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サタンさん

「あ、明日クリスマスっすね」
会社で煙草を吸いながら、ユキオは言った。

「そうだな、俺今年もクリぼっちだわ」
橋本さんは言った。

「あー、残念ですね」
ユキオは笑いながら慰める。かくいうユキオも、もうアラサーだが、彼女はいない。

「俺コンビニでケーキでも買おうかな」
ユキオは呟くように言う。

「それで、ロウソク1本さして、ひとりで、ジングルベルジングルベルつってな」
橋本さんが冷やかす。ちなみに橋本さんはバツイチで、娘さんがひとり、別れた奥さんのところにいるようだった。

「ところでうち、中2までサンタ来てたっす」
「お前は恵まれてるな」
「橋本さんのとこはいくつまでサンタ来てたっすか?」

橋本さんは笑いながら「俺んち母親しかいなかったからなあ、その母親もスロット狂いで、母親とと出かけるつったらスロットだったよ。クリスマスプレゼントは、貰ったことねえな」と言った。

「まじですか」
「それで、俺もコインいれて、押して、リーチかかったら母親呼ぶんだよ、ご褒美に景品のジュース貰ってな」

ユキオは黙ってしまった。笑うに笑えない話だ。
煙草のフレーバーのカプセルを噛みつぶす。ブルーベリーのフレーバーがした。

「ユキオ、お前煙草変わった香りだな、ブルーベリー?」
「そうなんです、俺ブルーベリー大好きなんで」
「じゃあこれやるよ」
橋本さんが、周りを見渡して、作業着のポケットからビンを取り出した。
「パートのお姉さんが、ジャム作ってきてくれてな」

橋本さんは苦笑いして言う。「でも、おれブルーベリー苦手なんだわ」

ユキオは仕事を終え、リュックサックにジャムを入れて、帰りにヴィレッジヴァンガードに寄ることにした。
ヴィレヴァンにあるアングラな本や、マニアックな小説をたまに買うのが好きだった。

ふとみると棚の一番奥に「魔法陣の描き方」という本があった。パラパラめくると幾何学的な模様がいくつも描かれている。
「これにすっか」
ユキオはその本を買った。

そして近くにあるコンビニで公共料金の支払いを済ませ、ついでにショートケーキを買った。

ひとり簡素な食事を済ませる。ユキオは大きな白い皿を取り出した。昔、母親に貰ったものだ。
「魔法陣の描き方ねえ」
なんとなく、パラパラめくっていると思いだした。
「あ、ジャム」
ユキオはリュックサックからジャムの瓶を取り出し、スプーンでひとすくい食べてみた。
「お、美味い!」
そして、なんとなく、余った紫色のジャムで白い皿に魔法陣を書いてみた。

紫の幾何学的な模様が、皿に描かれた。
「おれ、何やってんだろ」

自嘲的にユキオは呟く。魔法陣の真ん中に、コンビニのケーキを置いた。

「ハハ何だこりゃ」
ユキオは笑い、ロウソクを刺し、ポケットに入っていたライターで火をつけた。

ゆらゆらと火が揺れている。不思議な気分になってきた。ソロキャンプで焚き火する人とかはこんな気分だろうか。

「ジングルベール、ジングルベール、鈴がなるー」

ユキオは小声で歌った。

するとロウソクの煙が急に紫色になり、もくもくと煙幕のようになって、視界が遮られた。

「え!?え!?何これ!?」

ユキオは換気扇をつける。2分ほどすると、煙は収まった。

するとそこに人が立っていた。
「誰ですか?」

男が言った。「はじめまして、わたしはサタンさんだ」

「サタンさん?」

「そうだ、独身男がクリスマスイブに魔法陣を書き、ケーキのロウソクに火をつけ、歌うとわたしが現れる」

男は、スキンヘッドで上半身はムキムキで、白のタンクトップを着ていた。ズボンはディッキーズのワークパンツを履いている。

「で、サタンさんが何のようですか」
ユキオは恐る恐る尋ねる。
「わたしと友達になろう。そして君にプレゼントをひとつあげよう、しかし君か君に関係する誰かが必ず、」

「必ず?」
「わたしのように筋肉隆々となる」
「なんじゃそりゃ」
ユキオは呆れた。それ交換条件になってんの。
「プレゼントって何でもよいの?」
「いや税込み5500円までだ」
「いや、何それ」

ユキオは黙り込む。税込み5500円って自分で買える値段じゃんか。

「じゃあ、サタンさん、橋本さんのところに行ってあげてください。あの人はクリスマスプレゼント貰ったことないって」

「分かった、じゃあその人の住所をgoogle  mapでわたしのスマホに送ってくれ」

なんか嫌だなと思いながら、ユキオはサタンさんとインスタでつながった。

「では、橋本さんのところに行ってきます」

ユキオはサタンさんを見送った。

翌日、会社の喫煙所で、橋本さんと会った。
「おいユキオ、昨日俺んちにスキンヘッドのヤバイやつきたぞ」
「やっぱり来ました?」
「おお、なんか税込み5500円でなんでも買ってやるっていうからさ」
「はい」
「アマゾンギフトカード5500円分買ってきてくれっつたらほんとに買ってきたんだよ」

ユキオはにっこり笑う。
「良かったっすね、クリスマスプレゼントじゃないですか」
「まあそおだけど、一瞬、警察呼ぼうかと思ったよ」
橋本さんは苦笑いしながら、「これで、娘にクリスマスプレゼント買ってやれるよ」

「それは、よかった良かった」

すると橋本さんはしげしげと、ユキオの身体を、見て言った。
「てかさお前身体ゴツくなってねぇか、腕の筋肉すごいぞ」

「最近、筋トレしてるんすよ、荷物重たいのあったら俺に声かけてください。橋本さん腰悪いでしょ?」

ああ、ありがとな、と橋本さんは腑に落ちない顔で頷く。
ユキオは笑いを必死で堪えながら、煙草を吸っていた。


読んで頂き、ありがとうございました(^o^)
「帰ってきたサタンさん」という続編を書きましたので、
お時間ある方は、お目通し頂ければ幸いです(^^)

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