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あなたの「探究」がきっと見つかる 高校生のためのAIの事例で学ぶ「探究」のポイント解説(13)
【特徴】
・「総合型選抜」に使えます。
・自分の才能が見つかります。
・自分軸を鍛えることができます。
某県立高等学校 再任用教諭 テラオカ電子
1 教材「孫が作る高齢者向け電子ゲーム」の開発と生徒の課題研究の取組み姿勢の分析
工業高校における「課題研究」の事例を報告する。本研究は、「孫が作る高齢者向け電子ゲーム」という教材を開発し、PID活動(プレゼン、インタビュー、ディスカッションの組み合せ活動)を実践した授業改善の事例を示し、生徒がこの学習内容をどのように受け止めたか、その取り組み姿勢を分析する。本課題研究の授業デザインは、筆者が事前に研究テーマと教材を準備し、生徒はその仕組みを理解しながら製作、改良、機能追加を行い、電子回路やプログラムの技術を学習した後、最後に次期型を提案するものである。そして、この授業デザインを評価するために心理尺度SAG41を使い生徒の取組み姿勢を分析した。その結果、生徒は課題研究を受動的に取り組むと社会性、創造性、問題解決能力を獲得できないので、自分たちの興味のあることを自分たちで決めて活動する必要があると意識していることがわかった。このことは、事前に準備した学習内容に生徒自身で考えた課題を積極的に取り組ませることが有効であることを示唆している。
1.1 生徒を取り巻く社会環境
本章では、まず現代社会の様相について概観し、その中で必要とされる資質・能力について述べる。次にその資質・能力を獲得するために、「課題研究」のような研究活動が必要であることを述べる。最後に、そのテーマ選定は難しいことを提起する。
現代社会は、「VUCA(ブーカ)」の時代と称される。これは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉で、現代の経営環境や個人のキャリアを取り巻く状況を表現するキーワードとして使われている[10]。「予測不能な社会」であり、教育においても、ひと昔前のように「学び」は学生時代に終わり、卒業後はそれを活かして仕事が継続できる時代ではなく、変化に対応するため生涯にわたって学び続ける必要があるとされる。
そうした時代に求められる資質・能力として、21世紀型スキル(ATC21)が提案されている[11]。これは「思考の方法」としての1. 創造性とイノベーション、2. 批判的思考、問題解決、意志決定、3. 学び方の学習、メタ認知、「 働く方法」として、4. コミュニケーション、5. コラボレーション、「働くためのツール」として、6. 情報リテラシー、7. ICT リテラシー、「世界の中で生きる」として8. 地域とグローバルのよい市民であること、 9. 人生とキャリア発達、10. 個人の責任と社会的責任と定義されている。こうした能力を求める背景には、 OECD諸国が教育の目標を学習保障から高次能力育成に舵を切ったことがある。
これを受けて学習指導要領においても、「深い学び」に重心が置かれた。その中で工業高校においては、教科「課題研究(3年生で履修)」が、深い学びを実現する役割を持つ。高等学校学習指導要領解説 工業編(2018公開)[1]によると、課題研究は「工業に関する課題を発見し」、「独創的に解決策を探究し、科学的な根拠に基づき創造的に解決する」、「職業人として必要な資質・能力を育成」することを求めている。そして、「工業に関する課題を生徒自らが見いだして設定し、課題の解決を図る実践的・体験的な学習活動を行う」ことを目標とし、教師は「生徒の興味・関心に応じて適切な課題を設定」すると規定している。すなわち現代社会に求められる資質・能力は、こうした「研究・探究活動」から獲得できる。
一方で、高校生が取り組む研究活動は「何らかの学術的問題を提起する」ものであり、それは「人類にとって、あるいは高校生の知識の範囲内では未解決である」ことも求めている。そして研究といえない例として、「市販のロボット作成キットを購入してロボットを作り、操作実験をしてみた」など「そもそも問題に取り組んでいない」ものを上げている[2]。しかし現実には、研究活動の経験がない高校生にはこの意味の理解は難しい。特に高校生が普段おこなっている「勉強」と課題解決の「研究」の区別はつきにくい[8]。加えて、学習指導要領の目標に「課題を生徒自らが見出して」とあるが、生徒の自主性尊重の下に研究テーマを生徒に任せきりにすると、ともすれば小学生並みの作品になってしまうこともある。従って、このような課題探究学習の研究テーマの設定は難しい。
1.2 授業デザイン
本章では、前章で述べた仮説の基に研究・探究活動を教科「課題研究」で実践するための授業デザインを述べる。これは、生徒が自ら課題を設定し、ものづくりの基本を体系的に学ぶようにするため以下の3点から設計されている。
1.2.1 教材の事前開発
教材開発において、従来は前年度末に今年度の教材を暫定的に設定し、当年度の4月に入ってから生徒とアイディアを出しながら設計、製作、改良を進めていた(第3世代の教材まで)。しかし、生徒に電子ゲームのアイディアを出させても、市販の携帯ゲームのようなものしか提案できなかった。これは電子回路や組込みマイコンの知識がないので、我々が目指す電子ゲームをイメージできないためであった。ここで、これを「無知の集団(知識をもっていない状態の人たちで集まって話し合っても何も出てこない状態)」[25]であると断定はできないが、筆者は、先に進めるためこれを認めることにした。そこで発想を逆転し、まず前年度に筆者が電子ゲームの基本設計を完了させておく(第4世代以降の教材、次章で詳細に述べる)。そして当年度に生徒は基本設計が完了した電子ゲームの仕組みを理解しながら、製作、改良、機能追加(ここで生徒は課題を設定し解決)を行う。この一連の活動を通して電子回路やプログラムの技術を学習する。このように電子ゲームの知識を深めた後、最後に次期型(「科学的な根拠に基づき創造的に課題を解決するアイディア」)[1]を提案する。生徒が卒業前に提案した次期型のアイディアは、来年度以降の教材の参考にする。こうすることで、4月当初、市販の電子ゲームのアイディアしか提案できなかった生徒が、課題研究履修後には、実現可能な電子ゲームを提案できるようになると考えた。筆者は、創造性に関して、「遊び」のような荒唐無稽なアイディアは、小さな子どもが得意であるが、スマートフォンを使ったシステムなど「文脈のある斬新なアイディア」は、専門家のような知識や経験のある大人しか出すことができないと考えている。なぜなら、「創造性とはこれまでに蓄積してきた知識と知識を組み合わせることで新しい価値を生みだす能力」[7]と考えるからである。授業では、筆者が前年度に基本設計した教材(電子ゲーム)を、生徒が製作、プログラムの改良を通して知識、経験を得て、創造性を「次期型提案」という形で表現する活動にした。この授業構造は、デミングのPDCAサイクル(1982)の「P」の順序を入れ替えたDCAPサイクルと言える。この「D」から始まる考え方は、プログラム指導でよく使われる「ハンズオン(実際に手で触るなどの体験を通じて、より理解を深めることを目的とする考え方)」であり、「習うより慣れよ」というように教育において一般的なものである。
1.2.2 PID(Presentations Interviews Discussions)活動
PID活動とは、プレゼンテーション(Presentations)とインタビュー(Interviews)とディスカッション(Discussions)を組み合わせた言語活動のことである(筆者の造語)。PID活動を構造化すると、インタビュー、ディスカッション、プレゼンテーションは、それぞれ言語活動の、「聞く・読む」、「話し合い・考える」、「話す・書く」に対応する。
プレゼンテーション活動としては、生徒は、愛知工業大学主催の「AITサイエンス大賞(以下AITと略す)[付記2]」に参加する。AITでは、午前に5分間のプレゼン発表があり、午後にポスターセッションがある。特にポスターセッションでは、大学の先生と「同じ研究者」として対等な立場で質疑応答がある。ここで、生徒は説明すること(言語化)の難しさを体験する。
インタビュー活動としては、市内の高齢者介護施設を訪問する。ここで、施設のスタッフの方から高齢者と接する際のアドバイスを得たり、高齢者に電子ゲームを披露してその様子を観察したりする。また市民まつりに電子ゲームを展示して小学生に遊んでもらい、そこでの観察から改良のアイディアを見つける。
ディスカッション活動としては、半田付け学習を「知識構成型ジグソー法」[12]で、また次期型電子ゲームの提案をデザイン思考[15]を使って行う。また多様な人の理解を深めるワーク活動として、細谷功氏が提唱するDoubRing(ダブリング:2円図)(詳細は割愛[14])も行う。このように様々な活動場面をPID活動で構造化して配置することにより、「主体的、対話的で深い学び」をバランスよく実現する。
1.2.3 人間中心設計(HCD : Human Centered Design)
本授業の課題研究は、製品開発工程(企画→設計→製作→評価→改良)を疑似体験するものである。(製品開発の模倣的活動)。そして「ものづくり」を体系的に学ぶために、人間中心設計(以下HCDと略す)[4]を基本に構成した。これは、体系的に学ぶことを「繰り返したときに同じ手順でできること」と捉えて、この課題研究の体験を社会で活かすためである。
HCDは1999年にISO13407(それを翻訳したJIS Z8530は2000年に制定)として制定され、ここで明確な「人間中心設計」の考え方が示された。ISO 13407はその後ISO 9241-210に改定されている。HCDの設計プロセスは、図1に示すものである。計画を立てたのち、【利用状況の理解と明確化】では、ユーザの特性やその環境、利用状況を理解する。【ユーザの要求事項の明確化】では、ユーザに関する情報に基づき要求事項をまとめ、それを要求定義、要件定義へとまとめる。方法として、ペルソナ手法がある。【デザイン(設計)による解決案の作成】では、要求定義や要件定義に基づいて、機能仕様を作成し、詳細設計を行う。【評価】では、デザイン案を評価する。不適切な部分が発見されれば、反復をして柔軟に対応する[4]。プロセスの流れは、PDCAサイクルとほぼ同じである。HCDは、品質管理の考え方を設計プロセスに応用したものといえる。HCDはユーザ観察やユーザ理解の重要性を主張しており現在の「ものづくりのスタンダード」になっている。
授業では、単に学校内(自分たちの興味・関心だけ)で設計・製作するのではなく、高齢者介護施設[付記6]を訪問したり、市民まつりに展示したりしてユーザ観察を行い製作に反映していく。こうした体験は生徒の製品理解を深めるだけでなく、主体的な取り組み姿勢も向上させると考えた。「次期型の提案」では、HCDのプロセスを「デザイン思考」のフレームワークで実践する。製作した電子ゲームを評価し、問題点を自ら発見し、対策案を考え、再度製作に反映させるという反復プロセスを通して「気づき、考え、行動する」を生徒に体験させる。
デザイン思考は、米国シリコンバレーに本拠地を置く、コンサルティング会社であるIDEOのCEOであるティム・ブラウンによって広められたものである。スタンフォード大学では、デザイン思考を学べる「d.school」が設立・運営されており、ここでイノベーティブな成果が多く生まれている[15,16]。このデザイン思考は、既存の技術や市場をベースに製品を考えるのではなく、人間の行動や習慣などの観察を通し、新たなモノやサービスを作り出す手法であり、HCDの一種といえる。日本の教育においても山形県の工業高校を中心に「デザイン思考を活用した探求型学習に関わる教育連携活動」(柚木ら、2018)[21]を行ったという報告もある。
デザイン思考のプロセスは以下の5つのステップからなる[17,18]。1.共感、2.問題定義、3.創造、4.プロトタイプ、5.テストである。1.共感は、ユーザに対する深い共感を得るもので、人間中心の基礎に当たるものである。PID活動では主にインタビューにあたる。2.問題定義は、共感から得られたものの中から着眼点を定め、開発者全員で問題を定義する。優れた解決策を生むきっかけとするステップである。PID活動では主にディスカッションにあたる。3.創造は、アイディアをできるだけ多くだしてイノベーションの可能性を広げる。アイディアの生成は、ブレインストーミングで行い、評価は、投票で行う。PID活動では、主にディスカッションにあたる。4.プロトタイプは、アイディアを見える状態にする。ここでは次のステップである「テスト」と関連付けて問題を発見し改善する反復作業を行う。すなわち、考え学ぶために素早く作るステップである。5.テストは、プロトタイプをユーザが生活する中で試し、ユーザに対するより深い理解を得るステップである。PID活動では、インタビューとディスカッションにあたる。
以上のように、授業にデザイン思考を採用した理由は、デザイン思考にチームで学習を深め、問題を発見する力を鍛えるプロセスが組み込まれていると考えたからである。
1.2.4 「課題研究」の授業モデル
本章のまとめとして、本課題研究のモデルを示すと図2のようになる[22]。ここで、右上の「生徒(2年生)」は、筆者が教材をYouTubeで公開(2018.08より)[付記1]しており、それを観て概要を事前学習してくることを示している。
また、指導方法は生徒の成長にあわせて変えていく必要がある(SL理論、1977)[13]。具体的には、当初の知識や意欲が低い時期は、細かく指示する教示型、知識や意欲が高まってきたら、こちらの考えを説明し、分からないところに答えていきながら進める説得型、最後に生徒の成長が高まってきたら、生徒同士で課題に向き合うように仕向ける参加型へ変化させて指導する(図3参照)。
このように、本課題研究は、「孫が作る高齢者向け電子ゲーム」の教材を使って、高齢社会の課題解決という目標に向けてHCDの方法論で「教示→説得→参加」へと指導を変化させながらPID活動を行う。そして、これを課題研究の製品開発の授業での一つのモデルとして提案する。
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1.3 教材開発と授業実践
1.3.1 電子ゲーム「ハノイの塔」
本事例は、2017年度に実施し、課題研究の生徒は3年生4名である。教材の電子ゲームは、「ハノイの塔」という積み木ゲームを電子工作にしたものである(写真1)。
4月の最初の授業で、開発の考え方であるHCD (Human Centered Design)を説明した。しかし生徒の反応は、その背景の実感がないため自分事として理解できない様子であった。
6月に市内の介護施設の職員の方に、高齢者にゲームを使ってもらう上での注意事項をインタビューした(写真2)。指摘事項として「ハノイの塔は高齢者にとっては使い方が難しい」などが上がった。そこで、生徒は高齢者への説明に模造紙を使うことを考えた。
7月に再度介護施設を訪問して高齢者に電子ゲームを使ってもらい様子を観察した(写真3)。高齢者に取って操作は難しいと予想されたが、慣れれば問題なく楽しめることが分かった。問題点として、高齢者がスイッチの入力に時間がかかる点を生徒が指摘した。そこでプログラムの変更(スイッチの検出を繰り返し判定する)を行なった。なお、生徒には「この介護施設訪問は、高齢者に楽しんでもらうために行うが、単なるボランティア活動ではないので、高齢者の様子をしっかり観るように」と指導している。
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1.3.2 電子ゲーム「傾けて交代」
本事例も2017年度に実施し、課題研究の生徒は3年生4名である。教材の電子ゲームは高齢者の機能改善のための「傾ける運動」ができるものである。傾けは「水準器」を搭載して運動の状態が分かるようにした(写真4)。
教材の技術ポイントは傾きの取り込みである。傾きは加速度センサのy軸の出力電圧をマイコンでAD変換して得ている。どれぐらい傾けたら傾け完了と判断するかをセンサのy軸の出力電圧をオシロスコープで計測し、試行錯誤しながらプログラムに反映させた。ここで生徒はアナログ信号をディジタル信号に変換する基本技術を習得した。生徒はこの研究成果をAITサイエンス大賞(愛知工業大学)で発表(写真5)した。
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1.3.3 電子ゲーム「数の交換」
本事例は、2018年度に実施し課題研究の生徒は3年生3名である。コンセプトは、孫と祖父母が、例えば、「部屋の金魚は3匹だね」と言いながら、3回手をかざすというような場面で使うことを想定している(写真6)。
研究活動では論理的な文章を書く必要がある。そこで7月に論文の書き方のワークを行った。ワークでは接続語に着目し、「接続詞」の入れ方によって結論が変わる3種類の例文(滝浦、2016『日本語リテラシー』を参考に編集)[28]を準備し、穴埋め形式の演習を行った。生徒には、論文は感想文と違って客観的文章(誰が書いても同じような書き方と結論になる文章)であり、接続表現を使って論理的に書くことができることを説明した。課題研究の授業では、論文を書く機会が2度ある。一つはAITに提出するものであり、もう一つは、校内の課題研究成果論文である。論文作成を生徒に丸投げでは、良い論文を書くことはできない。そこで、AITに関しては、筆者が論文の構成を示して、生徒を誘導して書かせた。そうして書かせた論文の読み合わせを行い、書き方の理解を深めた後、課題研究成果論文では生徒のみで作成させた。
教材の技術ポイントは、距離センサとレベルメータLEDの繋がりである。距離センサのアナログ出力電圧はマイコンのAD変換器でディジタル化され、それをPWM(Pulse Width Modulation)に変換して出力する。これを積分回路でアナログ電圧に戻し、その値をレベルメータLEDに点灯させる。この技術を理解させるために、グループに白紙の「機能ブロック図」を配り、生徒に話し合いで用語や図を書き加えさせ完成させた。さらにお互いグループ間で質疑応答させた。これはAITのポスターセッションで正確に説明できるようにするためでもある。
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1.3.4 電子ゲーム「DNAの交換」
本事例は、2018年度に実施し、課題研究の生徒は3年生3名である。
教材の電子ゲームは1段の基板から構成され、DNAの4つの塩基(アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T))に対応する4つのスイッチを配置している(写真7)。
生徒はユーザ観察(介護施設訪問)で課題を見つけ、以下の2点を改良した。DNAのコードを処理する際、基本設計では後から送られたコードを先に処理していた(スタック処理)。しかし介護施設訪問の後の反省会で、先に送られたコードから先に処理するほうが自然であるという意見が出た。そこでスタック処理からキュー処理に変更した。具体的にはfor文の初期値と判定値を入れ替えた。このことにより生徒は基本的データ構造であるスタックとキューの理解を深めた。二つ目はDNAのコードを処理する時、間違ったスイッチを押した場合は、警告ブザーを鳴らすべきという意見である。そこで該当するプログラムを変更した。具体的にはwhile文のループを正しいスイッチが押された場合while文を抜け、誤ったスイッチが押された場合は警告ブザーを鳴らすコードに変更した。このことにより生徒はC言語の文法理解を深めた。
11月に「次期型の提案」をデザイン思考の方法論を使って行った。1.理解では、テーマを「どうすれば3世代家族に有意義なゲーム体験ができるか」としユーザの整理、事実の整理を行った(写真8)。次に、ストーリ抽出(ペルソナ)を決めた。2.共感では、事実ベース(ユーザが言ったこと)をニーズとインサイトに分類した。3.問題定義では、さらに、グルーピングとラベリングを行った。次にその中から投票を行い「リハビリ、運動したい」、「簡単だけど飽きないゲーム」、「孫が学んでほしい」を選んだ。4.創造では、テーマとして「運動できるようにするにはどうすればよいか」などを設定し、さらにテーマを広げるアイディアを出し、抽象度で分類後投票した。そして決定したテーマで解決のアイディア出しを行った。それを3つの視点で投票(実現性、革新性、有用性)してユーザにとってはどうかを確認後、プロトタイプのアイディアを決定した。決定したアイディアは、「おみくじ」、「だるまさんがころんだ」、「ぬいぐるみが動く」、「鳴き声あて」となった。さらに5.プロトタイプとして、各自が決定したアイディアを基に次期型を考え、互いに披露した(写真9)。
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1.3.5 電子ゲーム「握手で交代」
本事例は、2019年度に実施し、課題研究の生徒は3年生7名である。本電子ゲームは、握手の微弱な電流を検知して楽しむゲームである(写真10)。
製作作業は半田付け技術の原理をしっかり理解した上で入らせる必要がある。半田付けについては、1年次の「工業技術基礎」で体験しているが、ユニバーサル基板の半田付けのため本教材のプリント基板にはその知識をそのまま使えない。なぜなら半田付けには、その「物理」が存在し、それに従って個々の半田付けに合わせた方法を使う必要があるからである。また、その指導方法に関して知識伝達型の授業を行っても、半田付けのような内部について目に見えないイメージを定着させることは困難である。そこで、指導にはジグソー法[9,25]を使うことにした。
授業では、「良い半田付けをするにはどうすればよいかを図で説明する」を課題とした。エキスパート活動として、「合金の形成」「表面張力と濡れの力の釣り合い」「フラックスによる表面洗浄」の3部品を分担させた(図4参照)。ジグソー活動としては、それらの部品を組み合わせて、言葉と図を関連させながら具体的に良い半田付けをする方法を考えさせた。
次に話し合って分かったことを発表し合い、最後にそれを踏まえて各自で書き留めさせた。生徒の感想から、学習前は「半田ごてを先に基板につけて、半田をつけて外す」や「銅部分にはんだごてを当て温める(2秒間)。接続したいところにはんだを当て溶かす(4秒間)、しばらくしてからはんだごてを外す(2秒間)」などであったが、授業後の感想では、「はんだと銅にフラックスのコーティングができるようにする」、「はんだコテをすぐに離さずに、合金を作ること」や「あらかじめはんだ付けするところを、はんだごてで熱しておいて十分熱をおくるとはんだ付けがしやすくなる」などになり、表面的なルールから物理的な理解を踏まえた上での方法に変化した。
各班の発表では、具体的に金属原子の様子を黒板に書きながらの合金の説明や、表面張力と濡れの力のつり合いの関係を場合分けしての説明があった。合金の形成には熱が十分必要であることや、基板の銅パターンの酸化膜を洗浄するために熱いフラックスが必要である説明もあった。このことから、ほぼ全員の生徒の思考の枠組みが授業前のルールベースの概念から物理ベースの科学的概念に変わったと考えられた。
最後に、合金部分の原子の正確な構造や、フラックスが液体状態の半田表面に被さることでその表面張力が弱まり「力のつり合い」が変化する点について補足説明を行った。これは、生徒の個人の知識や協働学習では誤解しやすく理解が難しい所は、教師が丁寧に説明して言語化する必要があると考えたからである。
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1.4 生徒の取り組む姿勢の分析
本章では、生徒が前章で述べた「課題研究」を受講してどのように感じているかを分析する。まず、生徒の「課題研究」の感想文を使って生徒の意識を抽出する。次に心理尺度を使ってその課題研究の取り組み姿勢の「構成概念」を分析する。最後に、生徒との対話での観察から分析結果の整合性を確認する。なお、感想文は各教材についてのものである。また、理解度評価および心理尺度は2019年1月に、対話での観察(座談会)は同年2月に実施した。
まず、生徒の課題研究の感想文から、学習内容をどのように受け止めたかを分析する。分析は形態素解析にて語句(以下、単語)を抽出し、その単語の出現頻度を算出した。形態素解析とは、文章を単語ごとに分割し、どのような単語が何度使われているかを集計することである[5]。形態素解析を使うのは分析者による恣意的な記述内容の抜粋を排除するためである。ツールにはRMeCab(石田)[6]を使用した。
第1世代(8名)、第4世代(4名)、第5世代(4名)、第6世代(3名:生徒B、C、D)および第7世代(3名:生徒A、E、F)の生徒の感想文をまとめて形態素解析で抽出した結果を表1に示す。ここで、抽出に使った単語の種類は名詞、動詞とした。形態素解析にて309の単語が1094抽出された。表1より「『課題研究』で『高齢者』向け『電子ゲーム』を『頑張って』『作って』『AIT』で『発表』し、『学ぶ』『体験』が『できた』」と感じていると推測した。
さらに生徒の感想を原文で確認したところ、「AITサイエンス大賞などの貴重な体験をしました」、「課題研究の班のメンバー達と団結してきたからこそ最後までやり切れたのだと思います」、「プログラムを組むと、予想していない所でエラーが発生し、それを直すとほかに新しいエラーが発生する。…プログラミングの楽しさと難しさを学びました」などの記述があり、分析結果と一致しているといえる。
しかし「課題研究の中では主に半田付けをしました…プログラムの方にはあまり参加することが出来ませんでした」や「課題研究であまりアイディアを出せませんでしたが、…」という感想もあるので、プログラム指導やグループ活動の参加の点で改善が必要だといえる。さらに「この課題研究を活かす所はあまりないですが、…」、「最初に思っていたのと全然違った内容でやる気が全然出ない…介護サービスセンターを訪問し実際に高齢者に使ってもらって…素直にうれしかったです」や「課題研究を始めて思ったことは、自分の思っていたものとは全然違った…最初はそこまでやる気が出ませんでした。仲間との協力や、高齢者の方との交流によりこの課題研究を最後までやり遂げようと思いました。AITサイエンス大賞の発表では…頑張りました」などの記載があることから、課題研究の当初は、HCDの理解は難しく、その目的理解に不足があったといえる。従って、今まで以上に繰り返し説明することに加えて説明方法の改善も必要といえる。しかし「私たちはここで止まってしまいますが、この課題研究は止まらないことを願っています…」、「高齢者に楽しく電子ゲームをやっていただいたので良かった…改めて高齢者と孫の絆を深めていきたい」、「高齢者の方にゲームの説明をするのは難しく、反省点が残る結果で終わってしまいましたが、そこでより分かりやすい電子ゲームを作るヒントを得ることが出来ました」など、最終的にはHCDの理解が進み良い経験ができたと肯定的に捉えていた。これらの分析から、生徒への本教材の事前認知が必要と考え2018年8月からこれまでに開発してきた電子ゲームをYouTubeで公開している。
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さらに各世代の特徴を分析するため多次元尺度法によって各世代の文章を2次元のグラフに表わし、またクラスター分析(k-means法)を用いて各世代の文章を2つのクラスターに分類した(図5、文字太さで区分)[5]。結果より「第1、第4、第5、第6世代」と「第7世代」に分けられた。第7世代の生徒が個性的であると予想された。第7世代の感想文からは、「中学生体験入学、介護施設訪問で、多くの人に遊んでもらい思った事は、大人と子どもでは楽しみ方が違うと言うことです」などはっきりした感想が多いように見受けられた。また、世代が上がる(最近の授業)につれて第7世代の方へシフトしている。
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次に、理解度の自己評価アンケートの結果を図6 に示す(第6、7世代の生徒)。
アンケートは、「半田付けの物理、方法」、「マインドマップの意味と使い方」、「電子ゲームの電子回路」など27項目について、自分の理解度を5段階で自己評価させた(1:理解できなかった、から5:良く理解できた、までの5件法)。
結果から理解度の認識に生徒間でばらつきがあることがわかる。これは自己報告タイプであるため否めないところもあるが、データから「半田付け」、「介護施設訪問」、「データ整理の方法」など作業を伴う内容では理解度が高いが、「電子ゲームの電子回路」、「HCD・デザイン思考」、「論文の書き方」など抽象的な内容で低かった。また、第7世代の生徒E、Fは、「1.あまり理解していない」が他と比較して多い。ここで生徒Eに関して「1」ばかりであるので、本人に「ふざけて書いたのではないか」と質問したが、「そうではない」との返事であったので反応歪曲とはせず、以後の分析でもデータとして扱った。
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次に、心理尺度を使って、課題研究の態度の構成概念を分析する(第6、7世代の生徒)。
心理尺度は、(田中ら、2011)『卒業論文に対する態度尺度(SAG41)の構成』[20]を基に、その質問文の「卒論は」の部分を「課題研究は」に置き換えて使った。SAG41は、卒論に対する構成概念を「第1因子:受動的課題遂行」、「第2因子:社会性獲得」、「第3因子:知性・創造性獲得」、「第4因子:積極的問題解決」および「第5因子:不安・懸念」とした心理尺度である。
SAG21の結果分析の前に、生徒の回答から心理尺度の信頼性、妥当性を確認した。信頼性に関しては、尺度の内的整合性を示すクロンバックのα係数[19]を算出した。
第1因子は9項目で構成され、α=0.352であった。同様に第2因子も9項目で0.101、第3因子も9項目で0.623、第4因子も9項目で0.343、第5因子は5項目で0.064であった。ちなみにSAG41の論文では、第1因子(9項目)0.859、第2因子(12項目)0.844、第3因子(9項目)0.386、第4因子(10項目)0.825、第5因子(5項目)0.716と報告されている。一般に0.7から0.8以上だと高い内的整合性があるとされるが、本実施の場合サンプル数が少ない(6人)ことが影響していると考えた。
次に妥当性を確認した。先の「理解度の自己評価」を外部基準として尺度との相関を計算した(基準関連妥当性)[19]。理解度との各積率相関は、第1因子がr=‐0.566(逆転項目のため負数)、第2因子がr=0.748、第3因子がr=0.157、第4因子がr=0.117、第5因子がr=0.529となった。一般に、±0.7以上で「強い相関」、±0.5程度で「相関がある」、±0.3程度で「弱い相関がある」と表現される。ちなみに相関が高かった第2因子(社会性獲得)との積率相関係数についてt検定を行った結果、p=0.088となった。従って、母集団(一般に本課題研究を生徒が受講した場合)においても10%の危険率で相関がないことを棄却できる。このことから、信頼性に関しては、第1、第3、第4因子が、妥当性に関しては、第1、第2、第5因子が分析する上である程度使えることがわかった。
そこで、以下では上記に注意を払いつつ生徒の意識を分析する。表2は、各生徒の各因子の平均得点、因子ごとの平均点および標準偏差を示したものである。結果より「第3因子:知性・創造性獲得」、「第2因子:社会性獲得」の順で得点が高い。また、「第4因子:積極的問題解決」のばらつきが大きく、反対に「第2因子:社会性獲得」のばらつきは小さい。このことから、生徒の大半が課題研究を通して社会性を身に付けたいと考えており、特に、創造的に活動するために必要な知識の獲得を期待していることがわかった。一方で、積極的に取り組んでいるかに関しては、生徒間で温度差があることがわかった。特に生徒Fは低い。
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次に、因子相互間の相関を表3に示す。これより、第1因子と第2因子、第2因子と第4、5因子の相関が高いことがわかった。なお、各相関係数についてt検定を行ったが、いずれも有意水準10%でも有意とならなかった。従ってこの結果を広く生徒に適応はできない。しかし、一般にt検定は、標本数を大きくすると有意になりやすい性質がある。本検定は標本数が少ない(6人)のでこの結果を仮説として採用することはできる。ちなみにSAG41の論文では、第1因子と第2因子の相関係数は‐0.189、第2因子と第5因子は‐0.022と低く、第2因子と第3因子が0.553、第2因子と第4因子が0.423、第1因子と第4因子が‐0.533と高くなっている。
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本課題研究の生徒は、「第1因子:受動的課題遂行」が「第2因子:社会性の獲得」と強く関連しているが(これはt検定の結果から高校生一般には言えないが)、大学生には見られない特徴である。
次に、生徒の各因子の捉え方を調べるため、表3について主成分分析、因子分析を行った。主成分分析を行った結果を図7に示す。結果より第1主成分において、第3因子は、第2、第1、第4、第5因子の順で距離をとっている(第1主成分の寄与率は0.664)。第2主成分においては、第1因子が他の因子と距離がある(第2主成分の寄与率は0.168)。このことから、生徒は「第3因子:知性・創造性獲得」と「第2因子:社会性獲得」は、近い概念として意識していることがわかった。
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次に、因子分析(因子数2:ガイザーガットマン基準、バリマックス回転)の結果を図8に示す。結果より、Factor1は「第2因子:社会性獲得」と「第3因子:知性・創造性獲得」、Factor2は「第4因子:積極的問題解決」と「第5因子:不安・懸念」の影響が大きい。このことから、生徒の意識は、本課題研究を「社会で役立つ資質・能力」と「積極的問題解決」という2つの軸で捉えていることがわかった。ただし、この2因子モデルで表せるという仮説の基でカイ2乗検定の結果のp値は0.257であり、仮説は棄却されるのでこのモデルの適合性は低い。
次に、個々の生徒の意識の違いを主成分分析で確認した。図9は、図7に行った分析を転置させた結果である。結果より、第7世代の生徒A 、E、Fは、第1主成分、第2主成分において、互いに距離がある。このグループは、個性が際立つ生徒の集まりだったと考えられる。なお、第1主成分の寄与率は0.4751、第2主成分の寄与率は 0.2850である。
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最後に、授業の最終回に行った「座談会」での生徒の発言や非言語メッセージを分析する。これは先の質問紙調査の分析を補完するためである。なおこの座談会は、第6、7世代の生徒5人(1人欠席)で行われ、所要時間は30分程度である。
冒頭、テーマを「どうすればやる気のある課題研究になるか」として生徒に問いかけた。これは、これまでの分析結果から、生徒は「受動的課題遂行(主体的な取り組み姿勢)」が社会性獲得や学習の理解度と関連があったからである。生徒の「先生が怖くなる」、「先生がおごる」などの発言から始まり、「自分がつくりたいもの、例えばピッチングマシンを作る」、「(学科が提案した)全てのテーマに興味がなかった」、「自分のやりたいことを研究していく」、「(このテーマは)第4希望だった」、「太陽光パネルをつくる」、「電子レンジをつくる」などが上がった。また「次期型の提案が(授業の)最後なので、決められたものをつくるのはやる気が出ない」というものもあった。すなわち、生徒のやる気の第一条件は、自分の好きなことを自分たちでやることだとわかる。
一方で「先生の指導はあったほうがよい」という発言もあった。ここに「課題研究」の研究テーマの選定と指導の難しさがある。
本課題研究で印象的なことについては、「他(の課題研究のテーマ)より楽しかった」、「今ではこの班は一番人気」など肯定的であった。また「AITはイラっとした。拘束時間が長かったが、いろいろな学校の発表を聴けてよかった」、「人の前でしゃべる経験ができた」などAITの参加は自信に繋がる効果を持っていることが確認できた。
本課題研究の改善については、「幼稚園に行きたかった」、「子供向けの電子ゲームにコンセプトを変える」などの意見があった。研究活動に対する意識の高まりも確認できた。
最後に感想をひとりずつ述べてもらった。「望んでなかった課題研究だったが、一番よかった課題研究であった」、「このメンバーでよかった。迷惑をかけたがお世話になりました」、「いろいろあったけど楽しかった」、「本当にいろいろなことがあったけど楽しかった。AITのチキン南蛮おいしかった」、「最初は、興味がもてなかったけど、いろいろやっていくうちに楽しかった」であった。
以上、生徒の課題研究の感想文を使って生徒の意識を抽出し、次に、理解度の自己評価アンケートを分析した。さらに、心理尺度を使ってその課題研究の取り組み姿勢の「構成概念」を分析した。そして最後に生徒との対話での観察からその分析結果との整合性を確認した。
1.5 本研究の知見と今後の課題
これまで「孫が作る高齢者向け電子ゲーム」を教材にした工業高校の「課題研究」の事例を述べてきた。授業は、教材を事前開発し、PID活動を展開し、HCDの理解を深めることで構成した。授業の最後には、デザイン思考の方法論で「次期型の提案」を実施した。本章では、この授業を受けた生徒の課題研究の取組み姿勢の分析を通じて得られた知見を整理し、新たな仮説を提案する。
第1に、生徒は課題研究で電子ゲームを作り、AITで発表することで学ぶ体験ができたと感じていた。しかし、授業の初期は想定していたことと違っていたという意識が強く、やる気が出ない状態となっていた。従って、課題研究の実施には、事前にある程度の知識を生徒に提供しておく必要がある。そこで2018年8月から、これまでに開発した電子ゲームの動画をYouTubeで観ることができるようにし、事前に教材の周知を図ることにした。本動画を観て興味を持った生徒(1、2年生)が、3年次に本課題研究を受講するようにした。
第2に、課題研究での学習内容の理解度自己評価に関して、半田付けや高齢者介護施設訪問など作業を伴う学習の理解は高いが、HCD・デザイン思考などの抽象的な分野では低かった。後者に対して本事例では、グループワークを実施し「体験」を取り入れたが効果は上がらなかった。そもそもHCDやデザイン思考は、ものづくりの創造的製品開発の方法論であり内容が難解であるため、その指導には経験が必要である。本授業は『デザイン思考ファシリテーションガイドブック』[18]を参考に組み立てたが、工業高校生にはさらなるアレンジが必要であった。今後、先行事例(『デザイン思考を活用した探求型学習に関わる教育連携活動の広がり』、山形県の工業高校など)[21]を参考に授業への展開方法を研究していきたい。
第3に、取組み態度分析から、生徒は課題研究を通して、社会に出て生きていくうえで必要とされる力や、創造的に活動するために必要な知識の獲得を期待していることがわかった。また、「社会性獲得」と「理解度自己評価」とは、強い正の相関があることもわかった。このことから、自分たちが今学習していることが将来に繋がるという確信が強い学習意欲になると考えられるので、授業の中で繰り返し現在と将来の接点を気づかせる内容を組み込むことが有効であると考えられる。筆者は、生徒が「社会性獲得」に関して「コミュニケーション」を強く意識していると感じている。従って、「コミュニケーション」向上のプログラムを盛り込んだ授業内容を構成することで、学習理解度の向上が期待できると考える。この仮説については、今後検証していく予定である。
第4に、分析から生徒の「社会性獲得」は、「受動的課題遂行」と強く関連している。実際、生徒のコメントには、「先生が1~10まですべてやってくれるのでやる気が出ない」というものもある。生徒にとっての有意義な課題研究は、自分たちの興味のあることを自分たちで決めて(主体的行動)活動する授業である。言い換えれば、生徒は主体的でないと社会性を獲得できないと意識しているといえる。
しかし、「1.生徒を取り巻く社会環境」で指摘したように「生徒の自主性尊重の下に研究テーマを生徒に任せきりにすると、ともすれば小学生並みの作品になってしまう」。そもそも学習目標が明確でないと知識の定着が悪くなるという矛盾があった。筆者は、この矛盾の解決は、事前に準備した学習内容に生徒自身で考える要素をいかに盛り込むかで解決できると考える。このことから、有意義な課題研究にするには、授業全体の道筋を示しながら、小さな課題に積極的に取り組ませることが有効であることがわかった。
以上、本章では、分析を通じて得られた知見を整理し、新たな仮説を提案した。ただし、これらは、前章の分析で示した信頼性、妥当性に基づいており、検証されたわけではない。従ってこれらの知見を新たな仮説として研究(探究)していく必要がある。
付記
1 動画(YouTube)の公開について
教材「孫が作る電子ゲーム」は、YouTubeサイト内で「テラオカ電子」と検索すれば動画を観ることができる。2019年10月現在で、19セットの電子ゲームを公開している。例えば、第4世代の電子ゲーム「ハノイの塔」は、下記URLで動画を公開している。
このようなYouTube等のインターネットを使って不特定多数に情報を公開することは、炎上などのリスクが少なからず懸念されることから好ましくないという意見がある。しかし、こうした情報を公開することは生徒の知識と意欲を向上させる。そこで筆者は、一部の不適切な者が起こす少ないリスクは筆者の責任において許容し、生徒の効果の方がより重要と考え公開に踏み切った。
2 「AITサイエンス大賞」について
「AITサイエンス大賞」は、県内の大学が主催する高校生対象のサイエンスコンテストである。2002年から年1回11月に開催されている。現在(2019年)、「自然科学部門」、「ものづくり部門」および「社会科学・地域づくり部門」がある。本教材での発表は全て「ものづくり部門」で参加している。研究の論文を提出の後、当日の午前に5分間のプレゼンテーション(ステージ発表)があり、午後にポスターセッション(パネル展示発表)がある。翌年早々に、全ての参加発表の論文は「研究発表論文集」としてまとめられ、そこには、審査委員からの講評も掲載されている。
3 マイコンについて
本教材に使用したマイコン(MCU:マイクロコントローラ)は、マイクロチップテクノロジー社製のPICマイコンである。具体的にはPIC16F88、PIC16F877AおよびPIC16F1778を使用した。これらは全て低価格(数百円)な8ビットマイコンである。統合開発環境にはMPLAB IDEまたはMPLAB X IDEを、プログラムはC言語で作成され、そのコンパイラにはHI-TECH PICCまたはMPLAB XC8を使用した。なお、これらは無償で提供されている[26,27]。
4 ジグソー法について
半田付け指導において、協調学習の一つである知識構成型ジグソー法を実施した。これのベースとなっているエリオット・アロンソンらの「ジグソー教室」(チームワーク、協力を重視する学習法)での実践研究によれば、米国の人種隔離の撤廃後にジグソー法を行ったところ、人種間の友情を深め、偏見を少なくし、少数人種の生徒の自尊心、学校への好感度、テストの成績の向上が見られたとある[24]。このような協調学習は、知識を建設的に構成できるだけでなく、これから多国籍な生徒が増える日本の高等学校の状況においても有用であることを示唆していると考える。
5 生徒の学習内容の理解について
本課題研究の指導に関して、「生徒は、電子ゲームの技術を全部理解できていないではないか」という指摘がある。確かに、生徒には電子ゲームの回路図やプログラムリスト(約1000~1200ステップ)を配布しているが、授業では、一部の機能改善と追加であるため、全てを理解できているわけではない。しかし、生徒はそれらの資料から「なぜこのようなプログラムになっているのか。この機能実現には、どうしてこの回路になっているのか」また「アイディアを出すためにどうしてデザイン思考というものを使うのだろう」などを考えた。そして、自分なりの答え(「次期型の提案」など)を出した。このことは、生徒がこの課題研究を通して様々な「問と答えのセット」から「自分の枠組み」を構築したことを意味する。渡辺によれば、「このような能力が生まれて初めて『主体的な学び』が行われたと判断できる。・・・これは、『答え』を教えて『解き方を教えない』ということであり、『近代教育』が『課題とその解き方』を教えることにより『学習者に答えを導きさせる』ことを基本としているのとは大きくことなる。・・・そしてこれは、『機械学習(AIの一分野)』における『教師あり学習』の学習過程と同じである」という[23]。学びは、範囲を限定してそれを完全に理解する必要もないし、生徒みんなが同じ学びである必要もない。生徒が「主体的な学び」により「電子ゲームを作り出す自分の枠組み」を獲得できればよいと考えている。なお、筆者は、この「答え」を教えて「解き方」は教えないという「機械学習」のアイディアに関心を持ち、現在、機械学習と電子技術を学ぶ教材を開発(YouTubeで「テラオカ電子」で検索して観ることができる)している。
6 高齢者介護施設について
訪問したのは、市内の高齢者介護サービスセンターである。そこは、デイサービスを行っており、我々は、その午後の1時間のリクレーションタイムに電子工作のゲームを持参して楽しんでもらっている。高齢者に我々の研究目的(良い高齢者向けの電子ゲームを開発する)を伝えたところ、我々のいい製品を作りたいという想いをご理解していただき、あるご老人の方から「ほね一つやくにたたない私でも役に立てたよありがたき日」(ヤスベー様)という句を頂いたこともあった。
7 「21世紀型スキル」について[25]
冒頭で「21世紀型スキル」を引用した。21世紀型スキルは、2009年に、Cisco、Intel、Microsoftの3社とメルボルン大学の研究者が中心となって提案したものである。同時に、OECDとも連携して、Assessment and Teaching of the 21st Century Skill(ATC21S)と名付けられた。21世紀を牽引する変化し続ける知力の育成を目標としている。
従来は、教師が答えを教えて、生徒に記憶してもらうような、目標から始める「後ろ向き」の教育をしてきた。しかし、これからは、何かの問題に対して、「アイディアや知識、持っているリソースを提供し、交換してゴールを達成する」ようなスキルを身に付けることが目標であるとされる(「前向き」の教育)。これは、政治、行政、企業、研究者など全ての人が今やっていることでもある。
この21世紀型スキルを育成するための学習環境について以下のように説明されているので引用する。
これまで必要とされたスキルは、個人が科学的な知識を正確に把握することや、与えられた問題を効率よく解くことが中心だった。これらは、初心者がどのようにゴールに達成すればいいかを探ることによって教えることができた。これに対して、21世紀に必要なスキルは、学習者が互いに理解を深め合い、あるゴールを達成するにつれて新しいゴールを見出し、自ら設定した新しい課題を解きながら前進する創成的で協調的なプロセスを引き起こすスキルである。
そういったスキルの涵養には、『知識を新たに構築することが推奨される環境』が必要になる。そこでは、メンバーがそれぞれ自らの問題を解決しつつ、チームで解くべき問題を共有し、共通した問題解決のために貢献する。メンバーは、それぞれの強みを生かしつつ、社会的責任を果たす相互支援関係を成り立たせることを学ぶ。このような環境では、新しいスキルだけでなく、これまで重要だとされてきたスキルも獲得されることが分かっている
「課題研究」がこのような環境を提供する授業になるように、改善を重ねていきたい。
引用・参考文献
[1]文部科学省,“高等学校学習指導要領解説 工業編”,2018
[2]酒井聡樹,“これから研究を始める高校生と指導教員のために”,2013,共立出版
[3]鈴木哲也,“PICとC言語の電子工作”,2009,ラトルズ
[4]黒須正明,暦本純一,“コンピュータと人間の接点”,2013,放送大学教育振興会
[5]秋光淳生,“データ分析と知識発見”,2016、放送大学教育振興会
[6]石田基広,rmecab.jp/wiki/index.php?RMeCab (参照2018.08.06)
[7]INVENIOhttps://leadershipinsight.jp/explandict/sl
理論%E3%80%80situational-leadership-theory(参照2018.08.06)
[8]間辺広樹,大村基将,林康平,兼宗進,“課題探求学習での活用を想定したドリトルとラズベリーパイによる計測実習の実践報告”2015,情報処理学会研究報告
[9]日高義浩,“知識構成型ジグソー法を取り入れた工業高校での授業事例研究”,2016,教育情報研究
[10] BizHint
https://bizhint.jp/keyword/40037 https://bizhint.jp/keyword/13299 (参照2019.01.06 )
[11] ウィキペディア(Wikipedia)https://ja.wikipedia.org/wiki/21世紀型スキル
(参照2019.01.06 )
[12] 三宅なほみ監訳,”21世紀型スキル 学びと評価の新たなかたち”,2014,北大路書房
[13]GigaZiNE https://gigazine.net/news/20150204-what-is-creativity/ (参照2019.01.06 )
[14] 細谷 功 https://syukatsu-pro.com/column/2620 (参照2019.01.06 )
[15] ティム・ブラウン,”デザイン思考が世界を変える”,2014,ハヤカワ文庫
[16] 日経デザイン編集”実践 デザイン・シンキング”,2014,日経BP社
[17] スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所[著]一般社団法人デザイン思考研究所[編集]柏野尊徳[監訳]木村徳沙/梶希生/中村珠希[訳]”デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド -the d.school bootcamp bootleg- “
[18] イトーキ オフィス総合研究所[監修] アイリーニ・デザイン思考センター(旧: デザイン思考研究所)[編著],“デザイン思考ファシリテーションガイドブック”
[19]大野木裕明,渡辺直登,”心理学研究法”, 2016,放送大学教育振興会
[20]田中俊也,山田嘉徳,加戸陽子,”「卒業論文に対する態度」尺度(SAG21)の構成”,2011,関西大学学術リポジトリ
[21]柚木泰彦,三橋幸次,早野由美恵,渡部桂,岡崎エミ,吉田卓哉,”デザイン思考を活用した探求型学習に関わる教育連携活動の広がり”,2018,日本デザイン学会 デザイン学研究
[22]近藤哲朗, ”ビジネスモデル2.0図鑑”, 2018,メタップス
[23]渡辺信一, ”AIに負けない「教育」”, 2018,大修館書店
[24]ロバートチャルディーニ, ”影響力の武器[第3版]”, 2018,誠信書房
[25]三宅芳雄、三宅なほみ, ”教育心理学概論”, 2018,放送大学教育振興会
[26]後閑哲也,“PICと楽しむRaspberry Pi活用ガイドブック”,2017,技術評論社
[27]後閑哲也,“C言語によるPICプログラムミング大全”,2018,技術評論社
[28]滝浦真人, ”日本語リテラシ-(’16)第06回 考えるスキル①:論理トレーニング”, 放送大学
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