陰キャ非モテの私が女装して発展場に行った話#07
私はトイレで用を足すと手洗い場の鏡の前に立った。
鏡の中にはエリカがいる。
不思議だ。
数時間前まで世界中どこにも存在していない女の子が、いま実態を持った形で存在している。
エリカと名乗りその存在を認知されている。
まるで魔法のようだ。
だがその魔法ももうすぐ解ける。
12時を過ぎたシンデレラのように元に戻るのだ。
陰キャ、ぼっち、非モテの男に戻る前にもう少しだけエリカの姿を眺めていたい。
私は時間を忘れてしばらくの間、鏡の前から離れられないでいた。
その時だった。
ガチャ。
トイレのドアが開いて男性が入ってきた。
発展場のトイレは男性と女装子で共用である。
何より元々どちらも男なので分ける必要がない。
私はその場を立ち去ろうとトイレの出口へ向かおうとした。
「待って!さっき向こうで話してた子だよね?」
男性が声をかけてきた。
どうやらコミュニティスペースで私の方を見ていた人らしい。
「かわいいね。本当、女の子みたい」
「あっ、はい、ありがとうございます」
話しかけてきたのは私よりも一回り以上年上のおじさんだ。
お世辞にもイケメンというタイプではない。
私がトイレから出るとおじさんもその後をついて来た。
「あのさ、ここ発展場だしさ、そういうつもりで来てるんだよね?」
回答に困った。
私はどういうつもりで来ているだろう。
自分ではそれなりに覚悟をして来ていたつもりだった。
こういうケースも当然想定していた。
だが、いざその時が来ると身体が硬直してしまう。
誘われたからといって発展に至る必要はない。
断れば良いのだ。
タイプじゃないとか言えば良いだけ。
それでいい。
「向こうで見た時からさ、ずっと話しかけたくて待ってたんだ。よかったらさ、個室に行かない?」
エリカが求められている。
誰かに必要とされている。
コインが宙を舞う。
表か裏か。
確率はどちらも50パーセント。
断って良い娘のまま家に帰るか。
ついて行って悪い娘になるか。
コインは地に落ちた。
良い娘になったところで天国には行けない。
帰る先は小汚い一人暮らしのアパートだ。
だったらいっそ……。
「優しくしてくれる?」
悪い娘になってやろう。
地獄でもどこでも行ってやろうと思った。
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