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夕焼けの下で僕たちは

毎日仕事に行って帰るだけ……
何が楽しいんだろうか。
ふとそんなことを思うことがある。

『何かいいことがあったらなぁ』

─そう呟いてみたものの。
何もすることは見当たらない。

『絵でも描くか……?みんな趣味なんて
どうやって見つけるんだろうなぁ』

ぼんやり見上げた空には薄がかった雲と
青とオレンジのグラデーションが
浮かんでいた。

ふと見上げた空はいわゆる夕焼けと呼ばれる
空模様なのだろう。
ふぅっと風が吹く。
近頃の風はカラッとした冷たい風だ。
僕はこの季節が少し苦手である。

『さて。帰ろう。こんなところで足を止めていても仕方がない。』

歩き出した数メートル先にぼんやりと影が見える。
17、8歳くらいだろうか?
高校生くらいの女の子が河川敷でボーッと川を
見つめている。

『あの子は大丈夫だろうか?』

思い詰めたように川の流れを見つめる。
まだ季節的に極寒とまではいかないけれど
川の水の温度は冷たい。
そんなことを考えてると目の前の女の子は
すくっと立ち上がり川に向かって歩き出した。

『ちょっと待って!!ストップストップ!!』

慌てて駈ける僕をちらりと見たものの
彼女は足を止めようとはしなかった。
ずんずん歩いて川に靴ごと入ってく。

─おいおい。マジかよ。

バシャバシャと音を立てて川に入り
彼女の身体を引っ張る。

『この時期に川になんて入ったら
風邪をひくだろ!!何考えてんだよ!!』

女の子はビックリしたように目を丸くする。
耳元を見ると見た事のある機械がついていた。

『……』

女の子は喋らない。ただ目の前の石の上を指差し
あたふたとする。
ふと見るとどうやってそこまで行ったのか
子猫が震えながらミャーと鳴いていた。

『猫……?君この猫を?』

少女は困ったように笑いこくりと頷く。

『何もそのまま入らなくてもいいだろ……』

ボソッと呟いたが彼女には聞こえなかったようだ。
彼女は子猫をそっと抱き上げ
ぽんぽんと頭を撫でた。
嬉しそうに子猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
先程までのか細い声はどこへやら。
隣の僕にまで聞こえる。

『君耳が悪いんだろう?どうやって猫の鳴き声なんか……』

そういうと彼女は制服のポケットからスマートフォンを取り出して操作し始める。
僕が不思議そうに見ていると急に画面をこちらに
向けた。

『川を見てたらみつけた、このままだと死んじゃう』

あー。そうか。だからずっと川を見つめて……
彼女はそのまま岸へと戻る。
慌てて入ったから今まで気づかなかったけど
水は結構冷たい。そしてこのスーツは
クーリニング行きだ。
彼女を追いかけるように僕も岸へ上がった。

『……あ……と』

ふと声が聞こえる。彼女が小さく笑っていた。
きっとありがとうと言ったのだろう。

『どういたしまして。
もう無闇やたらに川には入らないでね。
それと帰ったら必ずすぐにお風呂に入ること。
いいね?』

そういうと彼女はふわりと微笑んだ。
スカートを翻し走っていく。
僕は遠くなる彼女の背中を見送った。
僕と彼女が出会ったのはその1回。
あれから何度かあの河川敷に行っているけど
彼女の姿を見ることはなかった。
耳の悪い彼女の最後に見た笑みは
まるで天使のような暖かい微笑みだった。


─Fin.─





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