小説・現代の公事宿覚書ー腹の虫17.

「誰がいつ、五百万円の慰謝料を取ってくれればいいと言いましたか、私は怪しからん奴を懲らしめてくれと言ったはずですよ」
石原はぬけぬけと、五百万円の慰謝料では不服だというではないか、伊達は最上弁護士がこの決着をどのようにつけるのだろうか、という方に興味が行った。
「うーん、石原さん、慰謝料を一千万円に上げろ、と言ったら、その怪しからん奴はなんというかな、応じるかな、伊達先生?」
石原の不満が最上弁護士の方に向かっていたので、われ関せずと高みの見物を決め込んでいた伊達は、われに返った。
「それは……それは納得しないでしょうね。何故、俺が譲ったのに人の足元を見るように額を上げるのだ、と言うのではないですか?」
「そうだろうね、不倫した慰謝料としては、多い額を出した、と彼は言うのではないですか? 石原さん、再交渉してもらいましょうか、伊達先生に……」
一度妥結に至った額を、それでは不服であると、もう一度交渉しなおすのは嫌であると思っていると、石原一郎は、そのような伊達の心を見透かすかのように言った。
「伊達先生は、私の気持ちが分かると思いますので、もう一遍交渉してもらえますか?」
「でも最上先生、私が再交渉しても、慰謝料額が上がるとは思われませんよ」
と内心の不満をあらわにして、伊達は自分がまた交渉するのを断りたかった。
「伊達先生、ぜひ、私の無念を晴らしてください」
石原一郎は最上弁護士のやる気のなさを、見て取ったように伊達を見つめて、言ったものである。
「それでは、石原さん、伊達先生にもう一度、交渉してもらいましょう」
伊達は、困り果てた。しかし石原が慰謝料一千万円でなければいやだ、と言うのであれば、交渉のし直しをしなければならないと腹をくくった。
石原は樋口と再度会うことが苦痛だった。
約束した日までは、内容について樋口に話すことはしないということにした。その日までに石原が五百万円で納得するかもしれなかったからだ。

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伊藤博峰
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