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こんな嘘はつきたくない

やちむん売りになってすぐの頃、ある媒体の撮影でスタジオに行った。
スタジオ自体は映画の仕事でよく行くけれど、俳優の取材をするわけではなく、器の物撮りをする現場は初めてだった。
ずらっと並んだやちむんを俯瞰で撮るための機材や、実際の食べ物を盛る撮影など、器ならではの撮り方を興味深く見学した。いつものふくら舎のやちむんが、なんだか違うものように扱われているのも不思議で。

しかし、その一コマに目を疑った。
やちむんのコーヒーカップとお菓子の撮影中。何とも言えぬ違和感を覚えた。なぜ?そこにその物体が‥‥。
そこにあったのは醤油だった。(なんで?)と思うに決まっている。
コーヒーカップに注がれている黒い液体は、珈琲ではなく、なんと醤油だったのだ。なぜ珈琲を使わないのか。理由は油が浮くから。

撮影では何カットも撮るので、時間がかかる。
淹れたての珈琲は、時間がたつと徐々に油が浮いてくる。それを撮影すると、表面がてかるので後で修正が必要になってくる。それが理由なわけだ。

以前に料理研究家の飯島奈美さんと映画で仕事をご一緒したことがある。
その時の何かの取材で飯島さんが答えていた。
「映画のプロデューサーから仕事の話があった時、「映画の中では美味しいものを作ってください」と言われた。それがすごく嬉しかった。初めての経験でした」と。
CMの仕事も多かった飯島さんは、テレビにどう映るかということを考えて料理を作らなければならず、美味しいことを求められてこなかった。いわゆる、テレビ的に‟映える“料理、商品を引き立たせることを求められていたわけだ。料理研究家にとって、それは仕事ではあるけれど、切なさも伴う作業である。

『大統領の料理人』という映画の宣伝をしていた時、ミッテラン大統領の実際の料理人だったダニエル・デルプシュさんが来日した。キッチンスタジオで料理撮影を行った。雑誌の取材を終えて、デルプシュさんがお皿に料理を盛ってくれた。「みなさん、ぜひ食べてみてください」と勧めてくれた。しかし、日本人にはまず遠慮がはたらく。とくに宣伝マンは、まず取材者に方がとって食べてからと思って、なかなか手を出さなかった。
その時、デルプシュさんはおっしゃった。
「あなた達が仕事をしているのはわかっているの。でも、この料理は今がいちばん美味しいのだから、仕事をとめて、とにかく早く食べて!」
料理を作るひとなら誰でも思うこと。美味しいものを作って、一番おいしい時に食べて欲しい。

今でもあのスタジオでの、醤油が入ったコーヒーカップ思い出す。
駆け出しの営業マンで「あれは何ですか。やめてください」という立場ではなかった。だから、言わなかった。でも、その写真を見る度に、頭には醤油が浮かぶ。
そして思う。
誠実でありたいと。
それはその写真を見る読者にも、買ってくれるお客様にも、そして陶工にも、陶工の作ったコーヒーカップにも。
この嘘はついてはならない。あの後、そう心に決めた。素人と言われてもかまわない。これだけは譲れない。

それから、DMやPOPを作る時には、自分で料理を作り、盛りつけて、撮影もする。本業のカメラマンでもなければ、スタジオに行くわけでもない。素人の、家での撮影だけれど、ちゃんと美味しいもの、本物を作って撮影することにしている。一人何役もやるので、効率よく動き、短時間で終わらせる必要がある。撮影の日は大忙しだけれど、それが楽しくもある。だからこそ、見た人に伝わるものがあるはずと信じている。

今週、8月15日(土)から始まる京都の恵文社一乗寺店での催事DMで、初めて珈琲の時間を撮影しました。淹れている経過をいろいろ撮って、最終的に選んだのは珈琲を蒸らしている時間。香りが立ってきて、珈琲が美味しくなるのは待つ、ほんのひと時。その空気が撮れていると良いのですが。丁寧に淹れた珈琲はとっても美味しかった。

#やちむん #珈琲 #珈琲タイム #coffee #coffetime  

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