感情のない純情 (本編)
著者 星野彩美
Copyright© .24 ayami hoshino
この物語は、暴力、喫煙、飲酒、性的描写を含む場合があります。青年向け小説なので、ご注意ください。
漫画原作、受け付けます😊
プロローグ
久しぶりだった。この感覚は。やはり戻ってきたんだわ。
女は山間の道を、あの場所に向かって歩いていた。とても歩きやすいとは言えない山道だ。
小さな稲荷の祠は、静かで神秘的な雰囲気を漂わせる神聖な場所だった。小さな木造の祠には、朱色に塗られた鳥居があり、その先に小さな祠が鎮座していた。稲荷神を祀るこの祠には、稲荷の使いとされる白い狐の像が対で置かれていることが多く、その姿がまるで祠を守っているかのように見えた。
祠の周りには、竹や樹木が生い茂り、苔むした石段が静かな時間を感じさせている。祠には時折、地元の人々が稲荷神への感謝や願いを込めて供えたお稲荷さんや、お酒、果物などがそっと供えられている。参拝する人々は、そっと手を合わせ、日常の安寧や幸運を祈り、その神聖な雰囲気に包まれる瞬間に心を清められる事だろう。
夜には静まり返り、わずかな月明かりが祠や鳥居を照らすと、幻想的で少し神秘的な空間となる。狐の像が影を落とし、風が木々を揺らす音が響く中、稲荷の神がそこにいるかのような、神秘的な気配を感じることができるような気が、彼女にはしていた。
着いた。いつものようにその周りを掃除してお供え物をしてしゃがむとゆっくりと呼吸して気持ちと心を鎮める。そして、合掌。おじいちゃん…おばあちゃん。今日も一日よろしくお願いします。おはよう!
女が合掌していると背後から男の声がした。男はそのまま、女の右隣にしゃがむと持参したお供え物を置いた。そして同じように合掌する。周囲の草木が騒めき始め挨拶しているように感じられる。それに応えるようにツクツクボウシが一斉に鳴き始める。二人は目を開けると顔を見合わせて微笑む。
来てくれたんだね。
あったりまえだろ?俺たち二人の恩人だからな。と男は女の肩を抱き寄せた。女は男の肩にそっと頭を乗せる。
もう秋だね…。ああ。早いものだな。あっという間だったね。
充実していたからな。
行こうか?
うん!
第一章 真夏の使命
ザワザワ…ガヤガヤ…
ブツブツ…
雑音…耳鳴り…噂話…
世の中にはあらゆる耳障りな音が存在する…
真夏は耳が人よりも鋭く
遠くの話まで聞こえてしまうような体質
嫌なことを意図せずに聞いてしまう。
思わず度外視したくなることばかりだ。
「ああ、ヤダヤダ…神経がおかしくなりそう」
真夏は苛立ちを隠せなくて、ブツブツ言い出す。
しまいには頭を抱えて耳を塞ぐ。
それでも、有力な情報も入ってくることもある。
だから、50/50だろう。などと解釈する事で、少しだけ気持ちが和らぐ。無理にでもそう思い込まざるをえないのだ。
中学の頃から、なぜか求めてもいない、やりたくもないのに学年委員長までやらされて、嫌な思いまでした。
先生たちの裏の声が丸わかりしてしまうからだ。私にしてみれば、囁き声でも筒抜けだ。何を思ってどう考えてるか分かってしまう。
こんなんだから、私はいつしか感情のない人間になってしまった。だけど、とりわけそれは良いことだと認識してる。
決してつまらない人間だとは思われたくない。だって…
私だって人間であり、女子。まだ高校生なのだ。
こんな私だけど、なぜだか人が集まってくる。私自身の性格はよく分かってるつもりだけど、周りの人には分からないだろう。私は表には決して出さない。
人を集めやすい性質にあるのだろうか?それとも、もともと持ち合わせてるオーラだろうか?当たり障りのない対応をするからに相違ない。
マジョリティに見えて実はマイノリティな私なのだ。
みんな、腹の中では何を考えているのか。表向きと裏の顔が違う。当然ではあるけど。人は裏の顔をひた隠しにして、表面上は取り繕う。誰も嫌われたくはない。好きで嫌われキャラを演じる人など皆無だ。
人は私のことを冷たいクールなビューティーと呼ぶ。
表面上は、落ち着き払い冷静に対処するからだろう。
大人びてる…といえば、伝わりやすい。
的確な指示力や判断力、求められた解答をする。聞かれたことに率直な意見を述べる能力にも長けている。
皆んな、規則正しい行進をして言われたとおりに動く、自分の考えを持たない「右向け右」の日本人体質。
日本人だから、まとまって行動する習性である。
私は違う「右向け左」だ。この歳で妙に大人びてる?
いやいや、個性的だと言ってほしい。
余計なお世話だ。私のやりたいようにやらせてもらう。
皆んな、低俗な会話や話題ばかりだ。シラける。まだまだ子供が抜けきれていない。高校生だから仕方ないかな。
もっと世の中になるような話しをする人はいないものだろうか。
私は、毎朝早起きする。目覚まし代わりの携帯アラームを6時半にセットしてある。前日に準備しておく。大概、目覚ましアラームより先に起きてしまうけどね。鳴り出したら止めて重い瞼を無理やりあげて、目薬をさす。朝は必ずシャワーを浴びないと気が済まない。
前日に入るということを、遠回しに耳にするけど私から言わせれば、「邪道」だ。
朝は気持ちよく、綺麗サッパリ昨日の汚れを清めるために流す。毎朝のルーティンってやつだ。
だってさ、考えてみて。気持ち悪くない?寝ている間も人というのは、寝汗をかく。顔はベトベトしてるし…。なんか気持ち悪いんだよね?分かるよね?と、要らぬ雑念を思いながら、昼食をお弁当箱にサッと詰める。きちんとタッパーに作り置きに事欠かない。
早朝、まだ太陽すら上がっていない時間に、家からでる。
鳥の囀りさえも聞こえない。鳥さえも寝しずってる時間。朝のヒンヤリした空気を身体中にたっぷりと吸い込んで深呼吸。今日も清々しい!春の早朝はヒンヤリとして放射冷却による影響この上なく。
「その場所」までは、約10分くらい。舗装されていない山道を駆け抜けて、砂利がバラけて転がる足場の悪い道をひたすらに歩く。いつものように「祠」に向かう。小さな小さなお稲荷様だ。ざっと見て30センチ四方の祠だ。
毎週のように私が、週末になると手編みのハンド篲やらタワシやらを持ってきては丹念に掃除している。私にとっては、とても大切な場所だ。そして、今日もいつものようにお供え物をする。
合掌して今日一日が無事であることを祈る。これは、毎朝欠かさない。「お父さん…お母さん…今日もよろしくです」と真夏はしゃがんで合掌する。
家を出るときに、行ってきますを言わなかったから不思議に思う人もいるはず。それもそのはず、私は一人暮らしなんだ。
中学の頃に両親ともども亡くし、一端に一人で生活してきたんだ。人の力など頼るものか!とがむしゃらに生きてきた。
私は鞄からワイヤレスイヤホンを取り出すと両耳に差し込み、ボリュームを下げる。私の場合は、上げるのではなく下げる。上げすぎると鼓膜が破れてしまいそうで怖い。サブスクでまとめたお気に入りの曲をかける。
わたしのお気に入りは、YOASOBIだ。とかくYOASOBIオンリー。なかでも「ラブレター」…。意外だって?ほっとけ!
私だってさ、女子なんだ。
好きな人の一人や二人くらいいる。
皆んなの前で虚栄心が出てしまい、髭男、Adoちゃん聴いてるなんて言ってしまう。わたしがYOASOBIのキャラには見られないからだ。
通学路の途中で近くの新聞販売店に立ち寄って朝刊を買う。毎朝の日課になってる。作業場に顔を出す。
「所長!朝刊持ってくよー!」
「真夏っちゃん!今日も朝から元気だね?」
所長は折り込みチラシを機械で回そうとしている最中だった。
うちにはテレビがない。と、いうよりテレビを見ない主義なのだ。情報はこうして、新聞から目を通して頭に叩き込む。
「真夏っちゃん、週末だけ朝刊、頼めないかな?人手が足りなくてさ。いいかな?」
「えッー!嫌ですよー」
「バイト代、弾むからさぁー、ね?頼まれてよ」と所長。
「もう、しっかたないなぁ…いいよ!だけど、「箱」しかやらないよ!」と真夏は渋い顔で所長に向けた。
※建物を業界用語で箱という。
「平場は順路帳をいちいち見ないといけないから、ヤダ」
※平場…一軒家などの住宅地
「私、本当は嫌なんだよ。だってさぁ、この前…」
私は、先日の事件のことを、かいつまんで話した。
話しはこうだ…。私が市営団地の縦階段を配達していたとき。
私が5階まで配達するために、駆け上がっていたら中程の踊り場付近に、全裸の男が立ってた。
「それで?何で言わなかったの?そんなときは、すぐに店に電話しなきゃダメだよ。こっちは、大切な女子高生を預かってるんだ」
「ごめんなさい…」
「それでさ、下半身にぶら下がってるヤツを大っきくしてて…
ああ、もう恥ずいなぁ」
「私が「キャァー!」って叫んだら、その男、喜んだみたいで見せびらかせてくるわけ」
「うん、うん…それから?」
「私、マジマジと見ちゃったのよ。イチモツギンギンにしてて、そんでもって、その男の前で仁王立ちして顎に手を当てて、窺い見るようにして…だから言ってやったわ」
「ちっせぇ、ちっせぇ!汚いもん見せてんじゃないわよ!」
「そしたらその男、突然シュン…となって肩を落としてたみたい。あははは…笑えるし」
「真夏ちゃん…君には敵わないよ」
「ま、いいわよ。その代わり、大学入るときに奨学生制度使わせてもらうからね!」
※新聞販売店では奨学生といって本社から大学の学費を全て負担してくれる制度があり、大学在学中にきちんと学校に行きながら、新聞配達やその他雑用をすれば、返済しなくていい。しかし、途中で大学を退学すれば、それまでの費用を全て返済しなければならない。そういう制度があります。
私は誰にも頼りたくない。頼るもんか!頼ったりしない。
自分の力でのし上がってみせるんだから!
真夏は近くの高校に通っている。高校3年女子だ。
「真夏ちゃん、おはよう。相変わらず、朝早いね」
「あ、おじちゃん、おばちゃん…畑仕事?」
「朝から大変だね?何か手伝おうか?」
「これから登校でしょう?」
「いいよ、いいよ。それより勉強、がんばんなよ」中年の橘夫妻が真夏にニッコリと笑顔で送り出す。毎朝の私の朝の光景だ。
「えへへ…適当にがんばるよ。あまり無理しても身がもたなくなるし、私は私のペースでやり遂げる」と満面の笑みを浮かべながら腕を高々と上げてガッツポーズをとって見せた。
皆んなは、私が「元気印の塊」みたいに思ってるみたいだけど、本当は「カラ元気」なんだよね。こうでもしないと、気持ちがだんだんと萎んでいくような気がする。一人暮らしは寂しいものだ。
私が人に対して明るく接してなるべく話しかけるようにしてるのは、理由がある。
一人一人からその人のパワーをもらってる気がすんだよね。
ちょっとづつ分けてもらってる。もらったパワーを他の人に分け与えている。それで皆んなが幸せになれるなら、何だか気持ちいいじゃない?そんな気がする。分け隔てなく分け与える力って大切だよね?
学校に着いたら、まず始めにやるべきことがある。私はまず飼育小屋へ向かう。うちの学校は田舎だから、生物の先生が顧問をしている飼育小屋があり、ウサギ、ニワトリ、チャボ、ハト、カメ、メダカ、金魚、モルモット、 カブトムシ、クワガタなどを飼ってる。
とくに、ウサギは飼うときには、注意しなければならないから、敏感になってる。適正な飼育管理が求められる。ウサギは繁殖性が高いため、飼育頭数をむやみに増やさず、適正に数をコントロールする必要がある。きちんと管理しなければすぐに死んでしまう。「寂しがり屋」なんて聞いたことはあるが、それは都市伝説らしい。
うさぎって、好き。だって私みたいなんだもん。怖がりの臆病な生き物。
「真夏姉ちゃん!睡蓮、睡蓮!」
「あ、拓人と爽子じゃない。どうしたの?」
真夏の通う高校は中高一貫校で、隣接して小学校まである。
その小学校方面から二人の子供が走ってきた。拓人と呼ばれた男子に遅れるように四つ下の妹の爽子がやってきた。
真夏は近づくと、二人の頭を撫でながら話しかける。
「睡蓮溜まりの池の睡蓮の花が咲いてるよ!」
「見に行こうよぉ!」と拓人と爽子の二人が声を揃えて言う。
「本当ぉ!行ってみようか!」
睡蓮溜まりの池は、昔までは大きな池だった。学校の裏山にある睡蓮が溜まって生えてる池。ここを睡蓮溜まりの池とよんでいる。
小さな溜め池には上流からの川の流れがチョロチョロと流れ込んでいる。清流の流れはもう少し上流まで行かないと拝めない。この季節、5月頃から睡蓮が蕾初めて7月まで見事な花を咲かす。真夏は、毎年楽しみにしていた。
真夏は、拓人の四つ下の爽子の手を握ると、少し足早に歩き始める。
歩幅を年少の爽子に合わすように真夏は、歩いていた。
拓人はというと高学年だから、さすがに少しだけ照れ臭いらしい。先に走っていってしまった。その後ろ姿は、もう跡形もない。「あ〜あ、お兄ちゃん先に行っちゃったよ」
「照れてるんでしょ?」
「なぜ?なんで照れるわけ?」
「それは…」真夏は何と返事したらいいのか迷う。
「男の子はそんなものよ」
「男子たるもの格あるべし!ってね。そう言う諺があるのよ」
真夏は適当にごまかした。
本当は、ただ単に恥ずかしいだけでしょ。と思ってるが、年少の爽子にはまだ早いし、理解できないだろうと予想する。それに、「恥ずかしいんでしょ?」と言ったところで、爽子なら、「何が恥ずかしいの?」と返してくるに違いないと分かり切っている。
少し上り坂になってる道を上がっていくと開けた場所に出た。
その先には、綺麗な睡蓮が咲き綻んででいた。
「真夏ちゃん!こっち、こっち!早くぅ!」と拓人に呼ばれて近づいてみる。
そこはまさに別世界だった。睡蓮は水面に静かに佇み白や淡いピンク色の花が咲き誇っている。その葉は、淡い緑色から濃い緑色まで太陽からの光りと影の具合が水面からの反射、また早朝の薄いモヤが霞がかって、柔らかな色合いのコントラストを描いていた。
見るものを魅了してやまないこの時期ならではの風情ある風景だ。
「美しい…」真夏は、その風景に心を奪われていた。そして心が洗われるようだ。この一瞬だけは時が止まっているようにさえ思えた。睡蓮の花言葉が「清純な心」と呼ばれる謂れを垣間見ていた。そこにはゆっくりと独自の時を刻む流れが存在する。
真夏は急いで携帯をバッグから取り出すとシャッターを押す。カシャ!パシャ!拓人と爽子が見つめる睡蓮をバックにシャッターをきった。
「拓人と爽子、今度お弁当持ってまた来ようか?」
「お姉ちゃん作ってあげる」
「えっー!?本当にぃー?やったぁー!」
真夏はこの場所が大好きだった。
なぜなら、ここには雑音が一切存在しないのだ。
ただ流れるのはゆっくりとした時間のみ。
川から池へ落ちる僅かな自然の恵みと池の中で生きる生命。
耳に手を当ててすまして聞いてみる。
「ほら…聞いてみて。聞こえるよ。自然の神秘さが」
風の揺らぐ音。せせらぐ川の流れ。木々の葉のざわめき。
空高く飛ぶ鳥の話し声。その場に偶然居合わすもの生物たちの息遣いが真夏の耳から心へと静かに浸透してゆく…
「真夏ちゃん…僕らには何にも聞こえないよぉ」
「あはッ…そっか」
…そうだ。そうなのだ。この特殊な世界は私だけがもつ特別な感性なのだ。私はなんて幸せものなんだろう。
つくづく思う真夏。彼女には燦々と照りつける太陽の音さえ聞こえてくる。太陽は生命の源だ。お母さんのようだ。温かな眼差しで空高くから見守ってくれて、愛情たっぷりの日差しを与え続ける。それは見返りを求めるものではない。与え続ける愛情なのだ。
梅雨の時期になると睡蓮の大きな葉に梅雨から贈り物たちがひしめき合うように小さく束になって、葉の上をコロコロと踊り出す。睡蓮の葉を求めるように微生物、生物が集まりだす。生命の集合体。この場所に住むすべての生き物の息吹く息遣い。
見上げるとまだ薄暗い空の濃い青、群青色から朝日のオレンジ色へのコントラストとグラデーションに真夏は心奪われる。
「ふたりとも、学校の準備はできたの?まだこんな早い時間なんだから、きちんと朝ごはんを食べてきな?」
「ちぇっ…真夏ちゃんってさ、なんかお母さんみたいだよね」
「おか!お母さんだってぇー?こんなにピチピチした可愛い女子高生つかまえて!こら、拓人!」
「やーい!やーい!おばさん!おばさん!」
拓人たちは、真夏を冷やかしながら走っていった。
小学生くらいの男子がよくやる、あれだ。
「好きな子に意地悪をする」ってやつだ。
彼らから見たら私たちのような女子高生でもおばさんに見えてしまうのだろう。
拓人は、私のことを好いてくれてるらしい。照れ臭いし恥ずいんだろうね。可愛いところがある。うふふ…子供なんだから。
そう思いながら、二人が自宅方面に走る姿を見送っていた。
真夏は踵を返すと校舎に、先ほど飼育小屋で使った掃除用具を戻しにいくと、生物部の顧問の早坂と出くわす。
「楯石…いつも早いな。それに生物部でもないのに」
「ついでよ…先生、あの子たちの朝ごはんは?」
「ん?ああ、これだ。悪いな、やってきてくれるか?」
「はい、そのために来てるんですよ?わたしは」
「はは、そうだな。毎朝ありがとうな。すまん、じゃあ、あとは頼む」
「はぁーい、お任せあれ」と真夏はおでこの脇に手を当てて、敬礼する。
早坂先生のお爺さまの世代が、お国のために戦った日本軍の兵士だったと聞かされたことがある。だから、つい私も釣られて敬礼してしまう。別に意味はない。
「さぁて、あの子たちにご飯をあげなきゃねー」とバケツに入ったたっぷりのエサを手前に抱えながら、重そうにヨイショ、ヨイショと運ぶ。太陽は徐々に日差しを顔をのぞかせようとしていた。
「朝日だぁ…。何だか、今日はとっても良い気分…朝から睡蓮溜まりの池の風情は見られたし、朝日を浴びれた喜びに感謝!」とかく、私は何をするにも、前向きに振る舞い思考しようと思ってる。ポジティブシンキングってやつだ。
私のポテンシャルは高い。それもかなりだ!
これを変えるつもりはない…ものだと、このときまでは思っていた。人が放つ雑音を聞くまでは。
いやいや、そんなことは毎日のこと。だけど、私は右から左のありがたい思考回路をするように心がけている。
以前、ある女性国会議員さんが、インタビューを受けてるのをYouTubeで観たことがある。
「あなたなんか嫌いだ」と直に言われたその女性議員さんは、すぐさま即答した。「知ってまーす!」と何気ない解答をしたそうだ。
私の中では、どんぴしゃりな百パーセント、ナイスな解答だと尊敬している。これだけサッパリしてると返って清々しい気分だ。
人が集まる場所には美しさがある。温かさもある。自然と人間が織りなす共存する場所。そんな場所を、いつかは旅して回ってみたい。私は人の温もりを感じたいだけなのかも…。
人が集まる場所には悪臭さえある。冷たさもある。人間と人間が織りなす排除する場所。そんな場所は怨念と醜悪が漂う。
そこには悪臭が漂うからだ。雑音とノイズが調和して激しく耳の奥を刺激してくる。音波が違うのだ。そこだけは音が違う。
私だから、私にしか分かり得ないことだ。
感覚、幽覚、臭覚、味覚、嗅覚、視覚、そして…聴覚。
見えるものがすべてではない。それは時として、人を欺く。
人の心の中までは見通すことなど不可能だ。
私の場合は、見えるものすべてを信用しない。だけど、耳から聞こえてくるものだけは、信じている。
私の心の中で絶対的なシェアを誇っている。
聞こえてくるものは、裏切らない。そう信じている。
嫌なことはかなぐり捨てよう。聞き耳たてて、その人の心のノイズを敏感に察知する。
見なくて分かる。見ようとしなくてもいい。目を固く閉じて周囲のシグナルを私なりにキャッチする。心が不安定な人ほど、ノイズは激しい。私自身はどうなんだろう。私が嫌なときは、私自身どんなシグナルを発しているのか。
先生方が話しているのを耳にしたことがある。
不安や問題を抱えてる生徒は、シグナルを発してるから目を見れば分かる。視線で合図しているのだと。
私から言わせれば邪道だ。耳で聞けばいい。いくら視線で合図していようと、心を見透せないかぎり嘘をついて騙されかねない。そうやって人を貶める人間を私は何人も知ってる。
いつも明るく活発に振る舞っていても、さまざまなノイズが氾濫するこの世の中、私から言わせればみんな表向きと裏の顔が違う。
先生方…甘いよ。生徒を見縊ってはいけない。今の時代の子供たちは、先生方が考えてるよりも複雑で強か。情報が氾濫し散漫になってる心中。内心穏やかでない。平静を装っていても中身は嵐のような荒れた心の子が多いこと。
だから…わたしは、感情をなるべく抑えるようにしている。
言わば、感情がないのだ。本心では。純粋すぎるが所以。
教室に入ったの午前七時三十分。登校時間には、まだ余裕がある。これくらい早い時間に来ると心が落ち着く。
時間ギリギリまで来ない生徒をみると、なぜが心の中に闇が生まれる。
私の思い通りにことが運ばないからだと重々承知している。アラームをセット出来ないのだろうか?など、その生徒の生活習慣にさえ脳内で思い浮かべてしまう。
朝、起きれない人の気が知れない。夜更かしでもしているから、起きれなくなる。それならアラームをセットすればよいではないか。
バカなのよ。きっと。ふと、周囲を見渡すとチラホラと生徒が登校してきた。私は、手を振って挨拶を交わす。
「おはよう〜!」いつもと同じ、いつも通りに作り笑いしながら、出来るだけ明るく活発なイメージで。それが私の日課。
中途半端な挨拶ではなく、腹の底から声を張り上げる。
人が集まりだすと、ノイズが発生する。またか…。今日は誰のノイズだろう。先生方の言うところのシグナルを出してる生徒ってやつだ。それは、分かりづらい生徒もいれば、将暉のように顔を見ればひと目で分かる、言わば分かりやすい生徒もいる。
将暉…またアンタか。と私は心の中で呟く。ノイズを出してるのは将暉だけではない。先生方でも分かりづらいシグナルを発している子がいる。
真紘みたいだ。彼女は、あまり自分を見せないタイプだ。顔色ひとつ変えやしない。おそらく先生方には分からないだろうな。私はグループLINEでなく、個別にLINEを2人に送信する。
将暉のLINEのメッセージ音がけたゝましく鳴る。
あ〜あ…将暉のやつ、この前教えておいたでしょ。マナーモードにしておきなさいよって。
将暉は、メッセージ音に肩を竦ませて、「ビクッ」としている。真紘のほうは、いたって普通だ。彼女はスマホさえ手にしなかった。そして、2列前ほどの席から振り返り私を見ている。クールな賢い女子だ。勘も鋭い。すぐに、私だと気づいたらしい。そして、大きく切れ長の目をパチクリと一回だけ瞬きして合図を送ってきた。
将暉のほうはどうだろう。
あちゃ…鞄の中身を探りながらまだスマホを探してる。
私のメッセージ内容。「放課後…居残り」
ようやくスマホを探し当てた将暉は、ぶるぶると手を震わせてLINEを確認するや否や、誰でも分かりやすい態度を取ってる。
しかし、こういう意気地なしは、逆に怒らせると意外に怖い。
バカッ!と私は口にすら出さないが、口元を動かして「バカ」と嗜めた。私は決して上司ではないが、学級委員長だ。それなりの威厳は保ちたい。
将暉みたいな生徒は、分かりやすい。さっき話したアレだ。アラームをセット出来ない生徒ってヤツだ。あとは至って別に問題はなさそうだ。今日のところは…。
私は鞄から徐に、今朝買った日経新聞を取り出すと四つ折りに畳みながら、記事に目を通していた。いつものことだ…。誰かが心で思ってるらしい。囁き程度でも私には聞こえてることも知らずに。
…楯石のやつまた新聞読んでんぞ。オヤジかよ…
るせーっての。と私は視線を飛ばす。ガンを飛ばすってやつだ。これだから嫌なんだ。
私はクラスの中を一番後ろの中央の席から百八十度視点から見渡す。
会話があちこちから私の耳に向かって飛び交ってきて、複雑に合わさりあって雑音に変わってゆく。雑音ならまだマシだ。誰が何を言ってるのか混じり合ってるから分かりづらい。
拓人と爽子は純粋な心だから、雑音がしない。汚れていないからだ。だから私はあの子たちが好きなんだ。皆んなの心もあの2人のようならいいのに…。
生きゆくなかで
lyrics ayami hoshino
人の温かさに触れて思い出す
あなたへ伝えることのすべて
愛しむ求め合う忘れてた心
お互いを支え合う足りないところ
あなたと出会えた幸せ噛み締め
伝えることの大切さ
手を取り合って緩やかに
温もりを感じたい真っ直ぐに
あなたに懐かしさ感じて
思わず抱きしめてくれた
愛しいもの思うその姿に
溢れる思いが雫に変わった
悲しみと苦しみのなかで
ひとり生きてきたわたし
守るものなくて辛かった
苦しかった置き去りの心
私一人置いて逝ってしまった
残されたものはわたしの命
あなた幽体になって現れた
微笑みかけて涙堪えずに
あなたに懐かしさ感じて
思わず抱きしめてくれた
愛しいもの思うその姿に
溢れる思いが雫に変わった
ひとり生きてくことの
難しさ感じながらも
あなたのことがすべてだった
私の中で膨らみかけては
萎んでゆく…嗚呼
Copyright© .24 ayami hoshino
その日の放課後、教室には三人の姿があった。今朝、真夏にLINEで呼び出し通知された二人だった。窓際のほうの席を陣取って、真夏の前に向かい合わせるように、真紘が腰掛ける。将暉は、少し離れた場所から二人を窺い見る。
「将暉ぃ!アンタなに挙動ってんの?」
「はぁ…すみません」
「すみませんじゃねえっての。ちょっとだけ席外してくれる?」
真夏にそう言われた将暉は、渋々少し離れた場所に腰掛ける。
「そこじゃねぇっての。外だよ…外」
「女心も分かんないわけ?聞かれてマズイようなことだったら、アンタだって嫌でしょうが」
「はぁ…すみません」
「…ッちぃ!またすみませんかよ。たくッ」
将暉が廊下に出たことを確認すると、真夏のほうから話しを切り出した。
「それで…?親のことだよね?たぶん…」
「さすが、地獄耳の真夏ちゃんだね。まるで閻魔様みたい」
「私はそんな形相してんの?」と笑みを溢す。
真紘は深く重たいため息を漏らす。普段は至ってポーカーフェイスの真紘だが、真夏の前では違っていた。彼女のまえでは何もごまかせない事は皆んなが承知してることだ。
少し不安気な顔をして躊躇いながらも、ようやく重い口を開く。その両手は硬く握られていて、顔の表情も強張って堅い。
「うちの両親ってさ、最近よくケンカしてんのよね」
「口喧嘩程度なんだけど。よく口論になっては、罵声したり」
「さすがに、殴りあいまでにはならないんだけどさ」
「もう、何だか毎日毎日心労が溜まるわけ。そのうち、私にも怒りの矛先が向けられるわけ」と、ここまで言うと両手を顎に乗せて、再び深いため息を漏らす。
「んで?わたしにどうして欲しいわけ?なしつけてあげようか?」
「真夏のキャラだったら皆んなに慕われてるし、場の空気を和ませてくれるし、話しくらいは聞いてくれるんじゃないか…と思っただけ。でも、いいわ」
話したら少しだけ気持ちが晴れたから。真紘は吐露したことでスッキリしたようだ。
真夏はじっと話を聞いていたが。
「心の中に自分の気持ちを押し殺したままにしておくと、いつか爆発して取り返しのつかないことになるよ。吐き出さないとね。胸のつかえが取れた?」
「言うは一時の恥、言わぬは一生の恥ってね」
「私なんかで良いならいつでも話しを聞くから。ね?」
「ありがとう…今度、真夏んちに泊まりに行っていいかな?」
「今度の週末あたり。いろいろ持ってくから女子トークしよ?」
「ま、いいけど…私、夜中はいないよ?」
「また、バイト?頼まれたんでしょ?」
「まあね、いつものことよ。それにお金貯めたくてね」
「お金?…またなんで?そんなに生活苦しいわけ?」
「人手が足りないらしくてね。週末だけよ」
「それに、所長さんから、店にあるバイクを譲り受けることになってね。ちょっと修理とかしないといけないから資金が欲しいのよ」
「バイクなんてもらってどうすんのよ?」
「いろいろと便利じゃない?それに前から欲しかったし」
真夏は本心は隠して適当にごまかした。
「前に私が高校になったら一緒にツーリングするんだとか拓也が言ってたの…」
「拓也さん…。そっか。もう3年になる?」
「うん…時が経つのって早いね」
「んで?将暉…アンタは、なにがあったの?」
「私に隠し事なんて通用しないんだからね」
「あの…真紘ちゃんが」
「何?何か文句でもあんの?」
「私に聞かれて真紘に聞かれたらマズイことなの?」
「いえ、不公平かな…なんて思ったりして」
「何がさ?」
「真紘ちゃんのときは、僕は廊下に出されて、僕のときは真紘ちゃんにも聞かれるっておかしいかな?なんて思ったりして」
「アンタの悩みなんて、真紘に聞かれて困ることなんてないでしょ?それとも何?真紘のことが好きなの?」
「ま、いいわ。真紘…悪いけど先に帰ってくれる?」
「うん…じゃあ週末アンタんちに泊まりにいくから、よろしく」
「分かった…じゃあねー」
真紘は教室の出口までくると真夏たちに手を振っていた。そして、ドアがきちんと閉まることを確認してから話しを進めた。
「将暉は、おおかた恋の悩みでしょ?そんな雑音がビシビシ伝わってくるよ。誰が好きなの?私に言ってみな?取り持ってやるから。相手しだいだけどね」
将暉は、もぞもぞと身体を揺らし始めた。
「将暉、まだ吃りの癖、治んないんだ?」
「はい…ある理由があって、発動しちゃうんだ」
「…ある理由?なんなの?そのある理由ってのは」
将暉は大人しくて、吃りの癖が昔から治らない。真夏は小さい頃からそのことは知っている。控えめな性格で根暗ではないが、ハッキリとモノが言えない純情な性格だ。
「ああ!もう、焦ったいなぁ。ウジウジしてさ。もっと男らしく堂々といられないわけ?そんなことじゃあ、将暉が好きな人も将暉の告白なんか受けるわけないでしょう」
「将暉…君は純粋な性格でマスクだって決して悪くないんだ。いや、その辺のガキなんかより顔は良いんだよ」
「もっと自分に自信を持ちなよ」
「はい。がんばります!」
「がんばります、じゃねえっての…はぁ」
「将暉さ、何で私や真紘にも敬語使ってんだよ。同い年なのに。普通でいいんだ。普通で」
「う、うん。分かった」
「で?誰が好きなんだ?私にハッキリ言ってみな。バラしたりしないから。そんなガキじゃないから。私は」
将暉は言いづらそうに黙って下を向いて俯く。
「何?私にも言えないわけ?幼馴染でしょーが?私たち」
「じゃあさ、こうしよう」
真夏はノートを一枚破いて将暉の前に出した。
そして、その上に鉛筆を置く。
「何?これは?」
「ノートから破いた紙というものだよ」
「いや、それくらい分かるでしょ」と将暉。
「ここに、その君が恋心を抱いてる女子の名前か出席番号を書きな。私がそれとなく聞いといてあげる。ね?」
「それじゃあ、僕からお願いがあるんだけど…」
「僕じゃない!俺って、言いなさい!俺!分かるか?将暉」
「…ッたく、ガキかよ。堂々としろっつったばかりでしょ」
「んで?お願いって、なあに?お姉さんに言いたまえ」
と、真夏は両手を顎に乗せて、顔を少し傾けながら、じっと将暉を見つめる。その口角がクィッと上がる。
真夏のショートボブの髪が「サラッ…」と靡いて揺れ動いていて、夕陽を窓から浴びてキラキラと輝いていた。
その眼の中のガラス玉のような宝石の瞳は潤みながら、優しい眼差しを将暉に向けている。目を細めて見つめる。
将暉は、「ドキッ」とした。なんて可愛いんだ。この子は。
「ん?なぁに?将暉。なに見てんの?」
…この子は、たまに、驚くくらい眩しい視線を向けてくるんだよなぁ。こっちが視線を先に逸らしてしまうよ。と心のうちに留めた。その恋心を。
「いや、やっぱ大丈夫。自分で解決するよ」
「僕…いや、俺が自分で」
「ふ〜ん。いいんだ。私じゃ頼りにならないか…」
「ま、いいわ。んじゃ、帰ろうか?」
「え?い、一緒にぃ?」
「何を、今更…いつも一緒に帰ってんでしょうが」
「…ッたく、また元に戻ってんじゃねえかよ。吃るなっつうの」
「早く、戸締りして。あまり放課後、遅くまで残ってると先生に叱責されるからさ」
二人は教室の戸締りをして、職員室に立ち寄る。
ドアを開けると中にいた早坂と萩原に声をかける。
「先生ぇ!先に帰りまーす」
「なんだ、まだいたのか楯石…と、相場もいたのか?」
「そうか、おまえたちは確か幼馴染だったよな」
「はい。コイツ情けないから鍛えてあげてんの」
と、真夏は将暉の背中を思い切り叩く。
「楯石…あんまり相場を虐めるなよ。PTAとかうるさいから」
「大丈夫っしょ。私の人柄と知名度だよ。先生」
「そのために日頃から世のため、人のために動いてんの」
「そうだな。おまえなら誰にも文句は言われないよな」
「その歳で大人よりもしっかりしすぎだよ。もう少し子供らしくていいんだぞ?」
「なんで?先生、なんで、なんで」
と、真夏は鞄を後ろ手に持って胸を突き出した体勢のまま、萩原先生に質問した。
「あのな。若い時間ていうのは、人生の中でもっとも密度の凝縮された貴重な時間なんだ。その貴重な時間を無駄に過ごしたらいけない。まだ大人にもなりきれてない。子供でもない。そんな貴重な時期だからこそ、もっと甘えていいんだ。
その中途半端な時期は、中学から高校までの、この6年間しかない。大人になったら責任を負うことになる。それは避けることも逃げることもできない。だから…今は思う存分に甘えなさい」
「…先生。なあに語ってんのさ。あははは!」
萩原と早坂も釣られて笑い出した。
それを見た将暉まで笑い出した。
「それじゃあ、失礼しまーす」
と職員室の出口で二人で一礼する。
「さ、帰ろ?」と真夏は将暉を見る。
「うん…帰ろうか」
二人は歩きながら並んで下校する。
「でさ、本当のとこ誰が好きなの?ん?」
「真夏ちゃん…これ」
「なあに?これ。あ…さっきの」
真夏が将暉から手渡されたのは、例のノートの切れ端だった。
「家に帰ってから開いてくれる?これが俺からの頼みなんだ」
「ああ、なんかそんなこと言ってたよね。ま、いいわ。分かった。私、こっちだから。じゃあまた明日ね。将暉」
「あ、あのさ。真夏ちゃんってさ、他の人がいるときは、俺のことをアンタとかキツく当たるけど、二人のときは、なんか違うよね?将暉って呼んでくれるし。なんで?」
「そ、それは…バカなの?君は。幼馴染だからよ。じゃあねー」
「うん。明日学校で…」
真夏は踵を返して自宅のある方面に向かい歩き出した。
将暉はその背中をずっと眺めている。
第二章 真夏の心情
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