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コロナ後遺症について


わたくしコロナ禍でコロナ後遺症になり、ここ数年表に出られていませんでした。

良くなってきて活動ができるようになってきたので、記憶が薄れる前に、自分の中での区切りとしてそれについて書きたいと思います。

コロナ後遺症は世の中に全く周知されておらず、患者はみな支援制度の足りなさや世間の理解のなさで苦しい思いをしています。そのため、微力ながら、少しでも認知を高められればと思っています。
もう少し詳細な話も追ってあげようかなと思っています。

ある日のBeReal

それは本当に突然のことでした。コロナに罹患してもみんなと同じように治るものだと思っていましたが、体調不良はだらだらと続いて悪化していき、そしてわたしの生活は何もかも全てが変わってしまいました。

コロナ後遺症の症状は人によって様々らしいのですが、わたしの症状は主に、

  • 100kgの鉛がのしかかっているような体のだるさ、重さ

  • スーパー行っただけでエネルギー使い果たして寝込む異様な疲れやすさ(以前の1日の体力のMAX値が100だとすると→MAX値が5になる感じ)

  • 頭がまじで働かなくなる「ブレインフォグ」

  • これらが続いた結果うつ状態

でした。
身体的なしんどさ・動けなさレベルでいうとインフルエンザくらいでしょうか。それがいつまでもいつまでも続くような。
キース・ジャレットが患った慢性疲労症候群という難病と症状が類似していると言われています。

なお、コロナ後遺症が完治するまでの明確な期間は定まっておらず、コロナ罹患者全体の5%が1年半以上後遺症に苦しんでいるというデータが出ています。

治療法もメカニズムも解明されていない、治るかどうかもわからないなか、症状が強くなったりマシになったりしながら、果てし無く続く日々でした。
1週間のうち半分以上は体が重くて布団から動けず、一度調子崩すと簡単に2週間は寝たきりになるという生活が2年ほど続き、ここ1年でようやくゆっくり回復してきてきたところです。


腕が重くて枕元のスマホが取れない。トイレに行くのがやっと。起き上がることができなくて床に腹ばいになってご飯を食べる。近所のスーパーに買い物に行っただけで疲れ切って寝込む。徒歩5分の距離すら歩けなくてタクシーに乗る。ちょっと楽器弾いたら翌日まで寝込む。不眠と過眠を繰り返す。低気圧の時は症状がより悪化し、横たわっていても一秒一秒がしんどくて絶望する。それでも、と思って無理をして動くと、数週間完全に動けなくなる。(これを「クラッシュ」と言います)

話す時言葉が全然出てこなくなる。思考力が落ちて物事を深く考えられなくなる。頭の中が空っぽで何のアイディアも生まれなくなる。音楽を脳が処理できなくて聴くことすらできなくなる。メールの文章が読めなくてスマホ開いたまま4時間くらい固まる。ドーパミンが全く出なくなって横たわる以外何もできなくなる。視界が歪む。人が差し伸べてくれた優しさもまっすぐ受け取れなくなる。

それまで普通に生活していたのに、このようにして突然脳と体が言うことを聞かなくなりました。生活は一変し、ひたすら寝込む毎日。20代ただなかで、日々の仕事も、作っていたものも、力を入れて準備していた計画も、掲げていた目標も、何もかもすべてをストップさせて療養せざるを得ませんでした。

ある日のX

コロナ後遺症には特効的な治療法はなく、また保険治療でできることは漢方の処方のみと非常に限られています。漢方には緩やかな体質改善的な意味はあれど、わたしにははっきりわかるほどに治療効果があるとは感じられませんでした。

一秒でも早く元の体に戻りたくて、体調が良くなるものや効くと噂があるものは自費でもとにかく全部試しました。

コロナ後遺症外来、Bスポット治療、心療内科、整体、鍼灸、漢方薬局、TMS(脳に電流流す治療)、カウンセリング、呼吸法、スピってる謎のやつ、ヨガ、気功、瞑想、サプリメント、ストレッチ、酵素風呂、その他諸々

これらを行うと簡単に月5万を超えます。総額いくらかかっているかはまだ計算したくないデスネ…


それまでのような仕事のしかたは難しくなり、治療費もかさんでいきますが、コロナ後遺症に向けた政府による支援制度はひとつもありません。指定難病でもありませんし、障害者年金もそもそもが「生涯治らない」病気のためのものであることと、仕組みがコロナ後遺症のような病気を想定していないため、完全に寝たきり状態の最重症レベルでないと受給は厳しいと言われました。
罹患時点で会社員であれば他の病気で休職したときと同じように「傷病手当金」として普段の給与の2/3の金額が2年間の期限付きで受給できますが、フリーランスの場合受給できるお金は、なんとひとつもありません。

日常生活どころか身の回りのこともままならない日々です。
歴史ある他の病気だったら入院措置になってもおかしくないかもしれません。また、普通だったら実家に帰ったり誰かに生活をサポートしてもらわざるを得ないような状況ですが、わたしの場合頼れるものは何もありませんでした。必要なお金も、家事や身の回りのことも、治療も、気持ちが折れないでいることも、一人でなんとかしないといけませんでした。

ある日のストーリー

このようにぎりぎりで息を続ける毎日ではあったのですが、見た目では病気がわからないし、人に病名や症状を話しても実際どんな状態なのかピンとくる人はほとんどいません。

動ける日に人と会えば「元気そう」と見られます。理解のない人からは「気持ちの問題」「思い込み」と言われることすらあります。
病院や鍼灸治療院でさえも、「風邪にかかった後は体力落ちるからね」「コロナ後遺症という言葉があるからナーバスになっているんだよ」など理解のない言葉をかけられたことが何度もありました。(そんなレベルの体調ではないぞー!)

また、支援制度の拡充を求めて何人かの政治家とコンタクトを取ったこともありましたが、みなさんコロナ後遺症については何も知らなかったようで、話を聞いて驚かれているくらいでした。

基本的に人からの理解は得られないものと思うしかありませんでした。


出口の見えない異様なしんどさと、誰にも理解されない孤独と、自分ひとりの力で生活は続けないといけない精神的/経済的プレッシャーにぎゅうぎゅうに潰されながら、この体からはやく抜け出したい、または頭がいかれて何もわからなくなりたいと何度も願いました。ご飯を食べる必死の努力を続けることを何度も諦めそうになりましたが、それを諦めることは餓死を意味するわけで、アパートで孤独死はちょっとやだなと思いました。楽になれるならやばい薬だってやりたかったし宗教だって入りたかった。体が溶けて最後は死ぬとわかっている粗悪なドラッグをキメ続ける海外のジャンキーのニュースを見たことがありますが、その気持ちがわかる気がしました。一人暮らしのワンルームの布団の中はずっと死に物狂いの戦いでした。

ある日の日記

そんなコロナ後遺症なのですが、一番しんどかったことは「頑張りたくても頑張れない」ことでした。

わたしが転んで動けなくなっている間に、今まで一緒に走ってきた友人たちはどんどん先を行き、あっという間に見えないところまで距離が離れていく。SNSを開けば意識高い系のアカウントが「20代で頑張れないやつは人生終了」みたいなことをのたまっている。

わたしといえば、毎日何時間も同じ天井を見て、お風呂キャンセルして、決死の思いでご飯をなんとか食べて、なんとか息をして、えらいね自分とか自分に言ってるだけ。ほんとうは体力的に無理だってできるはずの、脳みそだって冴えてるはずのこの年代に、全力を出して「餓死をしないで生きている」だけで簡単に月日は経つ。そして人には「頑張ったりはしない、ゆるめに生きてる謎の人」と認識される。

やっていたバンドがコロナ禍をきっかけに活休になったまま、音楽を辞めたつもりはないのに勝手に「音楽を辞めた人」になっていく。歌おうとすれば身体がガチガチで思うように歌えない。曲を作ろうとすれば以前の発想力はどこかに行って頭の中が空っぽで何も作れない。罹患以前はあんなにも熱意を持ってやりたかったことがあったのはずなのに、それが何だったのか思い出せない。小さい時からずっと音楽は救いであり生き続ける理由だったのに、どんどんわたしから離れていってしまう。

コロナが5類になって世間ではコロナが忘れ去られても、わたしの体と脳みそは動かないままで一丁前に毎日一日分年を取っていく。ゆっくりと世の中からこぼれ落ちていく。少し良くなったと思ったらまた何週間と動けなくなって終わりの見えないひとりぼっちの暗闇に絶望する。

こんな日々を繰り返しているうちに、何が体調不良で何が怠惰なのかがわからなくなり、何が自分だったのかがわからなくなりました。

Xを見ればわたしよりも長く後遺症に苦しんでいる人たちがたくさんいます。「治らない」と言う人もいます。わたしはこの状態のままずるずると人生終わるのかな、それならさっさと自分で終わらせたいと何度も思いました。



でも、生き延びました!!!!
長い時間をかけて1mmずつよくなってきて、いまは、動けるようになってきました。頭も働くようになってきました。音楽ができるようになってきました。
子どもの頃からずっと全身に力を入れて生きてきたけど、こんなに入れなくて良いのかもってわかりました。よく一人でなんとかしたなって自分を褒められるようになりました。この間にたくさんの優しさをもらいました。

映画ではアクシデントが絶望的であれば絶望的であるほど、その後のストーリーが深みを増し輝くわけです。この3年が良い伏線になるような面白い展開をここから選び取っていきたいと思います。このまま終わらせるわけにはいかないと思っています。地獄を見た経験は全部形に変えて元を取ってやります。そして、もらった優しさをちゃんと受け取って返せるようになりたいと思います。
という決意表明でした!

コロナ後遺症は特効的な治療法がなく、全く周知されておらず、また支援制度もなく、みんな今日を必死で生き延びています。

わたしがいま回復しているのも、運が良く、周囲に恵まれていたからだと思います。ひとつボタンの掛け違えがあればもっと長引いていたかもしれません。生き延びる努力を諦めていたかもしれません。
治療してくれる方々、仕事や機会をくれる方々、応援してくれる方々、そして最高な友人たちに感謝します。

コロナウイルスがある限り、コロナ後遺症もあるのだと思います。どうか理解と支援制度が広がりますように。そして治療法が見つかりますように。

もし近くにコロナ後遺症で苦しんでいる人がいたら、きっとその人は見た目ではわからないしんどさを抱えていることを理解していただけると嬉しいです。

コロナウイルスは重症化のリスクは減っているものの、後遺症になるリスクは変わらずあるとのことです。みんな、どうか健康に気をつけてね。ともに健康に生きましょう。肩に力が入りやすい人は、一緒に深呼吸してリラックスしましょう。

ここまで読んでくれた方、とても長い文章を読んでくれてありがとうございました。

be healthy ♡


コロナ後遺症患者への医療拡充と支援を求める署名が行われています。よければ!!


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緒方利菜 LINA OGATA
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