小説・現代の公事宿覚書-腹の虫(4)
最上が石原と伊達を残して応接室を去った。すると、石原は言葉がこんなに良くぽんぽんと出てくるなと感じるほど、口早に言い募った。
「伊達先生、妻がパートに行っているスーパーの専務というやつはけしからん奴だ!人の女房を寝とって、不届き千万だ。慰謝料を取って下さい。慰謝料取れますよね?」
「ちょっと、ちょっと待ってください。石原さん、そんなにポンポンと言われても分かりません。今、初めて石原さんとお会いしたのですから、分かるように説明してください」
と伊達は石原の言葉を遮った。
「伊達先生、女房のパートで行っているスーパーの専務と言う奴は不倫してるんですよ」
「不倫してるって、その専務は女房持ちですか?」
「いいや、まだ若くて独身だ」
「そうすると不倫をしているのは、石原さんの奥さんですね……」
「そいつは女房を寝取ったんだ、わからんかね?……」
と石原は顔を赤くして言った。
「あっ、わかりました、わかりました」
と伊達は石原の用件を引き取った。
「石原さん、不貞行為の慰謝料だったですね。それだったら慰謝料と言ってもそんなに取れませんよ……」
と答えると、石原は抗議をした。
「何故ですか、怪しからんことをしているんですよ、伊達先生!」
声が一段と大きくなった。伊達は石原の興奮を鎮めようと思い冷静に言った。
「慰謝料というやつは、精神的損害を金銭的に評価するものですから……」
すると石原は声を荒げて、
「それだからどうなんですか?」
伊達の答えに憤懣やる方のないような調子で言った。
「石原さんがその不倫男から、どれだけの精神的なショックを受けたかが問題なんです」
やはり伊達弁護士は男女間の慰謝料請求訴訟に気が乗らない。
「石原さん、弁護士に頼むとなるとまず裁判を起こす前に、相手方と交渉することになりますが、それで解決しなければ調停や裁判を起こします。着手金という弁護士報酬を頂くことになっても良いですか、それでも、不倫相手に慰謝料請求をしますか?」
と伊達は弁護士にお金を支払ってまで慰謝料請求をすることはしないだろうと思って言った。しかし伊達の思惑は甘かった。(つづく)