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これからの日本市場にピッタリな「インド車」 Honda WR-V 試乗記録 #7
今回はHonda WR-Vに乗ってみた。このクルマの最大の特徴は大人複数名(4〜5人)乗車が多い南アジア・東南アジア、特にインド市場に向けて設計されていることだ。そして今の日本市場は「大人数乗車ができる広いクルマこそ正義!」なマーケティング的風潮がある。つまり、室内空間が広く大人の多人数乗車ができてコンパクトな車体の南アジア・東南アジア向けSUVはまさに日本市場にピッタリなのだ。実際SuzukiもFronxをインドから輸入するようだし、Nissan Kicksもタイからの輸入モデルだ。今回は、南アジア・東南アジアからの輸入コンパクトSUVという"流行の最先端"であるWR-Vにはどのくらいポテンシャルがあるのか、日本人の私が日本の道路で確かめてきた。
Information
Honda WR-V(Elevate)
年式:2024年式
グレード:Z
パワートレイン:1.5L 直列4気筒 自然吸気
トランスミッション:CVT
駆動方式:FF
最高出力: 116馬力(6,600rpm)
最大トルク: 145Nm(4,300rpm)
車両重量:1.23t
Driving
このクルマの運転感覚を主なライバルであるToyota Yaris CrossやNissan Kicksなどと比較したときの最大の特徴は、街中でもある程度路面の凹凸を上手く抑えてくれる柔らかめの足だろう。低価格なので軽自動車みたいなチープな足かと思ったら、しっかり快適にできている。さらに、柔らかめの足でありながら、実はコーナーでのリーンは弱い。近い感触のクルマを挙げると、Corolla Crossではないだろうか。とはいえ、高速域の安定性は後述するステアリング感覚もありHonda Veselに及ばない。が、一般道レベルではかなり健闘してると思う。軽自動車を検討している層の予算に食い込む価格設定を実現していることを考えると、この乗り味は十二分に魅力的に見えるはずだ。
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とはいえ、ステアリング入力に対するクルマの挙動は価格相応といった感じで、Veselのようなどっしりとした安定感やCX-3のようなステアリング入力に対するそれなりにクイックな追従性には到底及ばない。ステアリングは全速度域でふわふわとしていてダイレクト感が薄い。例えば、価格帯が同じくらいのYaris Crossの方が機敏で楽しいステアリングをしている。
ブレーキの感覚は、踏み始めが軽すぎてちょっとフラフラするような感じ。だが、Yaris Crossのようにブレーキの最後に揺すられるような感じはなく安定しているので、慣れれば悪くはない。
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静粛性は価格相応で、「非力なエンジンを頑張って回してるんだぞ!」と言わんばかりのエンジンノイズがダイレクトに伝わってくるが、Yaris Crossのような嫌な振動は少ない印象を受ける。これは4気筒か3気筒かの違いだろうか。ウィンドウノイズに関しても価格相応な印象だが、ロードノイズはYaris Crossに比べて抑えられていると思う。とはいえ、同社のVeselの方が圧倒的に快適な移動空間を実現できていると思う。
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エンジンパワーは当然ながら不足していて、一般道でも登坂路や50km/hあたりから特に非力さを感じる。街乗りでも追い越しや始動では、加速後の速度が40km/h台でもキツい印象だ。だが、私はこのクルマのパワーを最大限まで発揮させてパワー不足問題を緩和する方法を見つけた。それはSportモードにすること。このクルマはSportモードにしても足やステアリング、スロットルレスポンスはほぼ無変化だが、CVTが高回転を維持するようになる。通常だと踏み込んでもせいぜい3000回転程度までしか回させてくれないが、Sportモードにすると巡航時で3000回転ほど、踏み込むと5000回転くらいで加速してくれる。昔からHondaのエンジンはいっぱい回してナンボという話をよく聞くが、現代のHondaも例に漏れずということだろうか、多少なりともパワーの改善を感じた。ちなみにインドではMTの設定もあり、Hondaらしい高回転指向のエンジンが好きな人はこのクルマのMTモデルを気に入る筈という意見が多く見られたが、確かにその通りだと思った(残念ながら日本仕様はCVTのみの設定)。しかし当然ながらエンジンノイズは大きくなるので、これは人それぞれ好みに合わせて使ってほしい。
最後に取り回し性について記述していく。このクルマはこの類のクルマの中でトップクラスに取り回し性に優れると思う。視界は全方位良好で、ボンネットがやや高いものの角張ったデザイン故に四隅の位置は把握しやすい。サイドミラーは大きめで、斜め後方の視認性に優れている。リアドアガラスも大きいので、Yaris Crossと大きく異なりリアシートのヘッドレストがあっても視界は悪くならない。最小回転半径は5.2mでライバルと比較すると平均的だが、全く問題ない。
Interior and Practicality
Front
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このクルマの内装は素材的には価格相応で全部硬い樹脂素材でできている。しかし、見た目は結構マシというか、スタイリッシュに仕上がっていると思う。例えばToyota Yaris Crossはダッシュボードの一部に柔らかい合成皮革素材を使っているものの、見た目が暗く、ディテールがチグハグでチープさが隠せていない。それに対してこのクルマは、直線と太めのパーツでSUVらしい無骨感が表現されていてデザイン的な統一感があり、適度なシルバー加飾が良いアクセントになっている。上質さという点ではCX-3やVeselに敵わないが、デザインの完成度は高い。
ドアパネルは上部もハードな樹脂素材でできている。故に長距離運転で肘を置くと痛い。ただ、流石にアームレスト部分は合成皮革でできており、柔らかい。他のインパネ同様、素材的な質感は低いが、アームレストや中央部のパーツにステッチがなされているので見た目の質感は悪くない。ドアポケットは1Lのペットボトルが1本と500mlのペットボトルが1本入って若干余裕があるくらいで、このクラスにしては優秀なサイズとなる。
エアコン操作インターフェースは全部物理スイッチで操作でき、温度と風量設定を行うつまみはいい感じのクリック音がするため操作感も良い。また、これらつまみはサイズが大きいので、例えばグローブを装着していても操作性が確保されている良い設計だ。
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その下にはUSBポートが2つと12Vソケットが1つあり、フロントの充電設備は十分だ。そのさらに下にはそこそこ奥行きのある収納があり、スマホを置くのにちょうど良い。
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センターコンソールの建て付けは、表層のパネルが若干緩い感じ。センターコンソールの一番前にはカップホルダーが2つある。ちょうどエアコン操作インターフェースが張り出しているので、500mlペットボトルよりも高いものは入らない。ただ、500mlペットボトルの細さだと、浅いし緩いので安定しない。
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コンソールボックスの容量は小さい。しかしYaris Crossは最廉価グレードでセンターアームレストが非装備であり、それ以外のグレードでもアームレスト内の収納は極めて浅く細いためスマホくらいしか入らないので、全グレードでそれなりの大きさのものが標準装備されるのは機能性と長距離運転の快適性で大きなアドバンテージとなる。
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グローブボックスのサイズは大きめ。車検証や説明書を入れても余裕がある。
ステアリングの質感は価格帯以上の雰囲気があり、ステアリングスイッチの操作性も操作感も良い。さらに、この価格帯のSUV、しかも量販グレードにしては異例のパドルシフトが装備される。ただ、チルト・テレスコピックの幅は小さめ。
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シートはホールド性は薄いが大柄な人でも快適なゆったりとした設計。ただ、合成皮革はもうちょいしっとりしててほしい。
フロントのみだが、シートベルトにロッキングタングが採用されている。これは驚きだ。Subaruのように全車種全席採用というわけではないが、安全に対する意識の高さが伺える。
バニティーミラーにライトはない。この価格帯だから仕方ない。
このクルマのドアはSUVなのにサイドシルがドアパネルに覆われていない。これは、このような最低地上高の高いクルマを設計する上で重要なポイントだ。これでは雨の日や未舗装路を走行したあと、乗り降りする際にズボンのふくらはぎから裾の部分が泥で汚れてしまう。
Rear
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このクルマの最大の特徴は広大な居住空間だろう。ボックススタイルのボディを目一杯使った室内は身長176cmも私でも膝から前席まで拳2こ分、頭上空間もかなり余裕がある。ここまで広いBセグメントSUVがあるとは。本当に驚きだ。当然、室内の開放感はクラストップレベルで、広いウィンドウと相まって、全く閉塞感がない。
ドアの素材は全部硬いプラスチックで、リアはアームレストも含めて本当に全部硬い。フロントのようなステッチ加飾はいらないから、せめてアームレストくらいは柔らかい樹脂素材にしてほしかった。
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ドアの開く角度は平均的だが、そもそも開口部の幅も高さも十分あるため、乗降性は非常に良い。ただし、ドアが軽いため力の弱い人だと半ドアになりやすい。ウィンドウはちゃんと一番下まで下がりきる。
ドアポケットは500mlのボトルが2本入る。Yaris CrossやCorolla Cross、Veselは1本分しかないので、前席に続きこちらも十分な大きさとなる。
センターコンソールの後ろに後席用エアコン送風口があるのは素晴らしいポイントだ。ほぼ全てのライバルは当然ながら、同じメーカーのCivicですら下位グレードは装備されていなかった。さすが、後席居住性に重きを置いた設計のクルマだ。
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リアシートにもセンターアームレストがある。このクラスではVW T-Crossでさえリアのセンターアームレストを省略しているので、あるだけでもかなりありがたい。カップホルダーもあるが、浅すぎるのでペットボトルなどはほぼ固定できず、簡単に倒れて落ちてしまう。
ISOFIXアンカーポイントは後席に2箇所ある。前述の通りドアパネルの幅が広く、車内空間の広さやボックススタイルのボディも相まって、チャイルドシートの装着のしやすさはクラストップレベルで良好だ。
Boot
このクルマは居住空間が広いだけではない。荷室もクラストップレベルの大きさで、458Lある。ライバルの荷室を見ていくと、CX-3は264L、Fronxは308L、Veselは319L、Yaris Crossは390L、Kicksは432L、T-Crossは455Lであり、(価格帯も考えると)WR-Vの優秀さが際立つ。また、リアドア同様に開口部の幅も高さも十分な大きさであり、入り口の位置が低いため、大きな荷物の積載がしやすい。
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リアシートは60:40分割可倒式で、スルーローディング機構はない。リアシートを倒すと当然荷室空間は広くなるが、アジャスタブルフロアは設定がないため、大きな荷物や重い荷物を積載する際には苦労する。また、荷室入り口よりも床面が低く段差ができることも欠点だ。VW T-Crossであれば、完全にフラットな荷室を実現でき、より細部の機能性と利便性を突き詰めることができる。
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Infotainment System
インフォテインメントシステムは全グレードオプションとなる。ディスプレイサイズが9インチのものか8インチのものを選ぶことができ、今回試したのは8インチのモデルだ。価格は9インチモデルが22.5万円、8インチモデルが16.3万円となる。どちらのモデルもショートカットボタンが大きく使いやすく、ディスプレイ自体も他の現行型のHonda Connectディスプレイ同様レスポンス良好でサクサク快適に動いて快適だ。ただし、Apple CarPlayやAndroid Autoには9インチモデルのみ対応となる。
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メーターは、全グレードで右側の速度計がアナログでそれ以外が液晶画面となる。ただし、タコメーターと各種設定くらいしか表示できるものがなく、わざわざメータークラスターの6割をディスプレイにするほどのカスタマイズ性や機能性はない。
運転支援装備の設定はこのディスプレイから行う。しかし、ギアをPレンジに入れないと設定切り替えできない。例えば信号待ちでパーキングセンサや車線逸脱警報、先行車発信警告を切りたいときにストレスだ。
Is the Honda WR-V a good car?
このクルマは"動く空間"として非常に優秀だと思う。足が柔らかめで乗り心地が良好な上、室内空間が広大で、荷室も大きい。そして基本装備が充実していながら非常に良心的な価格と、コンパクトなSUVを選ぶ層が求めている要素を確実に抑えていて、市場競争力が高いクルマに仕上がっていると思う。また、軽自動車などを検討している層の、「もうちょい広いクルマが欲しい」「使い勝手の良い普通車が欲しいけど価格や取り回し性は(軽と比較して)妥協したくない」という需要にも応えられる設計で、これから間違いなく人気車種となるだろう。
一方で、静粛性や質感、パワー等に関しては、低価格であるからそれらを求めても仕方ないし、運転して楽しいとかそういうクルマではない。もし、このクルマの利便性や方向性には満足するものの、走りの完成度に不満があるなら、(価格帯は上がるが)VW T-Crossがおすすめだ。
Pros
・かなり広い室内空間
・大きな荷室
・このクラスにしては乗り心地が良い
Cons
・緩すぎるステアリング
・一般道でもパワー不足を感じる
・静粛性はイマイチ
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Alternatives
Mazda CX-3
BセグメントSUVの中でも運転する楽しさに焦点を当てたクルマで、ガソリンモデルの価格帯は離れていないがWR-Vとは真逆の性格と言って良いだろう。Mazdaらしい一体感の強くてクイックなステアリングと、良好なスロットルレスポンス、そしてよりドライバーとしての運転体験にフォーカスした質感の高いインテリア。たいていのクルマ好きなら魅力的な選択肢となるが、後席の居住空間(特に膝回り)はかなり狭く、荷室も264Lと最も小さい。また、魅力的な運転感覚と引き換えに乗り心地はハードだ。よって、運転する楽しさを重視するBセグメントSUVが欲しいなら有力な選択肢となるが、利便性や乗り心地を重視するならWR-VやT-Crossなどを見るべきだろう。
Toyota Yaris Cross
このクルマの魅力は何よりも価格設定と経済性だ。質感はクラストップの安っぽさだが、190万円から購入可能なのは魅力的だ。また、意外にもステアリングの機敏さには驚かされたし、下位グレード以外では40:20:40分割式のリアシートも嬉しい。しかし、CX-3やKicksほど運転感覚が洗練されておらず、特にコーナリング時の安定感には疑問符がつく。乗り心地もやや硬めで軽自動車のようなチープ感が否めない。荷室の大きさも悪くないが、後席の閉塞感が強い。ただし、前述の通り価格の低さや(ガソリンモデルであっても)優秀な燃費性能故に、最もお財布に優しい選択肢となる。
Honda Vesel
WR-Vよりも乗り心地や内装の質感がワンランク上になる選択肢。価格帯はやや高めだが、BセグメントSUVにしてはどっしりとした安定感・重厚感のある乗り心地が最大の魅力だ。また、後席の足元空間はこのサイズのクルマとしてはトップレベルの広さとなる。しかし、ライバルに比べて大きめなボディとは裏腹に荷室が小さく、積載性は悪い。また、ガソリンエンジン単体の性能が低いため、ハイブリッドモデルを選んでも加速時や高速走行時にエンジンノイズが大きくなってしまうのもデメリットだ。したがって、ちょっと価格が上がってもいいから(性能や荷室の広さは要求しないが)乗り心地と後席空間を重要視したい場合、つまり快適に街乗りができるBセグメントSUVが欲しいならVeselはピッタリの選択肢だろう。
Nissan Kicks
シリーズ方式のハイブリッドシステムを採用しているため、モータ特有のスムーズでパワフルな加速が味わえる。また、SUVにしては安定性に優れていて、コーナーを安心して通過できるし、最も"普通のハッチバック"に近いフィーリングだ。利便性もWR-V並に優れる。しかし、ステアリングが軽すぎるので操舵感が欠如しているし、だからといって足はかなり硬いのでリラックスしたマイルドな方向性でもない。そして何より、質感や装備内容が価格に見合っていない。おそらく、ハイブリッドシステムが原因だ。さらにハイブリッドなのに残念ながらYaris CrossやVeselのような燃費性能は期待できない。したがって、Kicksはクルマとしては優秀だが、モータ駆動のフィーリングに相当魅力的に感じない限り選択肢にならないと思う。ガソリンエンジンだけのモデルを用意すれば割と良い選択肢になるのだが……
VW T-Cross
BセグメントSUVでもVolkswagenらしい質実剛健なクルマ作りは健在だ。ややハードではあるものの不快感がなくて安定感の強い足回り、ドアパネルまでしっかり作り込まれている剛性の高いボディ、低速域では軽くて取り回ししやすく速度域が上がるとしっかり反応してくれるステアリング、レスポンスの良いエンジン、小気味良いシフトフィールのDCTと、クルマの"基本"が丁寧に作られている。そして、室内空間も荷室空間も大きく、装備内容も充実している。大きな欠点がない優等生なクルマだ。しかし(比較的高価格であるからこそ)細部の質感には満足できない部分がある。T-Crossのベースとなっているモデルであり安価なAW型Poloの方が内装の質感が高い。また、PoloにはT-Crossにはない直列4気筒エンジンの設定があり、(T-Crossの直列3気筒も良いエンジンだが)キャビンに伝わってくるエンジンの振動やパワーの乗りのスムーズさ、高速域や加速時のモアパワーに3気筒のT-Crossでは超えられない壁があると感じた。ちなみにAW型Poloは歴代PoloやBセグメントハッチバックと比較して、居住性も積載性もかなり優秀なクルマだ。さて、T-CrossはBセグメントSUVとしては基本的にWR-Vと似た方向性のクルマだが、価格帯が大きく異なる。したがって、予算に余裕があり、利便性と居住性を重要視しつつ他の要素も申し分ないレベルを求めるなら、かなり魅力的な選択肢となるだろう。ただし、一度AW型Poloとの差を感じておいた方が良いと思う。