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『医者に聞いてはいけない』 其の一
医者に聞いてもあんまり有効ではないと予測されることをものすごく個人的な偏見で選んでみました。警鐘を鳴らし、関心を集めることで、医学の世界に良い変革をもたらしたいことが目的です。
まずはこの記事の結論から。
医者に栄養のことを相談する場合、どのくらい栄養に詳しいか聞くべき。
残念ながら、大多数の医者は栄養学の教育を受けていない。
では、理由について考えていきましょう。
※あくまで個人的な意見です。
医学栄養学空白の100年 - 医学教育の歴史的背景
さかのぼること100年以上前、アメリカではようやく医学教育が標準化され始めた時代(Flexner's report (1910)と医学教育の夜明け)、医学における栄養の意味合いは栄養欠乏症でした。
例えば、ビタミンC欠乏症である壊血病、ビタミンB1欠乏症である脚気(かっけ)、そしてビタミンD欠乏・代謝異常症によるくる病などです。
この時代は栄養失調が普通に存在し、今のように先進国であれば簡単に十分な栄養を取れるわけではありませんでした(ワンピース42話 ヨサクとジョニー より引用)。今のようにジャンクフード、依存性の高い食べ物が蔓延する時代ではなかったのです。食べ物は母なる自然から摂ることが普通であり、経済や流通、情報も限られていたため、食べ物による問題はおもに何が手に入り、何が手に入らないのか?というシステムからくるものだったのです。
このような〇〇欠乏症の存在は、その後の生化学研究を推し進めることになります。ビタミン欠乏症の代表格であった壊血病や脚気の存在自体は1700年代からわかっていましたが、その当時は食事が解決策であることがわかっても、どの成分なのか?がはっきりしていなかったのです。1910年代に入り、技術が進み、ビタミンの発見に繋がります。
その後医学領域における栄養学は生化学の発展とともに、主に〇〇欠乏症の解明がメインテーマの時代となります。
また、時をほぼ同じくして(1910年頃)、医学部における医学教育のカリキュラムを標準化する動きが始まります。質の悪い医学部を廃校にし、きちんとした国家資格にする動きです。
医学部のカリキュラムを作成する際に、生化学分野としての栄養欠乏症は組み込まれましたが、残念なことに食事・栄養学全体の教育は含まれませんでした。いくつか理由はありますが、食事や栄養はホリスティックアプローチ(包括的アプローチ) ー 患者さんの全体像をみるものとされ、主に看護師や栄養士の教育に回されることになったのです。
これは、西洋医学の本質が科学の手法を用いて原因・メカニズムを解明することに主眼が置かれていたことに関係します。全体像よりも、細分化してピンポイントでアプローチする方法が、より科学的と考えられていたのです。
今でも、栄養学が生化学的に何が足りないのか、何が多すぎるのか、を中心にしているのはこの頃からの名残りと考えられます。このアプローチはもちろん間違っていないのですが、近年の医学栄養学のさまざまな研究をみると、食べ物を栄養素「だけ」で考えるのは限界が見えてきています。詳細は後日記事にいたします。
また、医学の発展とともに、さまざまな状態に対する薬や治療法が開発され、医学教育もそういった最先端の診断や治療を追いかけるようになります。食事を中心とした栄養学は独自に発展しますが、医学の本流に組み込まれることはありませんでした。
歴史的に医学研究・教育のメインストリームから栄養学はある意味置き去りにされたといえるでしょう。
1950-1970年代には栄養が行き届くようになり、糖尿病や肥満が少しずつ増えてきます。そして心血管疾患や脳卒中が異常なスピードで増えるようになり、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などがリスクとして認識され始めることになります。つまり、その頃から栄養の取りすぎによる病気が注目されるようになるのです。実は1970-1980年代に発表された栄養・食事に関する研究はその後の流れを変えるほどインパクトのあるものがいくつもありますが、クスリの開発、治療法(外科的治療)の発展に研究が集中し、栄養・食事の研究に対する注目度は低いままとなります。
いずれにしても、医学教育における栄養学のしめる割合は低くなってしまい、医学栄養学空白の100年ともいえる歴史が始まります(空白の100年はマンガ・ワンピースにかけて私が勝手に命名したものです)。
EBMの台頭とクスリ・治療法の開発全盛期に埋もれる
EBMとは科学的根拠にもとづく医療のことです。EBMが爆発的に広がりはじめた1990年代。ものすごく簡単にいうと、統計学を用いて、より多くの人に効果のある診断・治療法を見つける手法です。それ以前は医者個々人の経験や感覚に頼っていた部分も多く、標準治療という考え方があまりありませんでした。EBMの手法を用いてより効果的な治療法をみつけることは現在の医療の主流です。これは大きなパラダイムシフトで、医学の発展に大きなインパクトを与えました。
この大きな流れを促進した要素の一つは製薬会社による研究です。創薬には開発・マーケティング・セールスに大量の資金が必要です。製薬会社がこぞって開発に力を入れ、積極的に治験・臨床試験に参加しました。EBMとクスリの相性が良いことも関係しております(詳しくは後日、その理由を解説ます)。
この流れは食品会社にも波及します。食品に関する研究も増え始めたのです。しかし、クスリや手術・手技用の医療機器と違って、食品の研究にはたくさんの障壁があったのです(こちらもあわせて、後日その理由を解説ます)。
簡単な結論をいうと、EBMの広がりとともに相性の良いクスリや治療用医療機器の開発ラッシュとなったものの、相性の良くない食品関係の研究は、思ったほど進まなかった。
一般的に医師は常に最新情報を得る努力をします。しかし最新の情報がクスリや治療法の情報に偏り、栄養・食事関係の情報が少ないため、診療における重要性が低いままとなってしまったのです。
しかし、近年の健康ブームで、患者さんだけでなく、健康な人もたくさんの情報を得られるようになりました。残念ながら、悪徳なビジネスやサイエンスの名を謳った信ぴょう性の低い情報も氾濫してい流のが現状です。サイエンスが全てではありませんが、再現性の高い情報を得るには、現状では科学的手法が重要な位置を占めています。
このような情報社会で、医師が栄養に関する知識を学ぶ重要性が高まってきています。医師には大量の情報の中から、質の高い、有用な情報を選んで発信するという役割があるのです。
問題点のまとめ - 空白の100年に夜明けはくるのか?
問題点をまとめると、多くの医者が栄養学に疎いのは:
医学教育の段階で栄養学が組み込まれておらず知識がない
栄養学を日常の診療に使うのが一般的に根づいていない(時間がかかる割に効果が出にくく、診療報酬もない)
などが挙げられます。
さて、悪いニュースばかりではありません。
確実に夜明けのきざしも見えます。
まずは、紆余曲折あった医学栄養学の研究結果が大量に出始めたことが大きいです。科学的なデータがたくさん出てきているのは、この領域に対する関心の高さを表します。
また、現代病の原因の大きな部分を占めるのがライフスタイルであり、その中でも栄養が関係していることが、多くの研究で明らかになっています。
今までは原因に対するアプローチや、まだ病気になっていない病気予備軍の人に対するアプローチよりも、すでに病気になった人たちへの治療に主眼が置かれていました。
しかし、世界中で高騰し続ける医療費を考えると、病気の人を増やさない努力は大事ですし、病気になった人も、根本的な原因の一つである食事・栄養に対するアプローチが重要であることは火を見るよりも明らかでしょう。
患者さんも、医師も、情報が簡単に手に入る時代です。患者さんだけでなく、医師の中にも栄養学に興味をもつ人が増えてきています。栄養学を学ぶプログラムも少しずつ増えてきており、医師の知識不足は、社会の関心が高ければ高いほど、埋まっていくでしょう。ただ、それを継続的にかつ効率よく行うには、どうしても医学教育のシステムに医学栄養学を組み込むことが必要です。そして、そのような流れは確実にきています。
最近のアメリカの医学部では栄養学の授業を増やす取り組みが少しずつ始まっています。日本の医学教育は欧米の20-30年遅れ、という厳しい評価は以前よりありますが(注:医療そのものは世界でも進んでいますが、「医学部や医者になってからの教育システムは遅れている」という意見です)、この情報社会において、知識を習得するだけですぐに実践可能かつ効果のある医学栄養学は、教育システムにさえ組み込めれば、そこまで遅れを取ることはないでしょう。欧米が動き始めた今こそ、日本がキャッチアップするチャンスなのです。日本の医学教育に栄養学を組み込む重要性を、個人的には推進しているところです。
また、従来の栄養学だけではなく、医学料理学(Culinary Medicine)という新しい分野も注目を浴び始めています。タイトルのワンピースの一コマ(ワンピース595話 宣誓 より引用)のように、日常の食事や料理そのもので病気を予防し、健康を増進する考えが広まりつつあります。
患者さんに対する栄養の指導や教育に時間がかかる割にお金にならず、今の病院のビジネスモデルに合わない
=(イコール)
売り上げがなく病院機能を維持できない
という点については、個人的には、医師はヘルスコーチとして患者さんを応援する役割、実際の指導はプロである栄養士や包括的アプローチに長けている看護師がするのでもいいと思っています。もちろん、医師がチームリーダーとして最新の情報を知っている必要はあります。
結論をいうと、
医者に栄養のことを質問する場合、「栄養学の知識が少ないかもしれない」という前提を忘れないでください。
もしわからない、と言われた場合は、他のプロフェッショナルを紹介してもらいましょう。
今後の医学領域での栄養学・食事・料理医学の発展にご注目ください!