【編集後記】輝きが消える時
はじめて台所に立たせてもらった時のことを、エッセイに書かせていただきました。
食べ物にまつわるエピソードを語るマガジン『KUKUMU』、今月のテーマは「夏に食べたい麺」です。
パートで働き出した母は、夏休み中のランチシェフとして私を抜擢しました。小学4年生の時でした。
自分と弟の分のインスタントラーメンを作ること。それが母が私に与えたミッション。台所に堂々と立つのもコンロに火をつけることも、「一人でやっていい」と任されたのははじめてで、鼻息荒く気合十分にラーメンを作っていました。
そんな情熱もある事件によって鎮火されてしまうのですが。
今でもインスタントラーメンは大好きですが、あの頃ほどの情熱を注ぐことはもう二度とないでしょう。そもそもインスタントラーメンを「つくる」という感覚はなくなってしまいました。食事をつくらないからインスタントラーメンに「なる」。そんな感じです。
そんなインスタントラーメンづくりのように輝きを失ってしまった事物は、思い返してみればたくさんあります。
先生だけが使えるT字型のほうき、近所の中学校の制服にかかった青いスカーフ、シュレッダー……。
憧れる対象が使っていたもの・着ていたもの、ずっとやってみたかったもの。手を出せない期間が長かっただけに、焦がれたものでした。いざ手にできてしまえば簡単に飽きたり、期待はずれに思ったりするのですが。
中でもシュレッダーへの愛はけっこう熱いものでした。
学習塾で受付事務のアルバイトをしていた私は、時たま先生に頼まれて、書類やメモをシュレッダーにかけました。普通に生活する分には、なかなかお目にかかれないシュレッダー。はじめて頼まれた時には、ついに! と心が躍りました。「かしこまりました」の声には幾分かよろこびが滲んでいたかもしれません。
古いシュレッダーの前にかがみこみ、横長にあいた口に書類を差し込む。中の刃に巻き込まれ、紙が持ってゆかれます。それが「はい、受け取りましたよ」と言ってくれているみたいで可愛い。
そして聞こえるジャクジャクと紙が断たれる乾いた音。
うーん、気持ち良い! すてき!
シュレッダーがけは想像通り、いえ、それ以上に楽しく魅力的な仕事でした。頼まれるたびに私は胸をときめかせ、パンプスを鳴らしてシュレッダーの元へ。複数枚同時にかけるより、一枚ずつ入れたほうが紙を断つ音は高く軽やかに響く。そう気がつき、時間がある時はなるべくそのようにしていました。
まぁそんなシュレッダーがけにも、ある時段ボールの箱いっぱいの書類を任されたことで、すっかり飽きてしまいました。
そんな輝きの喪失を、ちょっとばかし寂しく思います。
成長とは必ずしも得ることだけではないのですね。あのエピソードにて私はラーメンへの情熱を、弟は個性的な一人称を失いました。
今回のエッセイはそんな喪失の話だと言っても良いのかもしれません。意外と。
最後になりましたが、読んでくださった方、ありがとうございました。とても励みになります。
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