第34話◉歪んだ愛◉
執着と諦め
【Bar Siva】の出来るボーイ代表であるサトシは今夜は開店準備に追われていた。
夕方に酒屋オーナーの小堀と話が盛り上がりいつもより準備が遅れている。
そこへオーナーママであるリリーが店のドアを開けて入って来た。
リリーは黒のヒラヒラとしたドレスを身にまとい、煌びやかに光るクリスタルのロングピアスを涼しげに着けている。
メイクは濃いブラウンとゴールドのラメとのコラボレーションが美しく、ボーイのサトシも一瞬目を奪われた。
「おはようございます。
もう少しで開店準備が整います。
先に呑まれますか?」
サトシは笑顔で言った。
リリーは定位置に立つと伏し目がちのまま答えた。
「お願いするわ」
「かしこまりました」
サトシは軽くお辞儀をして厨房へ入った。
リリーはタバコに火をつけると目を閉じた。
ゆっくりとタバコを楽しみながら第3の眼の扉を開いた。
今日の来店する人たちの悩みがうごめいて視える…
リリーは深い溜息をついた。
その時サトシがビールを持って来た。
リリーはゆっくりと第3の扉を閉じた。
そして目を開ける。
「ママ、今からの予約は野上様になります」
そう言いながらサトシはリリーにビールグラスを手渡した。
リリーは無反応のまま黙ってビールを呑む。
察しの良いサトシが口を開いた。
「ママ、野上様はもしかして、ややこしい案件なのでしょうか?」
リリーは大きな溜息の様にタバコの煙を吐き出してから答える。
「そうね。
ややこしいを超えてる案件ね」
「やっぱりそうなのですか?
だってママが溜息つくのも珍しいですもんね」
サトシはクイズに当たった子供のように言った。
リリーの返事を待たずにサトシは厨房へ行き、店の看板のスイッチを入れたと同時に店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ〜」
反射的にサトシが言った。
その男、野上が入って来た。
「リリーさん、ご無沙汰してます」
野上は極上のスマイルをリリーへ振りまきながらカウンターの席へ座った。
「お逢い出来て嬉しいわ。
今日は何飲みますか?」
リリーがフランクに聞いた。
「とりあえずビールで。
リリーさんも呑むでしょう?
乾杯しましょう」
野上はそう言った後に切れ長の目を細めて微笑んだ。
最後の日
リリーはサトシに目配せをして
「では時間がもったいないから本題に入りましょうね。
今日が最後なのかしら?」
ど・ストレートに切り出した。
「そうなるね。
そのつもりで予約入れたんだ」
野上は真っ直ぐリリーを見つめて言った。
リリーの瞳は少し潤んでる様に見え
「本当は別れたかった女と結婚するのね」
低めで、か細い声で言った。
野上はカウンターに目線を落として答えた。
「もう、どうしようもないし。
これが俺の運命なのかと受け入れるというか、流されようかと思ってさ」
リリーは野上の決心に心を痛めている。
そこへ厨房からサトシがビールを2つ持って出て来た。
「お待たせいたしました。
ビールでございます。
乾杯のご用意が出来ました」
サトシがいつもより小さめの声で言った。
リリーはビールグラスを右手に持ち
「いただきます。乾杯」
そう言ってグラスを野上のグラスに軽く当てた。
リリーはビールを一気に半分飲み干して
「あなたが結婚する決意をしてから、彼女は手首を切るのをやめたの?」
あえてストレートに尋ねた。
野上もビールをグビグビ呑んで
「あぁ。美味しいビール、久しぶりだな…」
と笑顔で言うと俯いて続けた。
「切らなくなったよ。
で、やたらと明るいんだ」
そう言って野上は右の口角だけ上げた。
「そう。
じゃあもう、別れ話の度に自殺未遂の現場を見なくて済むのね」
リリーは俯いている野上をじっと見つめたまま話した。
俯いたままの野上は小さく頷いた。
リリーは静かに話し出した。
「別れるために頑張ったのにね。
彼女の執着に根負けしちゃったね…」
「そこまで愛されてるんだって思うことにしたんです」
そう言うと野上はゆっくり顔を上げた。
リリーは野上の瞳を見つめて
「何かある度に『死』を降りかざす女だよ…」
最後の問いを口にした。
野上はリリーの瞳を見つめ返して
「解ってます。
だから此処へは来ません」
寂しげだが力強く答えた。
それを見たリリーは
「よし。今日は時間いっぱい呑みましょう」
とグラスを持ち上げた。
野上もグラスを持ち
「今まで沢山ありがとうございました。
よう別れ切れない俺だけど、自殺未遂現場もトラウマだけど、最後に笑って死ねる様に頑張ります」
男の決意表明をした瞳は潤んでいた。
「カンパーイ。
あなたの選択に幸あれ」
リリーは心からそう言って乾杯をした。
・・・
あれから野上の姿は1度も見ていない…
だが、野上の同僚から聞いた話だと
結婚して子供を産んだ彼女は…
野上より息子へ愛情を注いでるらしい…
めでたし…めでたし…
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