9.交渉術ー目的を見極めない交渉は失敗するよ
交渉の同義語に談判、折衝があります。「交渉」は、個人対個人、個人対団体、団体対団体、国家対国家など、一般に広く用いられます。
「談判」は、もめごとなどの決着をつけるための話し合いをいう。
したがって、両者の利害が相反することが多く、喧嘩腰の感が伴うのが普通です。
「折衝」は、組合対会社、国家対国家など、公の場合に用いられることが多く、個人対個人、個人対団体などの場合にはふつう用いられません。
また、多く、利害の食い違う当事者同士が要求などを出し合い、妥協点を求めるために話し合うような場合にいいます。(新装版 使い方の分かる類語例解辞典 小学館)。
交渉、談判、折衝、何れの場合であってもこちらの要求をいかにして相手方にのませるか、またいかにして相手方の要求をどのようにしてのみこみ、話し合いをまとめ上げるかが重要です。
それらには、必ずしも、勝ち負けということはありませんが、交渉する主要目的を達成した場合には、勝ちといってよいでしょう。
だから、交渉する際には、必ず交渉によって獲得する「目的」を決める必要があります。
国家対国家、企業対企業のような場合の交渉に際しても同様です。
次は、個人の欲望が衝突する個人対個人の交渉の事例です。
Aさんが、幸田朗(仮名・ベテラン)・左右田左右兵衛(仮名・新米)弁護士の下にやってきました。
「先生、先生!Bというやつはけしからん奴だ!人の女房を寝とって、不届き千万だ。慰謝料を取って下さい」というのです。慰謝料はいくら位請求したいのかと聞きますと、500万円だと言います。
そこで、左右田左右兵衛弁護士は、早速、Bさんと会いました。
左右田弁護士がBさんに会って慰謝料額金500万円を請求すると、「はい、分かりました。500万円ですね。すぐにでもお支払いいたしましょう。私が悪かったのですから」というのです。
左右田弁護士は、BさんがAさんの要求する慰謝料額満額を支払うというものですから、事件は一件落着とばかりに、「Bさんが、慰謝料500万円を支払うことを承諾した」旨話しました。
しかし、Aさんは納得しませんでした。「500万円ではだめだ。1、000万円でなければ絶対いやだ」、と言い張って左右田弁護士の話を全く聞き入れません。
困り果てた左右田弁護士は再びBさんに会い、やむなくAさんの言うとおり、「Aは慰謝料1000万円でなければいやだ、といっていますので、食言するようで申し訳ないが、慰謝料は1、000万円に請求したい」旨請求額を増額しました。
勿論、Bさんの受け入れるところとはなりませんでした。
任意の交渉によってA夫人と第三者B間の不倫事件をめぐる慰謝料請求事件は裁判所の関与することになりました。
左右田弁護士は調停を申し立て、Bさん側にも弁護士が就きました。
その後調停は不成立になり、左右田弁護士は訴訟を提起しました。数か月後、判決が下され、Aさんに認められた慰謝料額は、金50万円というものでした。
納得のいかない左右田弁護士は、幸田朗弁護士に尋ねたものです。
「私は、あんなに努力して、Bさんから満額の500万円もの支払約束を取り付けたのに、何故、Aさんはその額で納得しなかったのでしょうか?」
「それは、Aさんがわれわれに慰謝料請求を頼んできたのは、必ずしもBさんから、お金を取ることが目的ではなかったんだよ。あまり左右田君が凄腕(?)なもので、一発で請求額満額を取ってしまったために、依頼の目的が達せられなかったんじゃないの?」
「依頼の目的は慰謝料をとること、それもその額が500万円だったのじゃないですか? 私の交渉が下手だったのですか?」
「そうじゃないよ、交渉の目的は、Bさんから慰謝料を請求するという名目で、妻を寝とられた亭主の意地を見せることであり、慰謝料額500万円は、交渉の目標とすべき額だったかも知れないね。
交渉目的を金銭の獲得に置いた、のがまずかったのかも知れないな。
ところで、その後、A夫人はどうなったの?」
「A夫妻は別れました。BさんもA夫人とは切れたようです。私は、何をしたんですかね……骨折り損のくたびれ儲けだった、だけか……交渉は難しい」とため息三斗の左右田弁護士でした。
慰謝料は精神的損害を、金銭に評価したものなので、財産的損害とは異なります。
金額が多くなれば、精神的損害が満たされるというものではありません。
慰謝料請求の交渉は、依頼人の目的が必ずしも、金銭を獲得することではないのです。
最終的には、解決金を獲得して交渉妥結なのですが、その前にもう一つ、交渉の目的があったのです。
交渉目的のうちには、交渉をまとめずに、ことの決着を引き延ばす、という「目的」もあります。(つづく)