8.交渉術―交渉人の徳目錬磨

交渉事は当事者双方の利害が一致しないものです。
だから、交渉が遅々として進まない時には相手の交渉人の人格に対して非難したいものです.
交渉の成否は複雑な事象の上になり立つものですから、他日を期さなければならないこともあります。
従って、昔から交渉にあたる人の資質について論じられてきました(例えば、F・カリエール著坂野正高訳 外交談判法・岩波文庫)

そこでは、外交官の資質について述べられていますが、外交官を目指す人でなくても、交渉は、常日頃から実践しなければならない時代です。あちこちに交渉人たらんとする者の徳目が散らばっています。

就活という言葉があります。大学の入学・卒業の時期を四月ではなく九月にしようとした試みは今のところ失敗だったようです。

四月になると多数の新卒・新入社員が入社して来ます。先ずミーティング、それが終わると各部署に配属されサラリーマン人生が始まります。

営業部もその例にもれません、新入社員が配属になり、ベテラン社員の腕の見せ所でもあります。

新卒営業マンは先ず、飛び込み営業です。営業マンが企業をまわっても真剣に応対してくれるところなどないに等しいと言っても差し支えありません。

だから、応対した社員に「お名刺だけでも頂けませんでしょうか」という人達がいるのでしょう。ある中小会社に新卒営業マンがやって来ました。社員10名くらいの小さな会社にです。

複写機の販売会社の営業マンが通って来たのです。何回も何回も通ってきました、でも何回も通っても売れないものは売れないのですよね。

複写機はそんなに買い替えるものではありません、三年~五年間くらいは優に寿命がありますし性能アップと言っても多寡が知れています。

3Dプリンターが劇的に安くなり複写機に組み込まれた訳の話しでもありません。熱心な新卒営業マンだったからでしょうか、その会社の窓口にいた男子及び女子社員は言いました。

「あなた熱心だからコピー用紙で良ければ買ってあげよう。それでいいかい」
「はい、ありがとうございます」ということでA4版用の用紙1、000枚注文しました。

営業マンの営業交渉は、熱心にしかもしつこくならずに買い手の元に通って営業マンとして認められることになります。

たかだかコピー用紙とはいえ、注文をもらってしまったのですから新卒営業マンの初めての交渉としては大成功です。

納期は翌日の午前中ということでした。あくる日の昼近くなっても用紙は来ませんでしたが、電話がかかってきました。

「用紙の納入は、夕方になりそうですがそれでもよろしいですか、何時ころまでいらっしゃいますか?」と言うのです。
「いいですよ、6時過ぎまでは誰かいますから届けて下さい」

6時ころになっても届きませんので、電話で問合せです。
「用紙が届くのを待っているのだが、何時頃になりますか?」

「今日は運送会社の手違いでお届けできません、それに新規取引ですので代金引換でお願いします」
その日はこれで終わりです。

翌日またその新卒氏がやってきましたが、買い手側の担当者はもう用紙を買う気がありません。

何故でしょうか?

せっかくのチャンスをもらい売り込みに成功したのですから、新卒営業マンは、何をおいても、自分が電車とかタクシーを使ってでも買手の要望を満たさねばなりませんでした。
用紙に性能や品質の差はありません。運送会社の手違いは約束の日に届けない理由にはなりません。

まして新規取引なので代金引換でお願いします、という要求は通りません。自分の都合が中心だからです。
会社に帰って上司からそのように言われたのであれば、上司を説得してでも、顧客との約束を守らねばなりません。

営業交渉は人間関係で始まり、自分という人柄を売りこみ、信頼関係を積み上げて行くものです。

この新卒営業マン氏は営業の何たるかが分からなかったのです。ただ紙が売れたと思ったのでしょう。売れたのは新卒の初々しさと売り込みの熱心さであり、それを翌日になって崩してしまったのです。心したいものです。
(つづく)

 

 

いいなと思ったら応援しよう!

伊藤博峰
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!