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第16話◉奇病◉

原因不明な病気

今宵も定刻通りに開く準備をしている。

ボーイのサトシはピーナッツ等の乾物を電話注文し終わると、リリーへ言った。

「ママ、15分前ですが呑まれますか?」

「そうね。

フライングしちゃおうかなぁ。

お願いするわ」

リリーは夜の世界で言う、この朝の時間でも元気である。

「ねぇ。

今日の予約1番さんの名前は?」

リリーが厨房のサトシに訊いた。

「久保岩様です」

姿は見えないが厨房からサトシが大声で答える。

「久保岩?」

リリーが名前を繰り返し言いながら右手で顎を触った。

サトシが厨房から笑顔でビールを持って来た。

「珍しいですね。

ママが予約の人の名前を聞くことなんて僕の記憶には無いですよ」

そう言いながらビールグラスをリリーに手渡した。

「久保岩って懐かしい名前なんだよね。

今夜の人は別人だと思うけど…

私がまだ10代でチカラのコントロールとか全然出来てない時で、いろんなことに直視せずにフラフラ遊んでた時代があったの。

その時代に『奇病』にかかった人がいて、その人の名前が久保岩だったの」

リリーがビールグラスを見つめたまま話した。

「ママ、『奇病』って何ですか?」

サトシは素朴な疑問を口にした。

リリーはビールをグビグビ喉を鳴らして呑んだ後に答えた。

「原因不明の病気でね。

最初は高熱が出て、うなされて意識もうろうとしてたらしいの。

それから、体中の全ての毛が抜け落ちた…

その時点で病院でいろんな検査されても原因は不明。

適した薬を処方も出来ない状態で、とりあえずの抗生物質と点滴とっていう対処だったの」

サトシは黙ったまま頷いた。

リリーはビールグラスの先に視線を置いたまま続けて話した。

「毛が全て抜け落ちた後に発疹が体中に出てきた。

それが皮膚という皮膚を全て覆い、全体で1つの赤い発疹となったの。

もちろん、原因は不明のまま。

病院側としては対処のしようがない。

そんな状態でも熱も下がり他に対処することもない為に退院。

その時に彼の家へお見舞いに行ったの」

リリーはビールを1口呑んだ。

「彼の家は元病院だった建物を改装して作られたアパートだったの。

学生向けというか安価な賃貸物件として貸し出してるって感じのところね。

私は建物に入る前から気分がソワソワしてたけど気を引き締めて彼の部屋へ入ったわ」

サトシは喰い入る様に聞いている。

「部屋に入ると床にひいた布団と小さな机がある殺風景な空間だったわ。

その小さな机に正座で写経をしてる彼の映像が視えたの。

私は気になってすぐに訊いたわ。

その写経は何って。

それは彼のお母さんが原因不明の息子の病気を悩んだ挙句に、実家の近くにある地元で有名なお寺に相談に行ったみたい。

そこで息子さんが写経を10組書いてたものを祓うって話になってたらしいの」

リリーはため息混じりにタバコに火をつけた。

「彼は母親に言われて写経をしてる最中だと説明してくれたわ。

腫れ上がって痛そうな顔と抜け落ちた髪の毛を隠す様にパーカーの帽子を深く被ってた。

全部が腫れているから真っ直ぐ横になって寝るのが辛いって。

たくさんのクッションを使って横になるって話をされてた時に私の頭の中には『エレファントマン』という映画の映像が流れてたのを思い出すわ」

サトシには『エレファントマン』が全く分からなかったがリリーの話を止めることなく黙ったまま頷いた。

「私には彼の『奇病』の原因が分かってたの。

だから引っ越しを勧めたわ。

ここから出てってストレートに説明したの」

「原因って何だったのですか?」

サトシがやっと口を開いた。

「簡単な事よ。

元病院の建物であるそのビルは、いろんな霊の溜まり場になっていたの。

地下にある霊安室だった場所はさすがに、チェーンがかけられていて出入り出来なくなっていたわ。

とは言え周波数が合った彼はたくさんの霊を体に取り込んでしまったってことなのよね。

だから引っ越しを勧めたってわけ」

「お引越しされたのですか?」

リリーはタバコの煙を上に向いて吐いた後に答えた。

「大学をやめて地元に戻ったらしいわ。

そうしたら、びっくりするほどお肌も綺麗になって髪の毛も生えてきたみたい。

いったい何に取り憑かれてたんだろうって驚いたらしいわ。

久保岩の大学の同級生から聞いた話だけどね」

「それは良かったですね〜」

サトシが胸をなでおろした。

「それよりも私が1番驚いたのは…」

「1番驚いたのは?」

サトシが前のめり聞いた。

「私が見舞いに行った時に

女友達と一緒に行ったの。

私は久保岩の家に長時間いるのは耐えられなくて先に帰ったのよ。

そしたらその後、2人は男と女の関係になってたわけ…」

「えっ?!」

と言った後にサトシは自分の口を手で塞いだ。

「あんなに腫れ上がった体で大変そうだったのにやる事はやるのねって人間の本能ってのに1番驚いたわけよ」

そう言ってリリーはクスッと笑った。

サトシが大きめの声で

「そこですかぁ〜?」

と笑った。

そこへタイミング良くお店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ〜」

サトシの爽やかな声が店内に響いた。

【Bar Siva】オープンです…

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