「ほんとうは私、猫なんです…」過去にあり未来にあるもの達
私はいま迷っている。ここで自分という本性がばれてしまうような気がして、なかなか軒下から這い出せずにいる。なぜなら私にとっての「You+」は、ほぼこれまでの人生そのものだから。けれどせっかくこんな機会があるのなら、思いきって飛び出してみよう。
自分が変わったきっかけを振りかえる。そんな普段よりもちょっと冒険してみることにした。煮干しではなく鯖を狙うように。
始まりは自然豊かな田舎
京都府北部の盆地。今の時期、初秋だと黄金色の稲の絨毯が風に揺られている、自然豊かな土地で私は生まれ育った。
幼少期の日課といえば、近隣の土管のなかや高台を探検すること。家に戻ってくるのは大抵日が暮れるころで、童謡「七つの子」が流れ始める午後5時くらいまで外にいることが多かった。
そういえば、帰ってくると、いつも祖母が玄関先の炉端で鮎や鮒など川魚を焼いていたっけ。いま思えば、炭の香りが近所中の猫たちのお腹をきっと空かせていたにちがいない。
幸いなことに、近所の子猫たちはそれほど多くなく、縄張り争いもほぼ必要のないこの場所でのびのびと育った。
初めて知らない土地へ冒険することになる満18歳までは。
街という魅力と競争があふれる環境での生き方を知る
初めて地下鉄という乗り物を知り、初めて自転車をケッタと呼ぶ種族に出会ったのが、愛知県という街。
ここはのんびりとした田舎風景とは違い、車が走り電車が走り、そして人間が走っていた。はっきりいって、縁側で日向ぼっこする余裕など感じられない場所だ。
そんな光景を目の当たりにしたら、普通の猫は驚いて足がすくむであろう。
けれども初めての一人暮らしという空間を独り占めできる喜びと、親のいない自由さを私は満喫していた。
大学というサーカス団のような場所には、北海道や沖縄など、全国から多種多様な生き物が集まり、教室という柵のなかで知識や情報という調教を受ける。調教は嫌いじゃないけれど、自然育ちだからかやはり閉ざされた空間で何時間もしばられるのは好きではなかった。
そんななか唯一楽しみだったのは新しい場所への冒険。地下鉄に乗り、街をうろうろと散策する。
田舎にはない美味しそうなものを売るお店が建ち並び、おしゃれな服を着た人間という種族たちを眺めるのが好きだった。けれども田舎にはない種族間の縄張りを感じていた。
街という環境はいい意味で刺激がある。ほぼ独り占めの田舎とは違い、種族間にある見えない壁や雰囲気は、時折危険なにおいを感じることもあった。
そのため常にひげというアンテナを張らずにはいられない。それが街に住んでみて身に付いた感覚だ。
この街という環境こそが、私を変えた最初の「You+」である。この環境に出会わなければ、恐らくいういざという時に身を隠し、壁によじ登る技は身につけられなかったであろう。車にだってうっかり跳ねられてしまう。
私を進化させた人間たち
私は昔から人見知りだった。そう言うと、いまは誰もが疑いを持つ。そんな私が、街の次に刺激を受けたのは、人間たち。
これまでいろいろな人間達に出会ったことで、他の種族との間合いやコミュニケーションの取り方を身につけることができた。
特に印象に残っている出会いは大学のとき。彼女は卒業後、劇団員から転身しアナウンサーを経て現在は花屋を経営している、エリート人間だ。
彼女は、私がいつまでも寝床にしている狭い小屋から一歩踏み出すことを教えてくれた。
この一歩がなければ、私は街中の種族たちの縄張りに、堂々と入ることはできなかったであろう。
けれども人間という種族は、とても複雑な生き物で、像のように大きい動物を調教できるほどのものもいれば、犬に威嚇され動けなくなってしまうほど器が小さいもの、ただ鞭を振り回す自己中心的なものなど、種類はいろいろである。
私は幸い、良い出会いが多かったおかげで、別の種族との縄張り争いに勝てる方法や、戦わずとも距離感や駆け引きでうまくいく方法も身につけることができた。
人間という種族との出会いと関わりにより、いつか私は内向的から外交的へと少しずつ変化していたのである。この出会った人間たちが私の2つ目の「You+」だ。
縄張りという意識が変わるきっかけとなった異国の地
そして最後の3つ目のわたしにとっての「You+」は異国という場所だ。
10年前、結婚相手の海外赴任についていった先は南米のメキシコ。
メキシコといえば、とんがり帽子に陽気なマリアッチ音楽がどこからともなく聞こえてくるのを想像させられるであろう。
けれども当時の私は、1歳直前の子猫を連れていたため周囲への警戒心はピークだった。猫じゃらしなんて通用しない、マタタビには気をつけろ!そんなイメージを持っていた。すぐに、それらは思い込みだったことに気付かされる。
現地の種族たちはとても親しみやすく、すぐに打ち解けることができた。ある意味東京の種族よりも、威嚇さや縄張り間に阻む壁は感じられなかった。それよりも、はるばる太平洋を渡ってきたアジア種族に対して、みんながとても親切に接してくれた。
言葉や食べ物、環境や文化、どれもこれまでとは全く別物。しかし人間も街も自由な国は、それまで私が抱えていた多種族との間合いをはかることを、一切不要なものにさせてくれたのである。
私にとっての「You+」は、これからも続く
生まれ育った田舎、街という環境、人間、そして異国の地。これまで出会ったいろんな「You+」たちは、私に刺激を与えて変化と進化するきっかけになったものばかりだ。
そしてこの出会いはまだまだ続く。そう願わずにはいられない。
たくさんの「You+」に出会うことは、自分にとってマイナスでもありプラスにもなることもある。
だから私は猫でいい。軒先でのんびりと日向ぼっこを楽しみながら、ふと壁によじ登ったり高い屋根から飛び降りてみる。失敗しても、また次を挑戦してみる感覚でいるのがちょうどいい。
だってほんとうは私、猫なんです。と…
「You+」応募への想い
どうしても一つだけに絞ることができなかった、私にとっての出会い「You+」たち。
つらつら語るのは自分らしくないなと感じ、
昔からなりたかった猫になってみることにしました。
この企画はCreative LABさんによるものです。たくさんの出会いのエピソードが応募されているので、私も他の人の作品が楽しみです。