髪が命乞いする。

散髪の予定を入れた途端、髪が素直に言うことを聞くようになる。
この現象を、私は「髪の命乞い」と呼んでいる。

髪が長い。おろすと背中の真ん中あたりまである。
毛量は多いし、その一本一本が博多とんこつラーメンの麺ばりに太い。さらに癖っ毛ときたものだから、扱いにくいことこの上ない。
だけどある程度の長さがあれば、その癖も重力で抑えつけることができるので、ロングヘアでいたほうが楽でもある。そっちのほうが似合っているとも思うし。

長髪ゆえの面倒とうまみ。この天秤は常に絶妙なバランスで釣り合っている。しかし徐々に面倒くささが勝ってゆく。煩わされる場面が増えてくる。

「髪を乾かすのに20分かかってら」
「またヘアゴムがはち切れた」

そして決定的にうんざりする出来事に直面すると、私は美容室の予約を入れる。

「髪の中にカナブンが迷い込み、中で死んでいた」

「……すみません、カットをお願いしたいのですが」


不思議なことに、予約の電話を入れた途端、髪の毛って奴は言うことを聞くようになるのだ。ヘアゴムやヘアピンの制御に従ってくれるし、ツヤなんかも出たりする。手触りだってなめらかになる。「いい子にするから切らないで」とでもいうのだろうか。

絆されちゃいけない。

風になびいてさらさらと音を立てながら、小さな声で「ばーか、騙されやがって」とせせら嗤っていることを、私は知っている。なめやがって。貴様らの命はやはりここまでだ。
今週の土曜日、予定通り散髪に行きます。

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