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第37話◉準備◉

働き者の死神

オーナーママのリリーは今宵も独特の雰囲気に包まれている。

黒のレースのドレスに黒のジャケット、今日は少し堅めの装いである。

リリーは家を出る時に急にジャケットを着たくなった。

その心の声に素直に行動することにしている。

ただし、他の人を傷付ける事以外に限る。

自分の心の声に素直に行動したという名目で人を死傷させたり、自分を正当化させて他人を攻撃する人を見ると胸が痛くなる。

おっと…

話を元に戻そう。

リリーはいつもより堅い感じの服装で店に来ていた。

今日の予約1番目のお客は同級生の鍋島だ。

ボーイのサトシが厨房から出て来てリリーに向かって言った。

「ママ、もうそろそろ時間になります。
お先に呑まれますか?」

リリーは目を瞑ったまま答えた。

「後で一緒にいただくわ」

サトシも心得ている。

「かしこまりました。
後3分で定刻です」

そうリリーに言うと店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

サトシが笑顔で言った。

ドアを開けたのはリリーの同級生の鍋島だ。

そしてもう1人、サトシの知らない男性が入って来た。

リリーは笑顔で

「ようこそ。こちらへどうぞ」

と席へ促した。

鍋島は真っ直ぐに勧められた席の前に立ち、座る前に連れの男性を紹介した。

「リリー、覚えてるかな?
前にも会ったことあると思うけど俺の高校の同級生の里中。
ニックネームが、ぷぅさん。
熊に似てるからって事で、ぷぅさん」

リリーは満面の笑みで答える。

「もちろん、覚えてるわよ。
前、ご飯屋さんで会った人でしょ?
ご無沙汰しております。
ようこそです。
どうぞ、座って」

その男、里中がテンポ良く答える。

「お久しぶりです。
相変わらずお綺麗ですね。
覚えてもらえてて光栄です。
今日は宜しくお願いします」

そう言うと2人は座った。

ボーイのサトシが爽やかに笑顔で言う。

「本日はようこそお越しくださいました。
お飲み物は何になさいますか?」

鍋島が答える。

「俺はビール、ぷぅさんもビール?」

ぷぅさんこと里中が

「じゃ、とりあえずビールで」

少し様子を見ながら答えた。

「じゃあ、リリーのと合わせてビール3つ」

鍋島がサトシに向かって言った。

「かしこまりました」

サトシは極上の笑顔で言った後に厨房へ入った。

リリーはその様子を黙って見守っていたが、ようやく口を開いた。

「乾杯前に本題で申し訳ないけど。
結局、私はどうしたら良いのかしら?」

リリーの質問を受けて少し驚いた様子の鍋島が説明を始めた。

「ぷぅさんの妹が乳癌で入院してるんだ。
手術して抗がん治療中に、リンパから転移も見つかって…
まだ子供が1歳にならないくらいの子がいるし、どうにかならないものかと藁をもすがる状態なんだ…」

リリーは真顔で答える。

「どこに入院してるの?」

「神田病院」

「そっか。そこは少しマズイかも?」

リリーの顔が曇った。

「どういう意味?」

鍋島と里中の声が揃った。

「あの病院はね、とても働き者が多いの」

リリーは2人にタバコとライターを見せながら軽く会釈した。

それからタバコに火をつけた。

ゆっくりタバコを一口吸った後に

「あの病院は、いわゆる分かりやすく表現すると死神と呼ばれる黄泉の国への案内係りが真面目に仕事してる病院なの」

超真顔で答えた。

鍋島が即反応した。

「えっ?死神っているの?」

「分かりやすく言うと死神ね。
一般的に大きなカマを持ってるスタイルではないけどね」

リリーは即答した。

鍋島もかぶせて尋ねる。

「カマ持ってないの?」

「カマ無くても仕事出来るし…
あれは分かりやすく表現してるだけよ。
たまに持ってる人もいるけどね」

リリーは言った後にニヤリとした。

そこへ厨房からサトシが出て来た。

「お待たせいたしました。
ビールでございます」

そう言うと3人にビールを渡した。

リリーがビールグラスを左手で持って鍋島を見つめた。

鍋島が

「では、とにかく乾杯ということで。
カンパーイ」

と言いながら3人はグラスを合わせた。

鍋島はビールをグビッと呑んで話を戻した。

「ぷぅさんの妹の入院してる病院はヤバイってこと?」

リリーは一気に半分ほどビールを呑み干した後に口の周りについた泡を拭きながら答えた。


死への準備

「ヤバイよね。
しかも、それだけじゃないわ」

「えっ?他に何かあるの?」

ぷぅさんこと里中が口を挟んだ。

リリーは真顔で里中を見つめながら答えた。

「妹さんが転移を聞いた後に死ぬことを受け入れたみたいよ。
そこへ向かって準備を始めてるわ」

里中は混乱した。

鍋島も動揺したが

「自分で死ぬって思ってるってこと?」

なんとか質問した。

リリーは真顔のまま答える。

「そうね。
彼女は自分が死んだ後の子供たちのことと旦那さんのこと、自分の両親、家族のことを考えてたとえ自分が死んでも困らない様にしておきたいって考えてるわ」

里中は混乱したまま

「死ぬ前提ってこと?
下の子供がまだ小さいから置いて死ねないって言ってたのに…」

そう言った声が震えてる。

「そこが問題なの。
ご本人が死を受け入れて死ぬ準備をしてるってことが1番の問題なの。
真面目な人ほど、この現象を起こしてしまうの。
自由気ままに生きてる人は死んだ後なんて自分がいない世界だから関係ないのよね」

リリーは言った後にタバコを思いっきり深呼吸の様に吸った。

里中が

「だったらどうしたらいいですか?」

率直に聞いた。

「明日、病院に行くわ。
とにかく現地で対処した方が良いと思うし、妹さんに直接会うのが早いと思うわ。
だから私が行くことを彼女に伝えておいて。
それから、私に彼女の病室番号とフルネームをメールしておいてもらえるかしら?」

言い終わる時にリリーは鍋島の顔を見た。

鍋島は無言で頷いた。

そしてその場で鍋島はリリーにメールを送った。

鍋島がリリーの顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

「明日俺も行くよ」

「じゃあ、明日」

リリーはいつになくキリッとした表情で言った後に残りのビールを呑み干した。

・・・

続きは次回…

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