出刃包丁コミカル
魚が旨い店がある。
大将の自宅を兼ねた小さな店だ。
ワシは昼飯時の常連で、いつも日替わりを頼む。
三年間も通っているが、臨時休業なんて一度もない、働き者の大将が営んでいる。
「お、大将、珍しい!今日の日替わりは当たりだねえ!」
そんな風に大将に吹っかけると、
「うるせえやい、いつも大当たりだよ!」
とか返ってきて、そんな掛け合いをいつもやっている。
ある日も、当たり前のように店に行くと、なんと入り口に張り紙がしてある。
『都合により、しばらくお休みをいただきます』
とのことだった。
まさか、あの大将が、突然しばらく休むだなんて、信じられなかった。
ワシは何かあったのではないかと、ドアを手榴弾で爆破し中へ入った。
階段を上がって行くと、大将が出かける用意をしていた。
「おい、大将。どこへ行くんでえ?」
「いや、ちょいと野暮用でね…」
大将の声にはあまり力がなかった。
「…そうか。大将、次はいつアンタんとこで飯が食えるんだ?」
大将は少し間を置いてから、無理矢理な笑顔で答えた。
「ハズレばっかの俺の飯なんぞ、食えなくたって問題ねえだろうよ」
「…なあ。大将、良くないことでもあったのかい?」
「実は…ちょいと体をやっちまっててね。」
「なんだって、大丈夫かい、大将!酷いのか?」
「ああ…」
なんと、大将は40年前からステージ4の癌に苦しんでいた。
きつい体にムチ打って店を続けてきたが、いよいよ症状が酷くなってきたらしく、入院を余儀なくされたとのことだった。
ワシはマメに大将を見舞いに行った。
今までほど活気はないが、例の掛け合いなんかもして、笑って過ごしていた。
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
意識の薄れる大将に必死に声をかけた。
「大将!まだいかねえでくれよ!アンタの飯、本当はいつも当たりだったよ、大当たりだ。ちげえねえんだ!」
大将から、もう返事は返ってこなかった。
それでも、最後に少し笑ったように見えた。
大将は、ついにそのまま、帰らぬ人となってしまった。
大将が死んだのでワシは魔法で生き返らせた。
大将の店が再開し、ワシはまた通い始めた。
店には活気のある掛け合いも戻ってきた。
「おーい、大将、今日はハズレじゃねえかー?」
「なに、いつも当たりだって言ってたじゃねえかよ」
「うるせえや、大将の馬鹿は死んでも治りゃしなかったな」
二人でがははと笑っていた。
大将が出刃包丁を軽く振り上げるようにして、「こらっ」とおどけてまた笑った。
ワシはいくらおふざけでも刃物で威嚇みたいにするのは駄目だと思ったので警察に通報した。
お気に入りの出刃包丁で裁かれたのは、大将自身となった。
大将は脅迫罪で、懲役7ヶ月と3日に処された。
面会室のアクリル板越しに、大将の真似をして「こらっ」と包丁を軽く振り上げるような仕草を何度かして見せた。
すると、なんだか面白くなってきて、わははと笑っちまった。
「意外とコミカル。通報することでもなかったかも」
と、笑いの余韻に浸りながらその場を後にした。
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