高野辰之「朧月夜」
季節外れの歌を口ずさんでいた今日この頃。唱歌「朧月夜」は、美しい日本の風景を美しい言葉で歌った、とにかく美しい曲である。調べてみると、「朧月夜」の作詞をした高野辰之が、故郷の長野県の菜の花畑の光景を歌ったもので、彼はこの他にも「故郷」「春が来た」「春の小川」など、多くの名曲を残している。春の曲が多いように思うが、寒さの厳しい長野県の冬を越して、春が来る喜びは、暖房に頼りっぱなしの私には想像もつかない。暖かい春を喜び、その景色にほっこりする作者の想いが感じられる。
現在の教科書にも載り、世代を超えて日本国民に歌い継がれてきた彼の唱歌。その歴史は、明治政府が近代化政策として学制を交付したことから始まる。フランスの学校教育に習って作られたこの制度には、唱歌が必須科目となっていた。現在の音楽である。しかし、当時の日本には音楽を教育する文化もなく、日本独自の楽曲もなく、必須科目とするには試行錯誤が必要であった。そこで授業の題材として作られたのが、「蛍の光」や「仰げば尊し」のような、外国の民謡に日本語の歌詞を付けた唱歌だった。
しかし、これらは日本独自の歌とは言えず、歌詞の内容も教訓めいており、「子どものための歌」とは言えないのではないか、と疑問に思っていたのが、国文学者の高野辰之であった。そして彼の詩は、尋常小学校唱歌として教科書に掲載された。
朧月夜が描いた光景はたぶん↓こんな感じ。実際の詩に使われる言葉は文語体で難しいが、本当に美しくて暖かい言葉が使われている。
1番
夕方の茜色の空の下にある菜の花畑。
遠くの山には霞がかかり、
春風をそよそよ感じながら空を見ると、
夕月も見えて、景色全てが淡くなっている。
2番
民家の明かりも、森の緑も、
田んぼのあぜ道を行く人も、
カエルの鳴く声も、鐘の音も、
全てを霞める、朧月夜。
高野の朧月夜はただただ、自分の故郷の美しい景色を美しい日本語で表現し、それを心で味わわせてくれる。詩を鑑賞するということ、景色を鑑賞するということ、美しい日本語を伝えるということ、これが日本の学校教育に必要なことだったのかもしれない。
高野辰之先生、美しい唱歌を日本に、日本国民に遺してくださってありがとうございます。あなたの伝えたかった、故郷の風景、美しい日本語、春のおだやかな朧月夜、今でも日本人に歌い継がれています。今でも教科書に載り、そして大人になっても口づさみます。これからも日本人に歌い継がれますように。