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沸いては消える

ほんのり芽生えたやる気を、逃してはなるまい!と引っ掴みにいく。
そしてぽつぽつと書くものの、ほんのりのやる気はほんのりでしかなく、少し書いたら、なんかちゃう。と放り出してしまう。

書きたいことはいろいろあるんだけどな。
大好きで憧れているお友達とランチしたこととか、あまりハッピーではない仕事のこと、そのせいか食べることが幸せとイコールにならなくなってきたこと、そして夫の緊急入院とか。

形にしてしまいたいのに、形にできない認識できてない、そういうあれこれが心の中に散らばっていて、うまく処理できてないんだろうなぁ。

おいしい。と思って食べることはちゃんとある。
あるんだけれど、これまでのように、幸せじゃ…と噛み締めるような幸福感がない。
食べ物に対する感謝を忘れてしまったみたいでとても悲しい。




夫が緊急入院して、3週間ちょっと。
その日からずっとぱたぱたしている。
休みの日は午前中にあれこれを済ませて、面会時間が始まる15時に病院に着くように出かける。
そして面会時間いっぱいを夫の病室で過ごすので、帰宅がちょっと遅めになる。差し入れや着替えなど大荷物で移動することとかも。
地味に体力に響いてきている気がする。
仕事の日も日常生活以外の時間は1〜2時間で、ちょっとぼんやりしてたら、あらやだ片付けてお風呂入んなきゃ!だし。
夫に会いたいし、面会を許されているのはわたしだけなので、せっせと通いたい。
夫に戦う気力があることが大きな光。
その光を灯し続けてもらわないと大変困るので、できることをやっていくのだ。
それは本心だけど、この先3年ほどかけて戦っていくと先生に言われており、やっていけるだろうかと不安でうつむいてしまう気持ちがあるのも本当の気持ち。

夫は管がたくさんついた痛々しい姿ながら元気であり、わたしに我慢せずに食べたいものを食べて欲しいものを買ってね、と何度も言う。
ちゃんと自分のケアをしてね、と。
いや、人に気遣ってる場合ちゃうで。
急激に弱っていく姿を見ながら、持病がひどくなったとしか思ってなくてあまり優しくできてなかった妻を甘やかすでない。

持病でかかっていた先生もこの病気に気づかず、他の症状でかかっていた科で処方されているお薬の状態を見るための血液検査で異常が見つかった。
それはラッキー、不幸中の幸いということなのか。違う。前回の通院日に血液検査さえしてもらっていればその分早く見つけられたはず。どうしてお願いしなかったのか。


差し入れにスタバのラテとケーキを持っていくとはしゃぐ。ご飯の主菜が揚げ物だと喜ぶ。
クリーンルームにいるので、そこそこの距離をとって過ごしているのだけれど、
『ハグしたらオキシトシンが出るらしいから近う寄れ。』
と言うので、毎回わたしの着替えも持っていき、帰りがけに洗濯したてのワンピースに着替えて、自分にアルコールを吹きかけまくって、いざ!と両手を広げて30秒ほど抱っこしあう。
痩せてしまった夫の背中をなでながらも、ぺったりとはくっつけなくて、からだに力が入る。そのせいか、結構な確率でうっかり足を踏んでしまう。なぜか毎回夫が謝ってくるので、いいよ、と答える。なんでよ。

この新しい病名が出るまでの1か月ほど、本当に辛かったようで、今が幸せだという。
食べられるし歩ける。(歩いちゃいけないんだけど) 
そして保険やらなんやら、嬉々として手続きを自分でやっている。テキパキと仕事をこなしてる感じが楽しいらしい。

と思っていたら、今日は口内炎に支配され、何も食べられないんだそう。液体と点滴で栄養補給。
ラテをご所望だったのに、もういらないと言われる。

それでは今日も会いに行ってきます。



トップ画は昨晩夫が突然送ってきた写真
去年の春、上野に恐竜展を見に行った時のもの
きっと眠れなくてスマホで気を紛らわせてたのね


最近食べておいしかったものは自慢しておきたい

豆腐の抹茶ティラミス
さっぱりしっとり
ファラフェルが好きだ
 なんであんなにおいしいのだ
近所のパン屋さんでたくさん買った日の朝ごはん
キウイ大好きなのに軽めのアレルギーがある
毎日は食べられない禁断の果実なのだ
この佇まいがなんか好き
ケイクシトロン
けいくしとろん
ひらがなの方が弾んでて楽しそう



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