いま 引っ越し梱包が熱い。ザ・文系女子の過酷な肉体労働記 〜自己肯定感を求めて
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みたいな日々なのだ。最近。まじで。呪文みたいだし、嘘みたいだけど。
6月末入社というアヴァンギャルドな会社のシステムに翻弄されたわたしは、それまでフリーターをしながら、家賃を稼ぎつつ、東京に慣れるために、愛する京都から早めに上京してきたっつー話しなのだ。まあでもそんな短期で雇ってくれるとこなんて少ないから、わたしは日雇いの肉体労働バイトを始めたんだった。
引っ越し梱包。時給1200円。6時間労働。
それは、ひたっすらお客さんの部屋のもの全部を、段ボール箱にパズルみたいに詰め込んでいく作業。そして出来上がった箱を、積み上げてく作業。
毎晩京都で呑んだくれてたころのわたしがその言葉を聞いたら、「ああ? 引っ越し梱包!? ないない。ないない(笑)。わたし体力ねーし。根気もない。もっと楽なバイトあるっしょ!!」と半笑いで言ってただろう。バーボンソーダ片手に。それか焼酎。
だけど、暮らしてかなきゃいけないっていう切迫感と、あと、なんでもいいから認められたいっていう強烈な思いが、わたしを突き動かしたのは否めない。上京によって、京都での濃厚な人間関係の網からスポっと抜けざるを得なくなって、つまり、わたしの価値を見出してくれていた大好きな人たちと簡単に話せなくなる距離に放り出されて、わたしは単純に、喪失感を味わった。
それはもう、明確に。
ズゴッ。
ズゴゴゴゴゴ。
ズゴッグ!!!!!!!
こんな音を立てて。身体に穴が空いた。
だからわたしにでも簡単に挑戦できるフィールドで、戦ってみなきゃなんなかった。そんで認められなきゃいけなかった。それがたまたま引っ越し梱包という作業であっただけだ。
さて、この引っ越し梱包の登場人物をご紹介しよう。
だいたい1現場(「らくらく安心パック」)を、
新人短期バイト(つまり、わたし)を束ねる立場のベテランおばちゃん数人、そして、引っ越し会社の親方とその子分
が協力して回していくのだ。
わたしとおばちゃんは、いわゆるエプロンさんと呼ばれるやつで、表向きは引っ越しのお手伝いさんという形だ。
だけどそれは、
何がお手伝いか、もはや引っ越しそのものだろがあ!!!客は見てるだけなんだからぁぁ!!!わしらこそ引っ越し回してる主体だろうがぁぁあ!!!
と目ん玉をひん剥いて絶叫したくなるような過酷さなのだ。
梱包?そんなん簡単でしょ?詰めるだけやろ?
という声があれば直ちに躍り出ていって訂正したい。
全くの初心者がいきなり箱詰めのプロになれますか。
ベテランおばちゃんも超怖いですよ。いびってくるのですよ。
そして、毎回どんな家にあたるかわかんないのですよ。ゴミ屋敷かもしれないんですよ。
洗剤って、上から押せないように、間にシートを短く切って巻いて、さらにプチプチで包まなきゃいけないんですよ。それが一体一家庭何本あるかご存知ですか。……
etc
まあでも愚痴るのが、今回の趣旨じゃない。わたしは、日雇い肉体労働で自己肯定感を得て、なんとかやっていってるって話をしたいんですよ!!筋肉!?え!?どこにあんの!?
みたいな弱っちいわたしが!!こんなマッチョな世界で!!!!!
今思えば京都は子宮みたいだった。わたしはその羊水に浸かってぷかぷか揺られてたんでした。チャンチャン。まあそこまでの自己肯定感は絶対得られない。だけど、それに近いものを得るためには、その現場にいる親方(最高権力者)とおばちゃんたちに褒められるのが手っ取り早い。……
わたしは朝6時半に起きて前日に炊いてあった米と納豆で朝ごはんを食べる。そして梱包バイトの準備だ。今日はどこに行くのか?赤坂。聞いたことあるけど知らねーよどこだよそれ!!どうやって行くのか調べるところからじゃ!!ファック!!……
ちょうどラッシュにぶつかるから、満員電車に揺られて、つまり、加齢臭のしみついたスーツにむぎゅうと鼻を埋めなきゃいけないってことだ。それでもわたしは自己肯定感を奪還する戦いに向けて全力疾走する。
おばちゃんたちと待ち合わせの駅で落ち合う。その時に一番大事なのは、
気合いと笑顔だ。
現場っちゅうのはわたしが思ってたよりずいぶんとマッチョすぎる世界なので、気合いと笑顔を全開にしておけば、邪険に扱われることはまあない、ってことをわたしは十数回の梱包経験で体得していた。
「はじめまして! 中井悠希です。今日はよろしくお願いします。頑張ります。」
そんで、客の家に行くわけだが、ここでも一つアピールポイントがある。おばちゃんたちは紙の地図しか持っていない。わたしはアイフォンを持っている。すなわち、グーグルマップが使える。
アナログに染まりきってあっぷあっぷしてるおばちゃんたちを、新人のわたしが軽やかな、かつ、どっしりとした足取りで家までご案内する。その道中に一番必要とされるのは、
世間話力。
わたしはこれまで、過激なことしか話せなかった。それは否応なしに人生が過激だからで、それは仕方ない。だけど、おばちゃんたちはそんなもん一ミリも求めていないのだ。すなわち、風を撫でるような会話ができるか否か。
「あのパン屋さんの系列店、うちの家の近くにあって。いつも並んではって、美味しそうやなあと思っとって。」
ここで大事なのは関西弁を混ぜとくことだ。そこで間違いなく出身の話になる。おばちゃんは若い子の出身地の話を聞くのが好きだ。そして、それと絡めて自分の親戚たちの話をしたいのだ。
「わたしの姪が、京都におってねえ。」
キタァァァァァァ!!!!!!!
そしてそれをフンフン笑顔で聞いてたら客の家だ。……
マンションの前についたら、親方たちがスタンバイしている。
「おはようございますぅ!!!!!」(45度)
「お姉ちゃん、元気いいねえ。」
そういって微笑んでくれる今日の親方は渋めのイカしたおっちゃんだ。かっこえー。それに、めっちゃいい人そうだ。
わたしは安堵しつつも、気合いを入れるためにエプロン(戦闘服)をびしっと装着する。
「よろしくお願いしますぅぅぅ!!!」(60度)
そして、孤独な6時間が始まる。
丁寧に、かつ、迅速に。
限られたプチプチ(「エアー」と呼ばれる)とシート(「ライト」と呼ばれる)の上をカッターで舞い踊る。そして箱に、センスよく、綺麗に詰め込んでいく。ひたすらその作業だ。ぐちゃぐちゃに詰め込んでも意味がない。開墾作業、つまり箱を開けた時に、「うわ汚な」となったらわたしにクレームが入るからだ。
わたしは、最初に寝室を任された。洋服はそのまま入れたらいいとして、その隣の棚に大量のフルーツグラノーラやらポテトチップス、しかもなぜかアクセサリーやら雑多なものがごっちゃごちゃに大量に詰め込まれていた。
後ろから、親方が、
「これは……大変やなあ。」と言った。呆れ笑いながら。
わたしは即座に「いえ。頑張ります。」といって歯を見せて笑う。親方にも笑顔は効くのだ。
逆境こそチャンス!!!!!
(一時的にマッチョ思考)
わたしはシートで箱を仕切り、雑貨を包みながら、おばちゃんたちが一時間かかるところを、若さとセンスで15分で終わらせたのであった。
「お姉さん、早く上手にいれたなあ。よし。そのセンスを見込んで、ここもお願いしていい? この物置。」
親方の言葉に胸が熱くなる。もっと褒めろ。もっともっともっともっともっともっともっともっとわたしを褒めろ。
わたしはその物置の量を見た瞬間絶句したが、腰をひねってから、そこに踊り込んで行った。
くれ!!!!!!!自己肯定感をぉぉぉぉ!!!!!!
この仕事は一見、過酷な肉体労働に見えるが、それだけではない。箱パズルをいかに綺麗に解くかという機転をきかさなければならない知的労働でもあるのだ。
「お姉さん、上手。」
マイダーリン愛しのあなたは引っ越し屋の親方……
「あらあ。上手やねえ。綺麗にいれるわ。」
おばちゃんのしわがれた声に心臓が喜びで突き破ってきそうになるほど揺れる。
七千二百円と、東京をめぐる、わたしのたたかい。
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