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不撓のヘラクレス(仮)

1.過去と陰謀


党内のゴタゴタがあっても、日ごろの仕事は絶対に自分の目の前からいなくなってはくれない。これはJHKの職員の時からそうだった。
2004年中に相次いで発覚した一連のJHKの不祥事を巡って、当時会長だった蟹原一利さんの秘書的なポジションだった自分にとっては、不正会計に手を染めていた組織の対処をやらされていた。

番組制作局のチーフプロデューサーが巨額の製作費を不正着服。

当時の『週刊文春』の報道によってJHKの組織はクレームや抗議文が段ボールで10箱程度毎日送られてくるほど、JHKは世間から叩かれていた。
着服額は当初約6200万円と報じられていたが、調査を進めていけば1億を裕に超えるほどの被害額が算出された。

このチーフプロデューサーは知人の経営する企画会社に、実態のない業務名目で支出、それをキックバックさせて遊興費に使っていた。さらにはJHK内部では不正を数年前に把握しながら放置していたことも発覚した。
そして、ここからが一番私が組織から離れた理由がある。
このチーフプロデューサーの行った件に関しては問題があることは重々承知しているが、不正会計の調査を進めていけば2人目、3人目と不正な金の流れが出てきたのだ。
合計すれば約10億と端数に関しては数える気にもなれない金額だった。
不正の発覚と上層部へ進言してからが地獄だった。
上の判断が出るまでの間、世の中へ情報が漏れだす恐怖と同僚も腫物を取り扱うようにこのことを隠しながら仕事をする光景があまりにも気持ち悪く感じた。
公共放送としての仕事への誇りなどみじんも感じなかった。

そんな気持ち悪い空間での仕事に辟易しながら、早く上層部の判断を待っていたが、自分が考えていた結論と上層部の結論はあまりにもどす黒く、醜く醜悪非道の決断が下された。

チーフプロデューサーへ新規で見つかった不正を全て擦り付ける。

そういった命令が下された。
人間、一気に怒りを感じると目の前の景色が見えなくなると言うがその通りだった。
その日は渋谷で自分と同じ意見を抱えた部下と酒を飲み、愚痴を吐きながらふらふらと自分の自宅に戻ってきたらしい。

JHKに勤め始めて、18年になっていたが決断を聞かされた次の日は、初めて自分のために遅刻をしたことを覚えている。
そこからは仕事に対しても力が入らなくなっていった。
自分のことを気にした同僚からは何度も話を聞いてもらってが最終的な回答は自分が今望んでいる言葉とは違った。

「橘の言ってることは分かるけど、それを言ってたら会社が終わるだろ?」

ショックだった。会社に勤めていたとき、過去自分と会社はぶつかることが何度もあった。
その時に何度も、お互いに励ましあい、トラブルを乗り越えてきたその同僚から自分たちがその時一番毛嫌いしていた「現実」を突然突き付けられたのだった。
しかし、そんな同僚の言葉とは裏腹に組織の隠蔽体質は国民の真実を知りたい声には逆らえない。
蟹原さんが衆議院総務委員会に参考人招致された。
当初今回の不祥事に関して国会中継を生放送で放送する声が大多数の中、当時の総務大臣と総務省官僚と共にJHKの執行部との内密な話し合いにより国会中継に関しては生放送を行わなかった。

が、この隠蔽した委員会が国民に油どころか火薬を注いだのだった。

結局、蟹原さんはJHKの会長を2005年1月に会長職を辞任することになった。
日々のクレームの対処にやつれていくスタッフの姿を眺めながら会社と国との意見合わせをした上っ面の対処

いつ終わるかどうかも分からない電話の数々に精神を削られてたある日、限界の面持ちをした部下が自分と話をしたいと声をかけてきた。

もう何年も前の話なのでそいつがどんな名前だったか忘れたが、新卒で入ってきた若い記者だったことは覚えている。
クソのような仕事を終わらせて、その記者と居酒屋で話をした。
印象的だった。若い自分を見てるかのようだった。

「会社の不祥事を隠したままで、公共事業であるJHKの役割を担える気がしません!これ以上こんなこと続けると絶対に内部告発がでてもおかしくないですよ?!」
話を聞いてるだけだったが、今の自分が失ってしまった熱が感じられ、自分も同僚と同じような存在になっていることに目の前の部下の姿を通して気付いた。

その日は何も考えられず寝床に着き、仕事へ向かうには早すぎる時間に目を覚ましたことを覚えている。
仕事に向う準備をしようと起き上がり、リビングへ向かうとベランダから差し込む日差しと静まり返った部屋がまるで自らの覚悟を説いているように思えて仕方なかった。
昨日の会話の中で、思いついたことを進めるが如く輝いているように見える。

「内部告発者が出てきてもおかしくない」
最初は自分には該当しないことだと思っていたが、まさかその当事者になるとは思わなかった。今までお世話になった会社に対して自分が反旗を翻すことになるとは

会社に隠蔽するように指示をだされた2002年ソルトレイクシティ・冬季オリンピックのJHKの300万の不正会計の問題をその日に週刊誌に実名リークをした。

しかし、結果はどの内部告発者と同様の結末を迎える。
上層部との喧嘩別れのような形になり、自身の不正経理で懲戒処分を受けJHKを依願退職する形になった。

それ以降のことは、自分で激動と言ってもいい状況を10年以上続けてきた。
内部告発後はネット掲示板「2ちゃんねる」でしか、JHKの問題について発言することが出来ないこの状況に苛立ちを感じていた。
メディアを敵に回すことがコレだけ孤立を生むとは思えなかった。

今はTwitter(現X、エックス)やyoutubeが存在しているが、時代は2006年スマホの普及もしてない状況で報道機関と敵対するということは大多数派の間違った情報に踊らされた国民全てと戦うことと同じだった。

やっと、スマホの普及によってネットでの動画配信サービスが行われ世間的にも自分の主張を発信出来るようになったときはJHKの問題を徹底的に追及することを心掛けてきた。
2000年頃からプロジェクトとしては聞いていた、地上デジタル放送の推進するための東京スカイツリーの建設と完成に伴い、JHKのスクランブル放送に目を付けていたが、決定的な手段が見つからずいたことを覚えている。
当時の民主党の党首の野原氏と維新の会の党首の柿本氏の応援をしていたが、誰一人としてJHKの改革を乗り出さず、現状維持に努めていたことに苦汁を飲まされ続けてきた。
2010年の頃はJHKの悪質な集金人トラブルの発生や一国民に対する裁判の脅し、JHK職員の不正問題と刑事事件に歯止めをかけるべく模索しているときに東京スカイツリーが完成し、いよいよJHKのスクランブル放送に関する活動に移そうと動き出すが、先の民主党と維新の会は充てには出来ない
ならばと思い自分で政治団体を立ち上げることにした。
それが現在の「JHKから国民を守る党」
そう、国政政党JHK党の前身であった。

2.

参議院会館の事務所で、過去のことに思いふけっていても今回のアーシーの件について何かが変わるわけでない
私自身が経験した数々の失敗により、そのことを重々承知している。
首が回らない状況になり、一時は生活保護を貰うことを検討したほど苦しい時期もあった。
しかし、その苦難を何度も超えてきたことは私の人生での何よりも大きな財産になっていることは間違いなかった。

事務所のドアに雑なノック音が広がり、耳を抑えたくなるような声量で一人の男が入室してくる。
「橘さん!なんだってこの状況で党首どころか、政党名すらも変える話になってるんですか?!」
嫌に耳に残る甲高い声と小さな部屋で出す音量で無い声で男は続ける。
「そもそも、今回のアーシーの件については橘さん!あんたが一番問題点を抱えていたはずでしょう!それなのに何で今、この状況で逃げ回るようなことをするんですか!恥ずかしくないんですか!」
「神白くん、隣の議員にも迷惑だ。もう少し声量を落としてくれないか?説明に関しては丸山が正式に君たち「羽の会」にも説明したとおりだろ?」
神白一彦、政治団体「羽の会」の代表者でyoutube登録者数は25万人にも及ぶインフルエンサー、その狂気じみた熱意と熱狂的な反政府主義がネットにて話題を呼び、瞬く間に登録者を増やした。

その後、他の候補に対して質問するために選挙街宣に突撃する政治活動とその独特な甲高い声、2020年に行われたアメリカ大統領選挙時のトランプとバイデンで浮き彫りになったネットの陰謀論を駆使し、明確に狂信的な支持者を獲得、前回の参議院通常選挙の時に登録者と彼の周りにいる支持者に期待し、神白をJHKの幹事長に据え選挙に臨んだが
まさか、れいわ新選組の党首と同じ、同姓同名の田中太郎にダブルスコアをつけられるとは思わなかった。私の支持者から何度も見る目が無いと言われたが、この男に限った話は明確に見る目が無かったと後悔している。
神白は先ほどの内容を聞いていなかったように、声量を落とさずよく分からないことをまくし立てる。
ここを演説会場か何かと勘違いしているのだろうか
「もとをたどったら、今回のアーシーの件に関しては橘さんが一番悪い状況じゃないですか!?」
何を言いたいのか分からないが、今回の責任ついてのようだった。
「神白くん、一番の責任を感じているからこそ今回JHK党の党首の座を辞任する形を取ったんだ。私は選挙対策部長という形で在席はするが実際の党の運営には携わることは無いよ」
と言い終える前に神白は声を上げる。なぜここまで人の話を聞かず、動き出すのだろうか
「JHK党の中に在籍する理由が分かりかねます、一番責任を取るなら役職を貰わずに党に所属する方が一番いいじゃないですか!?」
参議院会館で怒号に近い声が聞えてくることはほとんどない、丸山が何かしらの危険を察したのかドアを開けて心配そうな面持ちこちらを覗いていたので右手で制す。
「神白くんの言っていることは確かに一理あることは間違いないが、現在のJHK党で私が一番集票と発信力があることを考えれば、私が党の役割を一部兼任していた方が党勢を拡大できると考えることが妥当だろう?それに一番はこの党は私が作り出した党だ、この件で私が辞めますと言っても一番の支持者がいる私がいなくなって困るのはこの党であることも間違いないだろう?」
神白が不機嫌に話を聞いているが、正論を言われていたのか言い返す言葉が見つからないのだろう。
「だからといって、後任の人間と誰にするのかと党をどうするのか決まっているんですか?」
神白の発言はこの党の問題に関しては核心を突いていたが、そこについても丸山と話し合って一応のプランは組み立てていた。
「党を捨てると言ったが、今のJHK党はブランドイメージがあまりにも低いと言っても支持者は離れていないと思うが、問題は無党派層の有権者が問題だ、神白くんは分かっていると思うが、3月には統一地方選がある。ここの選挙である程度地方選挙の議席を持っていないと、次期衆議院選や参議院選にも響いてくることは間違いないだからこその刷新感を出さないといけない」
橘は右手の人差し指を突き立て神白を指さす。
「神白くん、手っ取り早く刷新感を出すにはどうすればいい?」
神白は急に質問を出され、困惑した面持ちで左手を顎に据えて考えこむ
「自民党総裁選で新総裁になれば、内閣支持率は急ごしらえでも刷新的イメージは先行する。事実内閣支持率は急伸するからな。しかし、今回の問題はJHK党自体の問題にメディアはするだろう。有権者は党=アーシー議員になってるのは否めないとなれば、党の名前や全てをリニューアルしたようにするしかない」
「なるほど…。」
神白はいつものように反論するのではなく、橘の話を聞いている。それもそのはず、「羽の会」に関しても地方議員の擁立は健闘している件については話を聞いていた。
「JHK党のブランドイメージの刷新、簡単に言えば「クリーンなイメージを持つ政党」にすればいいんだ。
丸山といろいろ話をしたが、JHK党の完全リニューアル「若い女性の政界進出を応援する党」という形にしようと思う。今回の立候補に関しても女性を積極的に公認して、党を推進していく」
驚愕した面持ちで橘の顔を見る。
「なるほど、今までの昔の男性社会のような政界に「女性を進出」させるという大義名分を付けるということですね」
何故か理解が早いのは一応は大阪大学工学部出身ということなのだろうか、本当に知識と人格が伴わないことがよくわかるが、この場ではこれが一番有難かった。
「大義名分という点もその通りだが、最近の選挙データを確認したときにあることに気付いてね、直近の地方議員選挙では圧倒的に女性の投票率が高い、それも年齢が若くなれば比例して投票率が向上する。統一地方選に向けてなら、刷新してイメージアップを見込める」
神白はこういった自分が納得できる戦略に関して明らかに態度に出てくる。一応は社会に出ていた人間だったことは間違いないのだが、周りからどのような評価を下されていたのか想像に難くは無かった。
「それでしたら、僕も納得しました。しかし、橘さんの後継者は誰にするつもりなんですか、債権者の合意はとれるんでしょうか?」
自分の後継者に関してはとても難しいことだった。というのも、JHK党は今回のアーシーを当選させるために約10億円の融資を受けていた。
「事実、ここが一番の問題なんだ。登記上の代表者も橘から後継者に変えるつもりだから、一応は債権は引き受けることになるからな」
ここが一番党首を変更するときに懸念していた点だった、今回の計画ではメディアやJHK党に対して好意的では無い人から批判されないように徹底的にJHK党をステルスにしなければならない
問題に関しては、名目上でも約10億の負債を抱えている政党の党首を仮にでも一番責任がかかる役目に座る後継者がいるかどうかという点だ。
橘自身も、このような話を振られても党首の座には座らないと思ってしまう。もし、前任者の人間が逃げたりでもしたら約10億の負債が一気に自分に降りかかる危険性があることを否定することが出来ない
橘は後継者を捨てて逃げるつもりは毛頭なかったが、人の思いほど脆いことは国政政党へ登り上げるときに何度も経験してきた。
「だからこそ、神白くんも後継者になれる人間を発掘してきてほしいと思ってるんだ、私が党首の座を譲り渡すが逃げるつもりは毛頭ないことを理解できる人材、できれば女性が最適だ」
神白が橘の話を静かに聞くことは稀だが、それだけJHK党の状況が深刻な状況なのは間違いなかった。
「わかりました。今回の件で候補になれる女性を何人かピックアップしていこうと思います」
「頼む、出来るなら今回の一件でメディアが騒ぎ出す前に大々的に告知したい」
そういいながら、神白は事務所から出ていく、神白がいなくなった事務所はまるで嵐が過ぎ去ったように静かになる。
「本当に勘弁してほしいよ..一番大変なのは自分なんだ…」
ポロっと愚痴を漏らすが、誰も返してくれないこの状況に空しい感情に襲われるが、だからといって現状が変わらないことも間違いない。
神白と話していた間、止まっていた仕事を進め始めるが、この仕事もこの計画が完了するときには自分の手元から無くなると思うとなぜか虚しさがこみあげてくる。
政治団体を立ち上げてから国政政党になるまでの過程はとても大変だったが、自分が頑張ればきちんと結果も着いてきていたからこそ、愛着もあり惜しい気持ちもないことは無い。
ふと事務所の窓から外の景色を眺めると雲がかかり、小雨が降りそうだ。まるで内部告発を決めた時のように自分の選択を肯定してくれたような景色とは裏腹にこれからの自分の未来を指示しているようだった。

神白が参議院会館の事務所から、外に出ると携帯を取り出して、電話帳に登録した人物をタップしてコールを掛ける。
「私です。今回の件でJHK党は明確に窮地に追いやられてることは間違いないと思います。まぁアーシーの件が一番響いてるでしょう」
不穏にも電話口の人間が何を話しているのかは聞こえてこない
「今回の一件で橘は党首の座を誰かに譲るそうです。政党を全てリニューアルして、ステルス的にJHKの問題を取り組むと言っていました」
そう言いながら、エレベーターに乗り込む。誰一人としていないエレベーターが不穏な空気に満たされる。
「刷新するときに女性を政界に入れる政党にしたいようです。はい…女性の党首がいいと言っていましたね…そうですね、登記も変更させると言っていましたからこれはJHK党を潰すことが出来ると思います」
そう言いながら、エレベーターが目的地の階に到着して、ドアが開く
「それではすぐにそちらに向かわせていただきます。はい…えぇ..今晩にも是非ともお話させて下さい」
通話終了のボタンを押すと、神白が不敵に笑顔になる。
政党助成金3億3000万、もう終わってしまう政党なら有効活用すればいいのだ。
そもそも橘が作り出した政党かもしれないが私の方が一番この政党をうまく運営することができた、橘には悪いがこの政党は完全に消えてもらう。
あとは自分に従う馬鹿な人間を見つけてくればいいだけだ。
橘も馬鹿な人間だ、JHK党はもうこの世からなくなるのに未だに生き残らせることしか考えていない、大局を考えればJHKを取り巻く問題だけやるONEイシューの政党なんぞ必要ない。
しかし、橘が作り出した3億3000万は私が有効に使わせてもらう。
嫌にも笑みが零れてくる。よくない、これで自分の政治活動を一気に躍進させることができる。
橘はとても不幸な男だと心の底から思い、足を進める。外は今にも小雨が降りそうな天気だったが、これからの橘の未来を指示している様だった。









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