ニホンザルの震え
最近では、葬式でのサクラをやるバイトが存在する。
すなわち、赤の他人の葬式に参列してはしくしくと涙を流すなどして、雰囲気作りをするバイトだ。
ワシもそのアルバイトをしており、自身がご臨終になるまでゴリゴリ稼いでいくつもりだ。
ワシは偉い人なので、バイトとはいっても手は抜かない。
単なるサクラなんかでは済まさない。
故人を知る人からくまなく情報を聞き、取材をし、故人の感極まるエピソードを再現ドラマとして演じ、会場をブチ上げるのだ。
ある日もワシは葬式に参列し、ついに再現ドラマを演じるタイミングがやってきた。
その日は、故人である父とその息子のエピソードを演じるのであった。
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今日はワシの勝負の日、男を見せる日。
絶対にやってやる。
そんな思いを胸に、家中の金をかき集めた。
妻のへそくり、息子の財布も全て拝借した。
資金を握り締め、ワシは競馬場に向かった。
家を出る前、いつも当たりもしないくせにやめてちょうだい、と妻には泣かれた。
ワシは無言で頷き、食器棚に隠されている妻の第二のへそくりを引っ張り出した。
すすり泣きを背に、紳士は颯爽と玄関を飛び出た。
胸を張り、背筋をピンと伸ばした。
今日は当たる気がする、今日だけは本当に当たる気がするのだ。
自信に満ちた表情で、ワシは競馬場の喧騒に包まれていった。
当たった。本当に当たった。三連単。
ワシは英雄だ、世界一だ!
時間が経つとともに実感が湧き出し、心が躍りだすのを抑えられなかった。
人生最高の帰り道を歩いていた。
しかし、何か心に引っかかるものがある。
少し悩んで、ワシは思い出した。
今日は8歳になる息子の誕生日だった。
うわ、最悪だよ、とワシは呟いて苦い顔した。
人生最高の日に水を差すなよぉ、ね?と空を見上げてお天道様に共感を求めた。
ワシは仕方ないので誕生日プレゼントを買って帰ることにした。
息子は何が欲しいんだろうかと考えていたら、小腹が空いてきたので近くのコンビニ入った。
なんとなく店内を回っていると、駄菓子に目が行った。
ビックリマンチョコ、それとチョコエッグ…。
誕生日ケーキとおもちゃの要素を兼ね備えている。
これでいっか、プレゼント。
ワシは世界一の英雄なのに家族サービスも怠らないスーパーヒーローだなと思った。
気分がいいので会計ではレジ袋を断ってあげた、環境大臣も顔負けである。
「ただいま、父さん、勝ったぞ!」
「あら、そうなの。よかった…」
「ばか、負けるはずないだろう!わはは!」
「あの、それと、今日は…」
「分かっているよ、誕生日プレゼントも買ってあるさ!」
妻は、口に手を当てて目を丸くした。
「あなた、ちゃんとこの子の誕生日覚えてたのね!」
「ばか、忘れるはずないだろう!わはは!」
じゃじゃーん、と言いながら、ワシはプレゼントを息子に差し出した。
「チョコエッグとビックリマンチョコ、どっちがいい?好きなの選べよ!」
妻は頭を抱えている。
「おい、何を頭を抱えているんだ?お前のプレゼントじゃないんだからお前が悩むことないだろう!わはは!」
そう言ってしばらく笑っていると、息子が言った。
「じゃあ、チョコエッグ…」
「そうかそうか!じゃあ父さんはビックリマンチョコな!何が出るかな?」
息子はチョコエッグを開封し、チョコの殻を破った。
ニホンザルのフィギュアが出てきた。
息子は机の上をぼんやりと見つめている。
「どれどれ、ワシは何かな。…うわ、すげー!レアなやつだ!見てほら、これ!すげー!」
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サクラも親族も肩を震わせていたが、親族の表情には怒りが見えた。
ワシは小走りで会場を後にした。
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