余命何日-命がけの生活

日頃より、「命懸け」で生活していれば老後は寂しくない

命懸けとは、命を捨てる覚悟で事にあたることです。
禅僧が問うたものです。「皆さん、明治維新は何故成し遂げられたと思いますか?」

何という答えを期待していたかは分かりませんが、言うたものです。

「命懸けで事に当たると、皆の心が一つになって普段は出来ないと思われたことも出来るのです。皆さんも、命懸けで一所懸命仕事に励んで下さい。

でも一所懸命に命懸けになって仕事をするとは、特別な心の持ち方ではないのですよ、遊びで山に行っても遭難するし、道路を歩いていても交通事故に合わないとは限りません。

都会ではビルの上から何かが降って来ることもあるし、それに当たって死んでしまうこともあります。

ですから命懸けとは、通常の日常生活が命懸け、であるということですね。つまり、いつ死ぬか分かりません。その事に我々は気がついていないだけです」と。

年齢を重ねるに連れて、先輩や友人、親兄弟、配偶者、ときによっては子供や孫に先立たれると、寂しいという人が増えます。子供たちが独立し、夫婦二人きりになって、寂寥感にとらえられる人もいます。

あと余命何ヶ月と宣告された人は、寂しくもなんともないようです。
残された命を毎日どのように過ごすかを考えて、生活しているからです。
まさしく明日があるかどうかも知れない命懸けの生活をしているのです。

老後は、いや老後も、命懸けの生活をしていることに気がつけば余命何日という宣告を受けずとも充実した余生が送れる事になります。

                   


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