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自画像のための習作 2

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 海辺の家だ。小さな港町をひたすら奥へと入っていく。

「先生は、いつもこういうことを、なさるんですか」

「こういうことって」

「お金をトイレに流して、困ったりすることです」

 少し変わった衝動があるだけよ、とわたしは助手席で水筒に並々注いであるウイスキーをなめた。舌がぴりり、と辛味に震える。あなたには本当に申し訳ないけれど。

「いえ、本当に構わないんです。わたしも会社から出る口実を見つけたかったものですから」

 その言葉には嘘は含まれていないようだった。車内には、いかにも少女趣味で、「小粋な」ジャズが流れ、彼女は時々わかったふうに合わせて短い鼻歌を歌った。

「あっ」

 彼女は急ブレーキを踏んだ。キィィキとタイヤの軋む音がして私は前につんのめる、猫でもいたのか、いや、町に一軒しかないまともな夕食が取れるイタリアンの店から、馬鹿みたいな水玉のフリルをつけたドレスを着た女や、ぬるい潮の匂いに似合わないタキシードを着た男の団体がわっと溢れ出してきたのだった。彼らは皆、酔っているのか頰を桃色に染めて、見たこともない神話上の動物が突如目の前に現れたとでもいうようにはしゃいでいた。すると花嫁と新郎が奥からゆっくりと現れ、彼らは私たちの車にまるで気づかない様子でクラッカーを引いた。

 次の瞬間、きつい潮風に乗って色紙だらけになったフロントガラス、少し暗くなった車内で、彼女は目を少し見開きながらぼそりと呟いた。

「金曜日ですからね。騒げますから、今日は」。そんな昔の安っぽいドラマじゃないんだから、と返そうと彼女を見る。だが色紙の狭間から彼らを見つめる横顔は先ほどとは打って変わって何故か翳りがあって、私はこれは触れてはならないことなのだ、と思った。

 長身の男が助手席の窓ガラスを叩いて、頭を下げた。そして車に振りかぶった大量の色紙を払いのけていった。その男の笑顔がまた見えていくのと同時に彼女は思い切りアクセルを踏んだ。驚いて、即座に彼らはちりぢりになって道路の両脇に移動していく、その様子を見ながらもしかしたら私は彼女が彼らを轢き殺したいのかと思った……。




 町の先端に微かに見える岬を目指していくと、嘘のように人気がなくなり、建物は消え、漁師たちの活気も幻のように霞んでいく。そして急に緑が増えだし、左手にきつい潮の香りを伴った岩の深く抉れた断崖が露骨な姿を現す。

 岬まで後もう少しというところ、道路が割れそうになるまでコンクリートが隆起したのを右に行くと、惚けた老人が四六時中虚ろな目で座っている煙草屋がある。いつも私はそこで、何カートンかの煙草を買うのだった。小さな森に続く煙草屋の裏にある石段を上がっていき、湿度の高いぬめった土を踏みしめると、溜め込まれた生命が靴底の圧力によって発酵していく豊かな匂いがする。しかし森は荒れ放題で、哀しく折れた枝がそこらに散らばり、岩は剥き出して、人の侵入をいちいち拒むかのようだ。度を超えた神聖さを見せつけられて、場違いで低俗な私の気分は下降していく。精神は溶け合わない。そこには自然からの断絶の姿勢があるばかりなのだ。だが、そんな私を救うかのように白いペンキが剥がれ、黒ずんだ家の玄関の扉が現れる。……

 車が家の前で止まり、私たちの間にしばしの静寂が流れた。もうあたりは黒々とした夜の闇に包まれようかとしていた。私はこんな遠くまで送ってもらったのだから家にあげるべきか、遅くなってしまったからすぐに帰したほうがいいのか迷っていた。

「……作家のつくえを見てもいいですか」と彼女がぽつりと言った。

 私は水筒のキャップを閉めながら、

「ええ」と言った。どうぞ。

 シートベルトを外しながら、自分が途方もなく安堵しているのがわかった。この家に誰かを入れるのは、実に数年来のことだった。




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©Makino Kuzuha

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