Ⅱ②ブッダたちの伝えてきた仏法
響く仏教・いまここにきくⅡ②
ブッダたちの伝えてきた仏法
ゴータマ・ブッダという歴史的人物を指す固有名詞として認識されることの多い「ブッダ(buddha)」という単語ですが、本来は「目覚めたる者」という意味の普通名詞であることを、前回では申し上げました。
いずれにしても「ブッダ」といえば、仏教固有の信仰対象を示す用語である、という認識が通常のように思われるところですが、ゴータマ・ブッダの生存された古代インドの時代に立ち返ってみると、必ずしもそれは仏教に固有のものではなかったようです。
仏教学者の並川孝儀氏が著された『ブッダたちの仏教(ちくま新書 2017年)』には、
「ブッダ(buddha)」という語は、仏教で初めて現れる用語ではなく、すでにインドの聖典『ヴェーダ』や『ウパニシャッド』、叙事詩『マハーバーラタ』に「真理を悟った人」という意味で用いられており、仏教と同時代のジャイナ教の古い聖典などにも聖者や賢者などの呼称として使われていた。
という記述があります。「ブッダ(覚者)」という用語は、必ずしも仏教のみに用いられたものではなく、インドの宗教世界において重要な概念である「ダルマ(法・真理)」に基づき、広く用いられていた極めて一般的な呼称だったというのです。
また同書には、
ゴータマ・ブッダは「ブッダたちの中で最高のゴータマ」(『スッタニパータ』三八三偈など)と表現されている例がみられるが、これもゴータマ・ブッダ以外にもブッダと呼称されていた者が存在していたことを示している。
という記述もあります。これは、ゴータマ・ブッダによって説かれた「ダルマの教え」を聞き学び、それを修得して同様にブッダ(目覚めたる者)となった人々が、他にも複数存在したということを意味しています。そして、複数形で「ブッダたち」と称される集合の中にある「最高のブッダ」として、ゴータマ・ブッダが存在していたということです。
続く一文には、
[”ブッダ”という用語には]仏教修行者が複数形で用いられている例がある。その一例は、「(ゴータマ・ブッダに)従って悟ったひと(アヌブッダ)」という表現で、仏弟子マハーカッサパ(大迦葉)やアンニャー・コンダンニャを指しているものである。これらの仏弟子はゴータマ・ブッダの直弟子なので、「アヌ(に従って)」という接頭辞が付けられてはいるのは当然であるが、何よりも彼らもブッダと呼称されていた用例であることに留意しておく必要はあろう。
[中略]
仏教の起こった当初はすぐれた仏弟子もブッダと呼ばれて普通名詞として使われていたものが、後になって何らかの理由でブッダは唯一となり、固有名詞としてのゴータマ・ブッダが誕生していく経緯が読み取れるのである。
とあります。
「ブッダたちの中で最高のゴータマ」と称され、またその説かれた「ダルマ」が、時空を超えて伝わり得る普遍的な真実性のあるものだったがゆえに、ブッダといえば「ゴータマ・ブッダ」その人となり、やがては固有名詞として見なされるまでになったということでしょうか。
先の引用文中にある「アンニャー・コンダンニャ」とは、ゴータマ・ブッダが悟りを開かれた後、最初に教えを説いた五人の修行者のなかの一人の名前です。この人が五人のなかで一番最初にブッダが説かれたダルマ(仏法)を理解されたので、当時のインドの言葉で「アンニャー(理解した!)」と、ブッダは感嘆の声を挙げられたと伝えられています。このことから「コンダンニャは悟った!」という感嘆の言葉が、そのままこの仏弟子の通称になったと言われています。
このエピソードから、ブッダが認めたブッダがいたということがわかるでしょう。ゴータマ・ブッダによって言語化された「ダルマ(法・真理)」が、ゴータマ以外の人々にも響き伝わり理解され、共有されたということが読み取れます。
ブッダとはダルマに目覚めた存在です。そしてその真理の法が、他者にも同じく認識され共有されることによって、同様にブッダとなった人たちが、ゴータマの他にも現れ続けたのです。
「過去七仏」(釈尊以前にダルマに目覚められた存在が6人いた)という信仰が仏教には極めて古い時代からあったといわれるように、目覚め、気付き、悟られるべきダルマがどの時代にも必ずあるということは、どんな時代にもそれに目覚め、気付き、悟るブッダが必ず現れるということにも、理論的にはなるのです。
ブッダが説かれたダルマを自ら修得した「アヌブッダ(ゴータマに従って目覚めたひと)」が、自らの悟ったダルマを自らの言葉として語る際、それはその現場となる地域や時代や文化などの背景に応じたものとなるはずです。そしてそれは多様にあらわされるはずです。
ゴータマ・ブッダ滅後約2500年の間に世界の各地に伝わり広がっていった仏教は、それぞれの地域文化と混交しつつ、それまでの在り方から変容しながら、さまざまに現れた「アヌブッダ」により、多様に展開していった。そんな道筋が想像できます。
仏教には「八万四千の法門」という言葉があります。
八万四千とは、非常に数が多い、無数であるということの例え。
そして法門とは、ゴータマ・ブッダの教えを意味します。
仏教の基本姿勢は「対機説法」であると言われます。
多様に存在する人々の能力や状況に応じて、
相手に相応しい言葉で教えを説くということです。
それはまた「応病与薬」であるとも言われます。
相手の苦しみの現状に応じて、
それを楽にするための教えを説くのが、仏教なのです。
ゴータマ・ブッダは、45年間の伝道のなかで出会った人々の、それぞれの状況や能力に応じて教えを説きました。その教えが仏弟子たちによって更なる展開をみせて、つながり、ひろがり、「八万四千の法門」と言われるほどの多様性を特徴とする宗教にまでなっていったのです。
イスラーム教やユダヤ教の特徴として、神の言葉を預かり人々に仲介して伝える「預言者」、特別に選ばれた媒介者の存在があります。
それに対して仏教は、ダルマに目覚め、それを体得し、自ら体現すれば、どんな人でもブッダに成り得るものです。そしてその人がその人自身の言葉をもって、悟られたダルマを自然と伝えていくのです。
そうした理論においては、仏法(ブッダのダルマ)を伝えるための言葉が、時間や空間の制限を超えてこの世界に保ち続けられるものであれば、それは「仏典」として認められていくということになります。
ブッダ(覚者)が説かれたダルマ(法・真理)をそのままに伝える「真実の言葉」として認められるならば、それは「経典」にもなり得るということなのです。
ゴータマ・ブッダ在世の時代にはその教えが文字化されることはなく、ゴータマ滅後の「アヌブッダ」たちによって、「我聞如是」(わたしは師よりこのようにお聞きしました)という巻頭句とともに後世に向けて書き起こされたのが、私たちの接することのできる仏教経典だと言われています。
実際に仏教経典の総数は1000から3000はあるとされていて、その数を断定することはできません。仏教経典は、時代や地域や人々に即してあるものであり、失われれば減りもするし、生み出されれば増えもするのです。
絶対的な神の存在やその教えを固定的に捉えるあり方や、
聖書やコーランのような「聖典」を
絶対不変唯一のものとして信じ保つあり方と比べ、
ブッダの説かれたダルマを自らのものとして修得し、
それによって自己の変容を成し遂げて、
自らの体験として他者へ伝えていくことの連続性に、
ブッダの宗教、すなわちダルマの宗教の特性があると言えるでしょう。
ではいよいよ次回から、ダルマについて。
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