった本と、複層現実から送られてきたメッセージディスク。宝物がまた増えた。

私はイヤリングを一旦箱に戻して、メッセージディスクと一緒に机の引き出しに入れる。そこには古びたロケットペンダントと写真の束、それからもう機能しなくなった銀色のバングルが入っていた。

たぶん、私は今日のことを忘れないだろう。基底現実と複層現実、二つの世界から祝われたこの日のことを。

「リンネー。お風呂沸いたよー」

「はあい」

パジャマを持って部屋を後にする。

あの頃フィクションだと思っていた大人に、私はなったんだ。

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