(ふたたび)学振にチャレンジするときに 読んでほしいアドバイス
学振(日本学術振興会特別研究員制度)の合否発表があり、SNS上でも嬉しい報告と悲しい報告が飛び交います。それなりに頑張って申請書を仕上げ、春に申請して、結果を心待ちにしていたはずなので、「落ちても気にするな」と声をかけるのはおかしな話に聞こえます。「気にしなかったら」次もダメでしょうし、それでもいいやと思うなら今回も受けなかったはずでしょう。気にして、反省して、作戦を練り直しましょう。
このエッセイでは、今年度は残念ながらダメだったが来年度もチャレンジしたいという人に向けて、具体的なアドバイスをするために書きました。このエッセイをブックマークしておいて、しばらく落ち込んだ後、再開してください。挫折が次の成功を生み出すのは誰もが経験することです。まだならいつか経験します。
このエッセイは、当然、これから新規に学振にチャレンジする(現時点で)修士課程の学生も読んでおいて損はないものです。なお、学振DCを想定しています。また、私の研究分野は人間科学(言語学)ですので、分野ごとの違いも考慮して読んでください。どの分野の学生でも参考にできるように、解像度は調整しているつもりです。
以下では、まず学振の申請について、たくさんの学生が誤解していることを指摘して、「心構えの再インストール」をするためのアドバイスを先にします。その上で、申請書のテクニカルなアドバイスをします。間違った心構えでテクニカルなアドバイスを聞いて小手先で挑んでも失敗します。
心構えの再インストール
学振の計画書で書くことは「博士課程で頑張りたいこと」ではない
多くの学生が誤解していることとして、学振DCが「博士課程の給付奨学金」のようなものだと思っているという点が挙げられます。学振DCの申請書で、まるで「博士課程でやりたいこと」のような、コミットメントのない作文(いつまでに、何を、どんなインパクトを期待してやるかが曖昧な作文)を書く学生が後を絶たないのは、上記の誤解によるところが大きいのでは、と常々思っています。
実際は、日本学術振興会の研究員という「お仕事」をするために給料をもらっている、という立場です。学振の申請書とは、簡単に言えば3年で実現可能な手堅い研究課題を提案し、あなたの研究能力を使って実行する約束です。学振は、あなたに資金を援助して研究環境を整備し、あなたは指導教員の学術的な援助を受けながら、その研究課題を実行するエージェントとなります。あなたは時々、研究成果を発表しに「出張」しますし、成果報告を行う義務もあります。
どうでしょうか。具体的なことは決まっていないが研究が好きで、博士の間にその好きなことを突き詰めていきたい、だからお金が欲しい、という世界ではないということです。すでに具体的なアイデアがあり、それを実行する力を(ある程度)示すために申請書を書くのです。修士課程のうちから、このことを踏まえて準備しておく必要があるのはいうまでもないことです。
学振の計画書は「革新的な何か」である必要はない
上で述べたことは、これまで学振をタダの奨学金と思っていた人を震え上がらせるかもしれません。革新的な何かを追い続けて、東大や京大の大学院にいる(と勝手に脳内で想像する)トップランクの天才たちじゃないと競争できないんじゃないかと。
しかし、全くそんなことはありません。もちろんトップランクの天才たちは実在するし、そういう人たちは確かに学振をとっていくものですが、学振の研究員が全員そうだというわけではないという点をここで強調しておきます。学振が求めているのは、3年で実現可能な手堅い研究課題を提案でき、それを実行できそうなポテンシャルを持っている学生です。
あなたが心配すべきことは、3年で実現可能な手堅い研究課題を提案でき、それを実行できそうなポテンシャルを持っている学生であることを示せるか、という点につきます。そして、この点、特に今、太字にした部分を学振にプレゼンする場が、申請書なのです。
以下では、申請書をどう書くべきかについて、アドバイスしていきます。
申請書作成のテクニック
構成面
申請書は共通のフォーマットがあり、まず「位置付け」(研究の背景)を書き、次に「研究目的・内容」を書くことになります(図の右側)。つまり、研究の地図(勢力図)のようなものをざっと描いて、そこにあなたの「場所」をマークし、その場所について詳しく語っていく、というふうにズームインしていくわけです。なぜこのようにしないといけないのか、わかりますか?審査員は、あたなの研究とだいぶ遠い専門の研究者であることが普通で、そのような人たちの視点に立つと、まさに上のようなズームインの展開が最もわかりやすいのは明らかでしょう。
さて、今度は図の左側に注目してください。これは私が研究の骨子のテンプレートと呼ぶものです。自分の研究論文や発表の骨子としても必ず使いますし、科研の申請書も、この骨子に概ね従いながら仕上げます(私の科研の申請書はこちらで公開しています)。そして、学生の学振の申請書の添削の際にも、必ずこの骨子に沿った展開にするように指導しています。学振の申請書の前半(図の右側の赤カッコ部分)と後半(青カッコ部分)にうまく対応しているのがわかるでしょう。この骨子に従って書けば、未だ研究計画になりきれていない漠然とした「ふんわりプラン」が、かっちりとした型(かた)をもった立派な研究計画に生まれ変わります。
上記の骨子について、より具体的なことを知りたい人は、(内容が言語学に特化したものはなりますが)以下の動画もご覧ください。この動画は先行研究をまとめるという過程が研究計画(論文)においていかに大事かを解説する動画ですが、骨子全体をざっと解説しています。
さて、あなたが今やりたいと思っている「ふんわりプラン」を、試しにこの骨子(7つのステップ)に合わせて書き出してみてください(ステップ1の「言語現象」はあなたの分野に適宜読み替えてください)。スラスラと書けるでしょうか?書けないなら、あなたの「ふんわりプラン」が、やはり研究計画になっていないことを意味します。「ふんわりプラン」は、あなたにしか伝わらないもので、あなたに会ったこともない、あなたの関心についてほぼ気にしたこともない、そして専門も違う審査員が、数十分で読んで理解することはできません。審査員は、印象として「よくわからなかった」と判断して、読むのをやめます。
逆に、7ステップにかっちり落とし込めた研究計画は、審査員が個人的に「好きじゃない」と思っているものでも、評価を高くせざるを得ないでしょう。なぜなら、好みの問題を撃破できるほど、あなたの計画が科学的な観点から完璧だからです。何が問題で、それをあなたがどのように解決しようとしていて、その結果どんな貢献があるかが的確に書かれている限り、(個人的な好みのレベルで)好きじゃないという審査員も納得せざるを得ないでしょう。
形式面
審査員は限られた期間に、あなたが想像するよりはるかに多くの申請書を読みます。そのほとんどは彼らにとって新規な現象や新規な問いが詰まったもので、容易に読み進めることはできないでしょう。読みやすさを左右する上で、まず重要なのは先に述べた研究計画そのものの構成の出来で、それは上記の「7ステップ」に従っていれば心配ありません。
研究計画が素晴らしいものであっても、読みにくい申請書というものはあり得ます。それは以下のような、ひょっとすると瑣末に思えるようなファクターの累積による読みにくさです。
行間が詰まっている。
太字や下線が多用されていてうるさい。
図で示した方がわかりやすいことを本文で書いている。
文で書いた方がわかりやすいことを図式化している(図式化の自己満)
フォントに無頓着
「ちりも積もれば」で、上記のファクターが累積すると、その読みにくさは閉口するほどです。
この種の読みにくさを最小限にする工夫を怠ると、審査員は(内容に進む前に)「もういいかな」と思って読むのをやめる、あるいはテキトーに読んで評価をつけることになります。彼らも人間ですから。
どんな計画が読みやすいかについては、実際に学振や科研の申請に合格した先輩や先生の実物を見て学ぶのが一番手っ取り早く、納得感もあります。私の科研の申請書も、ぜひ批判的に眺めながら、上記の5つのポイント(行間からフォントまで)に照らして「読みやすい」かどうか、自分ならどう工夫するか、いろいろ考えてみるといいでしょう。
その他
申請書は、決して1人で完成させるものではありません。まずあなたの「ふんわりプラン」を指導教員と話し合いながら、何度も問答を繰り返して研究計画に落とし込んでいく段階があります。上記の7ステップに落とし込める段階になったら、実際に申請書に入力してドラフトを仕上げ、指導教員と、できれば指導教員のコネクションによって隣接分野の教員に見てもらいます。
私のゼミでは、1人の学生の申請に研究者・学生が10人くらいが関与しています。つまり、指導教員(私)、周辺分野の教員(私の友人)2人くらい、先輩・後輩4-5人、ゼミに出入りする他大学の学生・研究者2-3人くらいです。地方の大学院で院生がそもそも少ない、という場合や、指導教員がカスのようなやつだ、という場合、孤独に戦わざるを得ないかもしれません。でも、学会で知り合う先生に相談したり、同分野の先生にメールで相談したり、手は色々あり得ます。言語学の分野なら、私はいつでも力になるので、どんな大学の人でも遠慮せず、コンタクトしてください。そこから誰かに繋げたりもできます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?