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「刑務所の島」のオーラル・ヒストリー

オーラル・ヒストリーの活用は、多岐にわたる。出版やドキュメンタリー映画などのほか、ノーベル賞を受賞した被爆者の記憶を継承する取り組みもオーラル・ヒストリーの例といえる。最近では、まちづくり活かす取り組みなどもある。

アメリカでオーラル・ヒストリーを学ぶにあたって、その活用方法の多様性にも触れてみたいと思っている。今学期のキュレーション(Curation)という授業では、オーラル・ヒストリーを収集・選別・編集し、情報に新しい価値を付加した状態で共有する方法を学ぶ。今回は、課外活動としてニューヨーク市内にあるライカーズ島(Rikers Island)のオーラル・ヒストリーの展示会に行ってみた。

悪名高い刑務所の島

ニューヨークのラガーディア空港にほど近いライカーズ島。1932年に刑務所が開設して以降、収容者への暴力や虐待、排泄物や汚物まみれの不衛生な環境がたびたび問題視されてきた。コロナ禍には施設内で感染が拡大した。市当局は2027年までに閉鎖する計画だが、代わりとなる施設の整備が遅れており、見通しはついていない。

また、ライカーズ島は「刑務所」と呼ばれるものの、この施設に収容されているのは、有罪が確定した服役中の人ばかりではない。その多くは、裁判を待つ「未決囚」つまり有罪か無罪か確定していない人たちだ。収容者の特徴として黒人が多いことや、保釈金が払えない貧しい人たちが多いと指摘される。また、窃盗などの軽犯罪によって収容される人も少なくない。

100超のインタビューが語る「地獄」

ライカーズ・パブリック・メモリー・プロジェクト(Rikers Public Memory Project)という団体は、2018年以降、島で収容された経験のある人たちにオーラル・ヒストリーのインタビューを続けてきた。これまでに100を超える証言を集め、刑務所の早期閉鎖を求めている。

上記サイトでは、一つ一つのインタビューを聞くことができる。1時間を超えるものが多く、その一部は、会場に展示されたイラストを見ながら聞くことができる。

QRコードを読み取ることで、以下の団体のホームページに飛ぶ

エンジェル・チューロス(Angel Tueros)は、このインタビューをいつか娘に聞いてほしいと語る。彼が逮捕された3ヶ月後に生まれ、ライカーズ島を出るまで会えなかった娘には、何度も手紙を書いたという。海外に住む人に電話をすることは認められていなかったが、抜け道を見つけて電話をかけていたという。「このインタビューを聞けば、娘はたくさんの質問をするだろう。私は、耳障りが良くないことも伝えなければならないだろうな」と言って、エンジェルは少しだけ笑ったのが印象的だった。

パンデミックの刑務所からの叫び

会場にはインタビューだけではなく、アート作品も展示されている。Narrative Change Fellowsに選ばれた元受刑者などが、団体から年間4000ドルの支援を得て、オーラル・ヒストリーから構想を得た作品を発表する。
2024年のフェローの一人、コロナ禍に刑務所で過ごしたMichele Evans(ミシェル・エヴァンズ)の彫刻作品は、会場の真ん中に置かれていた。

Michele Evans の作品

ミシェル・エヴァンズは、自らもコロナに感染した経験をニューヨーク・タイムズに投書している。彼女は、刑務官が当初マスクをしていなかったことや、十分な消毒剤が手に入らなかったことを振り返る。

施設の窓からはラガーディア空港が見えた。普段なら滑走路に15機ほどの飛行機が待機している。しかし、その時は、1機もなく、まるで誰もニューヨークに来ることも、去ることもないかのようだった。
I had a penthouse view of La Guardia Airport, where I watched it come to a screeching halt. Planes were usually 15 deep waiting for the runway. Now the runways were empty. It seemed like no one was coming to or leaving New York.

ニューヨーク・タイムズより

彼女は、2020年4月に嗅覚をなくし、咳が出はじめたという。その後、症状が悪化していく恐怖のなかで、支援団体のサポートを得て保釈金を支払い、ようやく病院に搬送された。今もコロナの後遺症に苦しんでいるという彼女は、コロナ禍にライカーズ島で起きたことは「犯罪だ」と言い切る。

罪を犯した人が償い更生を目指す場所が刑務所であるからこそ、その場所が「犯罪」であってはならない。短い時間だったがオーラル・ヒストリーのインタビューを聞きながら、そして展示作品を見ながら、そんなことを考えた。

会場のWeeksville Heritage Center からの帰り道、空中で2機の飛行機がすれ違った。この瞬間にも、ライカーズ島から飛行機を眺めている人がいるかもしれないと思いカメラを向けたが、飛行機雲はすっと消えてしまった。

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