人生の目的

私は、「汝の車を天上の星につなげ」、これを人生の目的にしました。汝の車というのは筆者自身のことです。
齢80になって、人生の目的なんてことを考えるなんて、お前はバカかと言われそうです。

しかし、皆さんは、何故生きているのか、また何故実業家その他の仕事に就いているのでしょうか?
昔は苦労して育ててくれた両親を楽にさせてあげたい、お世話になった周りの人達に感謝したい等々が仕事を一生懸命にする目的だったのではないでしょうか。

現代は、日本が豊かになったからでしょうか、経営している会社を上場したい、売上高一兆円の企業にしたい、カネを設けて早く引退し、儲けた金をボランティア活動の原資にしたい、世界に羽ばたく企業を作りたい、自社の社員を世の中のどこに出しても立派な人間として通用するようにしたい、これまで貧困で苦しんでいる世界の人々を豊かにしたい等々が若い人達が目的としているものです。

豊かになった分、身近な親を楽にしてあげたいとか貧乏な生活から抜け出したいという単純で明快な目的をもてなくなった時代です。

本当の貧乏というのは、国中に食べるものもなく自分も家族も食べるものがないことです。現在、日本人は贅沢さえしなければ暮らして行ける社会になっています。そんな状況下では、個人として何を目的として生きるのか、という人生の目的が見つけづらい時代なのかも知れません。

筆者は、弁護士生活40年余になります。弁護士として登録してから3年間、いわゆるイソ弁として、つまり他の事務所に勤務して、弁護士業を学びました。その後独立して、自分自身の経営する事務所をかまえ、ささやかながらも法律事務所の経営者ともなりました。

その数年後、知人の導きによって東京・小岩にある興聖寺の参禅会に参加しました。そこで御指導頂くことになったのが、今は亡き、和賀晟純老師でした。すでに、坐禅を始めて30年余になりますから弁護士生活の大半は坐禅とともに弁護士業があった訳です。
仕事のうえでも坐禅をしていたお陰で、どれほどよかったかについては書ききれないくらいです。
そして、禅をして行くうちに、出会ったのが人生の目的とは何であるか、という問いです。

その答えが、冒頭に掲げた「汝の車を天上の星につなげ」という言葉です。これは和賀老師のお師匠さんの原田祖岳老師の言葉です(禅と人生・原田祖岳著作集一.12頁以下参照)。
分かりやすい言葉でいうと、人格の絶対完成、といことです。

人は苦難に会うとそれを乗り越えるごとに、人間ができて来るものです。
しかし、道は遠いのです。いくら行っても天上の星の如く遠い道のりなのです。
人生は苦の連続です。ひと山越えればまたふた山と次の難関が待ち受けています。何故、自分ばかりがこんな理不尽な目に合わなければならないのだ、と愚痴の一つもこぼしたくなります。

しかし、人生の目的は、人格の絶対完成にあり、と知っていれば高い山深い谷も抜け出すのが苦でなくなります。ここに禅の妙味があります。
禅を志さない人にとっても同じことです。禅では坐ることのみが禅ではない、日常茶飯事が禅の生活そのものではないか、と教えているからです。

年をとればとるほど、この人生の目的は何か、という問いかけの有難味が分かってきます。皆さんも、自分の人生の目的とは何か、を考えてみてはいかがでしょう。人生は一回きりしかないのですから。                                                                              

以上

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