12.交渉術―「脅し」と交渉

「親分!湖水商事(仮名)が売掛金を支払ってくれないというので、その取り立てを債権者の矢留家製缶(仮名)から頼まれやしたが、どうしやしょう。少し手荒なことをしてもようござんすか?」

「オウ、そうせいや!」

ギャング・マフィア・ヤクザ・暴力団等が債権の取り立てを頼まれることがあります。債権の取り立ての依頼を受けることは、本来、弁護士の仕事です。

債務者が、約束通りに支払わない要因には、3つしかありません。
① は、無い袖は振れない、つまり支払うだけの資力がない場合、

② は、債権者の提供したサービスや内容について、不満足な場合、例えば、応対した店員の態度が悪かったとか、商品の質についてクレームがある場合

③ は、債務者が資力はあるのだが、何やかやといちゃもんをつけて支払わない場合、つまり小ずるい場合

の三とおりです。

このうちのどれが弁護士を使ってでも、取り立てをしなければならないかが、債権者の考えどころです。

特に、これらの三つの事例は、どれも似かよっていますが、他との区別が難しい。

要は、債務者にお金があるかどうか、そして如何なる手段・方法を使うかだけなのです。

暴力団等に債権の取り立てを頼むというのは、頼む側にも頼まれる側、双方にそれなりのメリットがあるからでしょう。

① の債務者からは、弁護士は、債権を取り立てることは難しいでしょうが、ヤクザ集団はこれまでは取り立てていました。

彼らの手段・方法は、身体・生命に危害を加えられるのではないかという恐怖を与えること、つまり「脅し」の交渉力を用いることでした。

脅しのない交渉は、交渉ではありません。脅された方が交渉では負けるのです。

チキンレースということばがあります。

ジェームス・ディーンの映画「理由なき反抗」に描かれているものが有名で、どこまでギリギリ物事を我慢できるかによって度胸の良さを競い合う行為を指します。

場合によっては命をかけて争うこともあるのです。車に乗っていてどちらが壁にぶつかるギリギリまで(車から)脱出するのを我慢できるか競うのです。

例えば、
・正面衝突になりそうな時、自分は道を譲らず、相手に道を譲らせる。
・決められた位置にどちらが近く止まるか競う、のです。

またこれらの勝負をする人をチキンレーサーと言います。
命がけのレースなので、命を惜しまなかった方が、勝つのです。


日本人のいう「交渉」とは「話せば分かる」というものですから、「話しても分からない相手」に対しては、戦争してでも分からせる、というのが国際交渉でした。しかし、現代はむやみやたらに戦争を仕掛けることはできません。

だから、戦争ではない、経済制裁を相手方に課するのです。日本も、北朝鮮に対して経済制裁をしていましたが、拉致被害者の調査をする旨を表明しただけで、経済封鎖を一部解除してしまいました。平成26(2014)年10月8日の参議院予算委員会で、

「水野賢一氏:報告が先送りされた。北朝鮮は約束を反故にしたのか。
首相:大変残念な状況になっている。拉致問題の全面解決に向け全力で取り組みたい。
水野氏:いったん解除した制裁を元に戻すことはあり得るのか。岸田文雄外相:現時点では考えていない。」(10月9日付日経新聞)

という論戦がなされました。この国会でのやりとりを聞いた北朝鮮の交渉担当者は、何と日本人は「チョロイ奴らだ」と思ったのではないでしょうか。全く日本側の交渉担当者(政治エリート)には、相手を脅してやろうという気概がまったく見られないのですから。

交渉というものは、心理戦ですので、脅された方が負けなのです。
脅されて何も取るものがなくなるよりも、脅して何も取れない方が良いのです。現在迄、北朝鮮との人質奪還交渉は進展がみられません。

チキンレースのつもりで、交渉した方が勝ちなのです。

ヤクザの脅しの交渉力が落ちました。暴対法の制定です。その間隙をついて出て来たのが、いわゆる半グレ集団です。彼らは暴対法の適用の対象外にありますから、「脅し」を交渉の手段として使えます。

垣根涼介さんの「ヒートアイランド」という小説に、その半グレ集団やヤクザの上前を撥ねる新しい反社会集団が描かれています。いつの時代も、世の中の流れに沿った集団が出て来るものです。

弁護士は、脅しの手段として「法律」を使います。法律に反して、支払わないのであれば、不利になりますよ、場合によっては、刑務所に行かねばなりませんが、それでもいいですか、という訳です。(つづく)

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伊藤博峰
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