ゆけ、ぽちまるくん
最近は本も読んでいないし、なんならゲームもしていない。文章も書いていない。
何をしているかというと、犬である。犬を撫でているのである。
彼は4ヶ月になるペキニーズ犬で、真っ白でふわふわの毛をしている。マズルは長くなく、口まわりが薄墨をたらしたようにほんのりと黒い。まんまるな目がその愛らしさを強調している。
食事の好みがはっきりしていて、気に入らないものは平気で残す。卵ボーロとふかしたお芋、ささみが大好き。
学生時代のあだ名が「雪女」だった私が、正気を失ってしまうくらいにかわいい。言葉など、彼の前では無力だ。犬だもの。だけど渾身の力を使って愛を伝えている。それが彼に対して私ができる、唯一の報いだと思う。
ひとときも離れたくはないが、平日は仕事があるので泣きながら出社している。足にまとわりついてくるのを引きはがし、
「からころむ すそにとりつき なく犬を…」
と心の中で詠みながら駅まで歩く道のりは、やけに長い。
彼に邪な心はなく、ただ欲求に従って生きているだけだ。私はそれがとても気持ちいいと思う。動物は生来そうあるべきだと思うし、彼の生きる姿勢からたくさんのことを学んでいる。ただ一つかわいそうなのは、犬は泣けないということ。人間は悲しみを涙という形で昇華できるけれど、犬は悲しくてもそれを表す術がないのだ。もし彼が泣きたいくらいに悲しい時は、私が察知し、代わりに泣いてやろうと思う。
彼にとっての主でありたいとは思わないけれど、人生を送る上での良き理解者でありたい。犬は人間よりも早く歳をとってしまう。時間の流れの速さが違うからだ。同じ部屋で過ごしながらも、彼と私は違う惑星で暮らしているようなものだ。
まんまるでふわふわな犬と私と夫は、今日も喧嘩したり撫で合ったり慈しみ合ったりしながら生きている。