ジンジャ・フォーマーズ
職場の飲み会で、ワシは漫画の話を切り出した。
「あのね、ジンジャ・フォーマーズっていうゴキブリさんの漫画があってね…」
すると、先輩の笠原がいきなり話を遮ってきた。
「おい、何でゴキブリがゴキブリの漫画読むんだよ!わっははは」
「コラ!何言ってんだ笠原!」
「…えっ、すんません」
上司が笠原を叱ってくれた。
頼もしい上司さんだなぁと思っていると、上司は続けた。
「笠原、むしろゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは普通でねいか?人間が読んでる漫画だって、大抵は人間の話だろうが。も〜ちぃっと、頭使って話せよな〜」
「あはは、そういうことっすか〜。そのとおりっすね〜」
「コラ!何ヘラヘラしてんだ!?まず謝らんか!!」
「えっ、あっ、はい!…あの、悪かったな…」
「コラ!なんだその雑な謝り方は!ちゃんと、『ゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは至極当然なことなのに、おかしいって言ってすみませんでした!』って土下座しろよ!先輩とは言え、失礼過ぎんだろ〜!」
笠原は土下座して、ワシに言った。
「ゴ、ゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは…えっと続きはなんでしたっけ…」
「バカ!『ゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは至極当然なことなのに、おかしいって言ってすみませんでした!』だろが!はいもっかい!」
「ゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは…えーと…あっ、至極当然なことなのに、おかしいって言ってすみませんでした!」
「ええい笠原よ!!もっとでかい声で謝罪はできんのか!?」
「え、えっ…すみません!!…スゥ………ッッゴキブリさんがゴキブリ漫画を読むのは至極当然なことなのに、おかしいって言ってすみませんでした〜〜!!!!!!」
「…うむ、まあ良いだろうよ。なぁゴキブリよ、あいつもちっとアホだっただけで、悪気はなかったんだよ。許してやってはくれんか?」
「…は、はい」
笠原は悔しそうにこちらを睨んでいた。
上司は気づいていないようだ。
「よし!よかったよかった!さあ飲み直そう!仲直りの乾杯じゃー!せーの、カンパーイ!って、お前ゴキブリなんかーい!」
上司はワシの頭をゴキジェットで叩いた。
ワシは、涙で視界を滲ませながら、グイッとグラスを空にした。
翌日、会社のお昼休みにジンジャ・フォーマーズの続きを読んでいた。
「おい、またそれ読んでんのかよ」
ワシはビクッとして振り返ると、笠原が立っていた。
ちょっと来い、と笠原に呼ばれて、人気のないところに連れてこられた。
絶対に昨日の仕返しをしようとしてるんだ…ワシはそう思ったが、笠原は思いがけない言葉を口にした。
「昨日、お前のことゴキブリだって言ってさ、気悪くしたなら悪かった。だけど、あれは褒め言葉のつもりだったんだよ」
ワシが不思議そうな顔をしていると、笠原は続けた。
「だってお前、ゴキブリみたいにタフに働けるし、動きも素早いし」
「そういうことだったんですね、あ、ありがとうございます…。でもキモいイメージがあるから悪口かなって…」
「お前、良いところが2つもあんだから悪いところの1つくらい許容しろよ。2対1で勝ってんだろ。欲張るなよ」
「は、はぁ…。あの、実際、ゴキブリみたいにキモいキャラなんですか?」
「は?あんまネガティブなことばっか気にすんなよ。じゃーそういうことだから」
「え、キモキャラなんですか?ねえ?」
笠原は返事をせずに去っていった。
少しモヤモヤしたが、ワシもその場を去ろうと、廊下の曲がり角を曲がった瞬間、女性社員とすれ違った。
「ギャーーーーーーーッ!!!!!…あ、すみません…」
女性社員は小走りで逃げていった。
ワシは、涙で視界を滲ませながら、カサカサと立ち去った。
自席に戻ったワシは何もかも嫌になって、机に突っ伏した。
すると、気付かぬうちに夢の中に落ちていた——。
ワシは視界の片隅に、黒い物が映った気がした。
ハッとして目をやると、アレがいた。
刺激しないように、そろりそろりと殺虫剤を手にし、アレに銃口を向けた。
「お、おいおいおい!なになになになに!?なんだってんだよ一体よ!?」
ワシが驚いて固まっていると、ソレは続けた。
「何?冗談にしてもきついで…それはあかんですよ…」
あまりの衝撃に、どうやらソレが喋っているらしいと推測するまでに時間を要した。
「あのな、お兄さん、何があったか知らんけど、仲間じゃないの…。なんでそんな物騒なものを向けるんだい?…その、悩みなら聞くからさ、なぁ、それ下ろしてくんない…」
これまた自分でも驚きだが、ワシはソレに向かって喋りかけた。
「…仲間?何を言ってるんですか…?」
「え、何ってお前さんよぉ…僕ら、おんなじ『ゴキブリ』じゃないかよぉ」
「うわあああああああああ!!!!!」
「な、なんだよ!?」
ワシは、無意識に思い出さないようにしていたワードが飛び出てきたので、ショックで叫んでしまっていた。
「…はぁ、はぁ。いや、すみません、急に」
「ま、まあいいけど。悩み、あんだろ?話してみなよ」
自分でも馬鹿げていることはわかっていた、わかっていたが、なんとワシはゴキブリに一連の悩みを打ち明けていた。
「…そうか。なんか、辛そうじゃん。でも大丈夫だって、元気出せって。頑張って生きてりゃたまにはいいことあるって。僕ら、簡単に死なないことくらいだろ、取り柄なんて、ははは。自分で言って虚しいけどさ」
「…ははは、ありがとう、ございます。なんか少し気が楽になりました」
「良いんだよ。また、話してくれよ。それよりお兄さん、ゴキブリの漫画読むんだって?ほら、あの、ジンジャ・フォーマルだかなんだかってやつ」
「あ、はい!ジンジャ・フォーマーズっていってね、ゴキブリさんが…」
パンッ!!!!
ワシは頭への衝撃で目が覚めた。
「おい、おい!お前、もう昼休み終わってんぞ!」
ワシはジンジャ・フォーマーズで頭を叩かれたようだ。
「へ!?あ!?すみません!!」
「漫画机に置いてグースカ寝てんじゃねえよ!お前の家か!?」
「すみません!」
「お前の家かー!?って聞いてんだろうがよ、おい!!」
「すみません、すみません!!」
「ったく」
上司は去っていった。
酷い目覚めだったが、でも仲間ができたような気がして、少し心があたたかかった。
そんなことを思っていると、向こうから「キャーーー!!」と悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、ゴキブリが出たらしい。
大騒ぎの中、ワシはゆっくりとゴキブリに近づいて言った。
「やあ、さっきはどうもです」
すると、上司とゴキブリが口を揃えて言った。
「お前何ゴキブリに話しかけてんだよ気持ち悪いな!」
ワシは、あれれ、となった。