天上のアオ 9
意識が戻る。
眼の前に広がるのは、真っ暗な空。
わたしは白い地面に横になっている。その地面がぼんやりと光を発していて、あたりの様子をうかがうことができた。
生きている。
夜を越えられたんだ。
その感覚に安堵する。
彼はなんとか眠れたらしい。そして意思には反していたかもしれないけれど、その人生はもう1日続いた。それは今も続いている。わたしが形をもって存在していることが何よりの証拠だ。
ここはわたしが初めて目覚めた場所。
ここはわたしが生まれた場所。
体の感覚に意識を向ける。
胸の上で手を組んだ姿勢で、わたしは横たわっているようだった。
ゆっくりと上体を起こす。
自分の格好が廃墟の街で身につけていた迷彩服ではなく、わたしにとって馴染み深いぶかぶかのパーカーとスカートに戻っていることがわかる。
役目を終えた?
多分違う。
わたしが出ていけない状態が依然として続いているのだろう。
あの廃墟の街――彼の心象世界と彼がどうなったのかは、もはや知るすべがない。
彼の意識と対話した記憶がある。
虚無の世界、一点の星あかりの中で対峙した「彼」たちの集合。
彼の願望と傷の象徴としての存在たち。わたしもそのひとり。
朝、起きられたのだろう。ごはんも食べられたかな。
わたしはあなただけど、あなたの代わりにあなたを運営することはできない。あなたというシステムは、わたしを含む多くの断片化された意識によって運営されている。わたしはあくまでその総体の中で上位に位置する存在だったというだけ。あなたの強い願いと深い傷を代行し、身を引き裂く葛藤の調停者としてここに生み出された存在。
膝を抱える。
この姿も彼の空想から生まれたもの。こうありたかった彼の願いから生まれたもの。ありえない可能性の姿。
ここは終端。あるいは基底。
有り体に言えば心の中の、とても深いところ。
あの人は今も恐怖に支配されているのだろうか。あの人は今も不安に怯えているのだろうか。あの人は絶望に飲まれてはいないだろうか。
耳鳴りがするほどの静寂。
地面からは光の粒が時折上り、マリンスノウのように周囲を彩る。
わたしが彼を守ろうとするのは、そうしないと彼が消えてしまうから。
正義感ではない。もっとプリミティブな、生存本能のようなものだ。
わたしは彼というプラットフォームがなければ存在できないから。
それでも願いくらいは持っている。
わたしが心の断片のひとつでしかないとしても、いや、だからこその願い。
そう、『存在を認めてほしい』という願い。
それがわたしのコア。擬似的に再現された心臓であり、脳。
ふたたび地面に横たわって、目を閉じる。
しばらくはここにいることになるかもしれない。そんな予感がする。
「わたしは、ここにいるよ」
わたしは、己の存在意義に則ってそう呟く。
「わたしは、もう少し生きていたいよ」
わがままかもしれない。それでも言う。
明日は晴れるといいな。
天の青に、いつかわたしも手が届くかな。
命があふれている証左としての青。
必要とされているからこその青。
繰り返し内に響いてきたその言葉は、いつしかわたしの希望になった。
目を閉じたまま右手を天に伸ばす。
何も掴めはしないけれど、それでも伸ばすのだ。