『i アイ』
この本は本屋の中をふらふらと眺め歩いていたときに目に留まった。なんて自己主張が強い帯だろう、気になるじゃないか。『i』というタイトルも気になる。主語としての”I”、i○○○(apple製品ね)の”i"、AIの”I”、そんなことが頭をよぎったので読んでみることにした。ちなみに西加奈子さんについて知っていることは名前だけ。私の西加奈子デビューだ。
読み始めると、しょっぱなからパンチが効いている。効きすぎている。この小説には私がちょっと連想したようなデジタル的な”i"の要素はなかった。タイトルの『i』が示しているのはアイデンティティだった。
おそらくこの本は、自分自身のアイデンティティに不安定さやゆらぎを感じていたことのある人にしか分からないと思う。主人公のアイの心の状態は、出自に反してアイが恵まれた環境にいることに対する罪悪感として表出している。
本書の感想を検索してみると、よく分からないとかアイに対する批判めいたコメントが少なくないようだ。賛否がキッパリ分かれている。
アイのことが分からないということは、自分のアイデンティティなんて意識したこともないくらい当たり前に安定している恵まれた人だ。そして自分が恵まれているということにすら気がついていない。
自分の出自や育ちを周囲の人に理解してもらうことは難しい。そして理解されないということでますます悩みは深くなり、人生はどんどん迷宮入りしていく。アイは苦しみから逃れるために数学に没頭する。
中盤からアイに人生の大きな変化が訪れる。アイの心が振り子のように大きく振れる。幸せとその先にある不幸せ。自分のアイデンティティというものは、他者によってもたらされるものではなく、自分がどう捉えるのかという究極の自分事だ。
「過去の自分」を心の置き場にしていると、未来永劫過去と地続きの人生にしかならない。過去なんてどうにもならないことにエネルギーを注ぎ続けるより、今の自分が欲するものに耳を傾けよう。
ここ数年言われているマインドフルネスの考え方が最後のセリフとオーバーラップする。