ブローチ#2

「あのう…こんにちは」
私はロサさんがいつもいる部屋の窓をノックした。
しばらく経ってから、ガチャン、という音がして、扉が開かれた。
「こんにちは。上がって」
ロサさんはそう言って、私を出迎えてくれる。特別に笑顔を作ることのない、ごく自然な振る舞いが、緊張した私の心を穏やかにさせてゆく。

ロサさんは、村から少し離れた林の傍のこの家屋で暮らしていた。軍人さんと共同生活をしているようだが、私がお邪魔する時間帯には、彼は既に家を出ていっているので、1度も会ったことがない。
家の中には古い素朴な木の家具が置かれ、ロサさんの刺繍したドイリーや小物が映えていた。
ロサさんの刺繍は、植物や鳥、昆虫をモチーフとしたものが多かった。
例えば、蜂蜜のボトルの蓋に被せられた布には、ミツバチの刺繍。ティーポットカバーには、レモンの刺繍。キッチンミトンには、木苺の刺繍。
その道具を使う時に少し心がときめく、そんな素敵な刺繍だった。

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