Makino Kuzuha
2016年度すばる賞落選作。
日記、雑記、小説のネタ帳
道玄坂で3ヶ月の密着取材を行い書き上げた短編集の中の一編。 2017年上半期に刊行予定。
世の中にはいろんな作家がいる。 自称、作家。または、わたしのように普段はライティングの仕事をしながら夜な夜な公募賞や文芸誌にひそませてもらえるかもしれない原稿を書き溜める兼業作家。または、もう新人賞を獲っているがその先を見据える作家。デビューしたが、商業ではないところで個人で創作の道を極める作家。そして現在進行形で連載を持っている作家。などなど。 誤解のないようにはじめに申し上げると、どんな作家もわたしは好きだ。作家である、志しているというだけで、魂を感じる。そしてそれな
仕事は男と似ている。 約半年務めたコンテンツ制作会社を金曜日に辞職した。もろもろこのあと行うことはあるが、その職場で働くことはないだろう。辞職の原因は端的にいうと「全く仕事とは関係のないところで起きた小学生みたいなこと」とだけ記しておく。 社会に出てから、差別がひどくなったということだけは、確実だ。でも、このブチ切れてしまう性格は前々職から続いているので、なぜわたしはうまくやれないのかということは分析しなきゃいけないだろう。 仕事は男と似ている。 今回の会社は男に例え
例えば道のど真ん中を大きなヘッドフォンをつけて歩いているときにふと自分にはほんとうの志でキャップを集めて、途方もない数のキャップを回収して、キャップ八千個でようやく一個? の車椅子を作る、気があるのかと思って、そしたら、うちのマンションから出てすぐにある酒屋の、前の道路で、各国の大統領たちが次々轢き殺されていっちゃうんです。国会であんなに必死にエコについて唾を飛ばしていた大統領が轢き殺されていっちゃうんです。そんな風な幻影が見えるような気がするのです。全世界の全てのペ
2 私の小さな家は海辺にある。燃えたぎる橙、日の落ちる寸前の港町をひたすら奥へと入っていく。太陽光が散らばった海の近くで、漁師が縄を引いているのがうっすらと見える。車で走っているうち、それまでの雷雨が嘘のように晴れたので窓は全開にしてある。廃屋を改造した、生ぬるい潮の香りのするコテージがびゅんびゅん後ろへ流れていく。そうだ。ここは
1 私が彼女と最初に対面したのは、去年の夏の終わりだった。彼女の働いている出版社から依頼を受けて、私は連載小説を書くことになったのだ。それは文芸誌でなく、婦人向けの生活情報誌だったが、私はそれを了承した。なぜなら、年始にひっそりと刊行された短編集の売れ行きが悪いこともあったし――生活に困窮しているというわけでは勿論なかったのだが、近いうち、海外かどこか遠いところへ引っ越したいと思っていた私にとって、
そう。スーパーで晩御飯、買い物しとって。チナツが泣き叫んで、あの時は大変でした。アキラくんが晩御飯に肉が食べたいっていったんで、あーしはずっと結婚前から貯めてたところからまた引き出して、また怒んないように奮発しました。すっごく、すっごく怒られるのがやだったんです。割れた窓だって、まだ修理できてませんでしたし。 レジに持ってく途中で、チナツにおやつ、買ってあげよう。って思って、あーし。あんまり泣くから、アンパンマンのやつとか、トーマスのとか。キャラクターが大きくついたやつ
K子は会社が終わって原宿に行った。クレジットカードやローンの借金で首が回らなくなった。金銭感覚がない。アダルトビデオの面接を受けにいった。合格した。その日に宣伝用の写真を撮った。明るい照明の中で安くて破廉恥な恰好をした。一週間後の週末に撮影のスケジュールが組まれた。祝い金という三万円を貰った。このはした金では借金は解決しない。K子は渋谷へ行った。適当なバーに入った。浴びるほど飲んだ。常連だという男がいた。酒で、脳髄から破壊されているような男。へらへらして、にやけていて、それ
さっそくだが、皆さんの中でベランダで放尿する人を見たことがあるだろうか。わたしはある。 それはもう、圧巻の光景である。 尿が、朝焼けの中へ綺麗な放射線を描いて迸っていく。見ているこちらまで無駄な開放感を味わうことができる。 いきなりだが、皆さんの中でいきなり夜中に起き出していって、廊下で思い切り唸りだす人を見たことがあるだろうか。わたしはある。 それはもう、恐怖を通り越してもはや神々しいというほどである。歌っているのか、なんなのかはわからない。 ダーリンは
あるひとりの女と男が、手をつないでファミリーレストランの前のベンチに座っている。八時、それはこの街では、夜の喧騒に満ちた時間だ。飲み屋の毒々しいネオン、ガールズバーのキャッチの、生き急いだ甘い声。だが、それでもふたりのうちに流れる時間は母親が赤子の指を撫でるように、または、柔らかいバスタオルで思い切り耳を塞いだ時のように、誰もいない海のように……とても静かだ。帽子を被ったそれなりに年老いた男、といっても三十の後半だろうか、彼は携帯を持って、片手で何かを入力している、女はとて
ちなみに、この文は小説でもなんでもない。ただの22のガキの日記だ。それに価値を生み出す能力があるとは到底思えないけれど、東京に出てきて約一ヶ月のもともと根暗な女の実録日記としてお読みいただければ幸いである。前提として…… あたしは、躁鬱病だ。 (だから)あたしには自己肯定感が著しく欠損している(たぶん)。 小説を書いている(人生におけるたったひとつの野望だ)。 恋愛体質だ。 そして、 あたしは、今年の夏に京都から東京に出てきたばっかりなのだ。 入社まで、あと二ヶ
一昨日、ヤツが処方された。 そう、アモバンだ。・睡眠薬として広く使用されている系統です。比較的安全性が高く、効き目もよいので、不眠症の治療には、まずこの系統が使われます。 ・同類薬のなかでは、持続時間が超短時間型です。寝つきの悪いときや一時的な不眠に適します。翌朝の眠気や不快感も少ないです。 ・筋肉をゆるめる作用が弱いです。 ・切れがよい反面、服用直後や夜間起床時に一過性の健忘やもうろう状態を生じることがあります。 この薬にお世話になってもう半年強になるのだが、わた
「中井ちゃんてさ。放っておけないタイプだよね。」 わかる、わかると美人パート主婦軍団が頷く。 「野菜切んの、ほんとへたくそだった。でもなんか、やってあげたくなっちゃう。駄目なんだけど。」と長澤まさみ×0.5がすてきな声で言う。わたしは六杯めのウイスキーを煽りながら、 「そうですか。なんかすいません。自転車もへたくそなんですよ。」と言った。 「でもそれでも許されるんだから、人徳人徳ぅ。」と童顔の極みがかわいらしい歯を出して横から挟んでくる。それを聞きながら、あれ? わた
エリは夕食を作る。デパートで買ってきた、まだ泥がついたままのじゃがいもを包丁で器用に剥いて。だが、脇にある沸騰した鍋の蒸気によってやや水気を張りつかせたその顔はぐにゃりと歪んでいる、身体を冷ますわ、と酒の瓶を持ってデッキ・チェアに座りにいった、あの痛々しい女の背中を窓ガラスごしに時々憎悪を持って見やりながら。換気扇についた淡いランプの灯りで、汗ばんだエリの首筋は悲しく光っている。 エリはこの別荘、いや、あばら家を知っていた。 彼女は、ここに、確実に来たことがあった。
梱包梱包梱包飲食店小説梱包小説梱包小説梱包梱包…… 梱包梱包梱包飲食店小説梱包小説梱包小説梱包梱包…… みたいな日々なのだ。最近。まじで。呪文みたいだし、嘘みたいだけど。 6月末入社というアヴァンギャルドな会社のシステムに翻弄されたわたしは、それまでフリーターをしながら、家賃を稼ぎつつ、東京に慣れるために、愛する京都から早めに上京してきたっつー話しなのだ。まあでもそんな短期で雇ってくれるとこなんて少ないから、わたしは日雇いの肉体労働バイトを始めたんだった。 引っ越し梱
3 ああこんなことであればもう少し片付けておいてもよかった、と思わないでもない。玄関口に転がった酒の空き瓶を蹴ってとりあえずの通路を作る。瓶がカランゴロ、と転がっていき、煙草臭い埃がぶわりと舞い上がって私は大きなくしゃみをする、彼女は苦笑いを浮かべながらも臆する様子はないようだった。真っ暗な廊下を歩いて行きながら、先生、わたしご飯
2 海辺の家だ。小さな港町をひたすら奥へと入っていく。 「先生は、いつもこういうことを、なさるんですか」 「こういうことって」 「お金をトイレに流して、困ったりすることです」 少し変わった衝動があるだけよ、とわたしは助手席で水筒に並々注いであるウイスキーをなめた。舌がぴりり、と辛味に震える。あなたには本当に申し訳ないけれど。 「いえ、本当に構わないんです。わたしも会社から出る口実を見つけたかったものですから」 その言葉には嘘は含まれていないようだった。車