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プロローグ: アブサンとの出会い
誰もが人生で、忘れられない一杯との出会いを持っているのではないでしょうか。私にとってそれは、福岡の路地裏で見つけた小さなワインバーでのことでした。
天神の大名、飲食店の続く通りを歩いていると、温かな明かりが漏れるスタンディングバーが目に留まりました。
当時、私は映像制作の仕事に追われる日々を送っていました。編集室に籠もり、パソコンの青い光に照らされながら、黙々と作業を進める生活。言葉を交わすのは朝のミーティング、夕方の報告くらい。そんな日々に追い打ちをかけるように訪れた大切な人との別れ。 すごくおしゃべりな方ではないですが、一人暮らしの帰り道、誰かと語り合う時間に飢えていたのかもしれません。
一人でバーに足を運ぶようになったのは、そんな心の隙間を埋めるためだったように思います。カウンターに座れば、見知らぬ誰かと言葉を交わすことができる、普段は出会えない人々の物語に触れられる。そんな小さな冒険が、私の心を少しずつ解きほぐしていきました。
その夜、カウンター越しに立つ私に、マスターが優しく微笑みかけてくれました。「好みのお酒は?」という問いかけに、ミントやシナモン、リコリスなんかを思い浮かべ、「ハーブ系が好きです」と答える私。
すると彼は、どこか特別な表情を浮かべ、棚から一本のボトルを取り出したのです。
目の前に置かれたのは、見慣れない装置と、深い緑を湛えたグラス。その上には銀の透かし彫りのようなスプーンが渡され、その上に角砂糖がそっと置かれていました。まるで小さな芸術作品のような、その佇まいに心が躍りました。
マスターは静かに角砂糖に火を灯し、装置から水を滴らせ始めると、まるで時を刻むように、緑色の液体が神秘的な乳白色へと変化していきます。爽やかだけどふんわり甘い香り、口にするとピリッと眼が覚めるようなシャープな味わいに心を奪われました。
これが、私とアブサンとの出会いでした。
その後、このワインバーは私にとって特別な場所になりました。ここで出会った人々は今でも大切な友人です。
人との出会いも、お酒との出会いも、時として人生を大きく変えることがあります。noteでは、アブサンとの出会いから始まった私の新しい冒険を皆さんと共有していければと思います。
Profile
青葉 リリ
アブサンに魅せられた福岡出身の30代OL。
都内でアブサンを楽しめるお店を日々開拓中。
アブサンの爽やかで柔らかい、繊細な魅力を発信したいと思い執筆活動を開始。