光を見つけて
アダルトチルドレンを自覚して、11年。
先日私はまた一つ自分の苦しみをブレイクスルーすることが出来ました。
自分自身と向き合って、今でも一つ一つ丁寧に、
苦しみの奥の奥の奥のほうを見るようにすることで、
私の奥深くの私のハートに出会う。
そこに行くのは、自分でいかないといけないからとてもこわくて
勇気のいることです。
それでも、一歩ずつでも進もうとすることを諦めなければ
そこには必ず行けるのです。
本当は私の経験をまるごとそのまま伝えたい私がいる。
誰かに聞いてほしいと思う私もいる。
これが私の人生で、私に起きた奇跡も伝えたい。
奇跡というものがあるのなら、
人生観がまるで変わるような意識の変化。
でもまだ恐れていて、出来ないって思う私もいて、
それはどんな風に許可が下りるかわからない。
でもゆっくりとそんな自分も見ていこうと思うのです。
私の人生はそれはもう、ひどいものだった。
人になんて晒すのはとても恥ずかしい、そんな人生でした。
だけど分かっていてもそのドラマの中から降りることをやめられない。
オートマティックにそのドラマが延々と繰り広げられる。
苦しいのに、もがいてもがいて、
どうにかしようとしていた。
それはどこかでまだ、私自身が私の手でどうにかできるって思っている証。
でも結果は同じで、失敗を繰り返すことで、より自尊心が傷付き、
私は狂ってるんだと、ただただ思う繰り返し。
私は子供を産んで自分の愚かさを思い知ったのです。
我が子を前に、取り返しがつかない、そう思い、
涙が止まらなかった。
大好きでどうしても会いたかった夢にまで見た我が子。
出会えたらただただ私は幸せになれると思っていた。
私は自分の人生に完全に責任を持てなくなっていた。
私が拗らせた私の人生なのに、
自分でどうすることも出来ず、誰かに助けてもらう夢ばかり見ていた。
私はいろいろな中毒でした。
子供を産んだのは、
私が生きていたいがためで、
生きる希望に、子供が欲しかった。
死にたいと思ってると思っていたけれど、そうじゃなかった。
私はただ、幸せになりたかった。
いとおしい我が子を抱いて、
私は完全敗北を認めざるを得なかったのです。
そして私は人生のどん底にいるっていうことを認めた。
完全に諦めた。
私は私のわがままで、この子を産んでしまったんだ。
私はどう責任を果たしたらいいかわからない。
私はなんて幼稚で無力なんだ。
自分の人生すら責任が持てないのに、
この子の運命は私が握っているというのに。
どれだけ泣いたかわからないです。
子供のように大声でたくさんたくさん泣きました。
そして自分ではもう動けないから誰か助けてくださいって、
そう思えたら全ては変わっていきました。
それから様々な回復のための体験を積んで、
私はたくさんの愛を、
私の中に見つけていきました。
でも気付いたことがある。
絶望の中でも、切なさの中でも、
私は苦しみの中に、かすかに美しさを感じていました。
それが何かはまだ私にははっきりわからないけれど、
過ぎ去れば私たちに大切なことを教えてくれる。
そんなことできれば経験したくないことなのだけれど、
きっと意味があってそれを学びに来てる。
私の本質は、とても明るくて強い。
今の私はそう思えるし、11年経って自分のことを好きだって
思えるようになった。
私の人生はくだらなかったかもしれない。
でも美しい。
だから私には苦しみを持つ人たちの、
絶望の中にも、光があることがみえる。
どうか生き延びてほしい。
そしてその光を、自ら見つけてほしいし、
あなたこそ光であるということを感じてほしい。
そう願います。