特異世界の物語1 ー吒枳尼天と歓喜天ー
大聖歓喜天を思い浮かべると、同時にダーキニーという言葉が思い浮かぶ。
かれらは一対の人格のようであり、お互いに表裏、背中合わせの存在だ。
ダーキニーは想い馳せる。不思議と癒される想いがどこからやってくるのか、彼女には伝わっていく。歓喜天が喜びを人にもたらすのであれば、ダーキニーは嫉妬や辱めを人にもたらすものだと考えられてきた。夜叉とは「人を喰う鬼」の一族と称される。
ろくめいの
ふかしぎなこと
いくつかの
とおりみちでの
できごとありきと
ダーキニーは癒される時を待ち望んでいた。始まりの時は終わりの時。過去の世の中と終わりの世界の世の中。始まりにも終わりにも彼女はずっと存在し続けてきた。もう、その役割を終えてもよいだろうとパラーシャラは伝えた。
はれのひの
ともとだきあう
せいてんの
かがきかがやき
はじまりのほしを
「はなすことなどなにひとつないと思っていた。あなたにはよく理解のできない私たち妖魔の話を、どう伝えれば理解してくれるのか。
ダーキニーとは「特別な始まりの祖」に仕えた、夜叉の類だ。
わたしたちは、歴代の祖帝とともにあった。
はじめも終わりも彼らのために存在している。今でもそうだ。私たちは生まれたその日から、天帝への忠誠を強いられる。それがはじまり一回の秘密だ。
許してほしい。それは生まれたときからの宿命(さだめ)であり、自らの意思とは反している。やれといわれたらやらなければいけない運命なのだ。わたしたちはそのように躾けられてきた。万一背くことがあれば、人が澄んで営みを行えるような世界には向かうことができない。私たちが夜を背負って未開のはじまりを祝しているからこそ、はばかりなく生きていられるものたちもいるという意味だ。
反感を買うような言葉をいくつもならべて世界に反旗を翻すひとびとも、対立して命を取り合うような組織構成も、科学の縛りで人の魂を圧制している世界観も、すべては天帝の思し召しのまま我々一族がある一端を担う。良い担いを受け持つ一族もいれば、わたしたちのようなものもいる。簡単にこの構造を変えることはできない。理由などいくらでもいくらでも思い浮かぶ。理由をつけてやれないと言っているのではない。
それは・・・こうするしかできない者たちの意思で成り立つとは言えども。
簡単に変えることなど・・・」
天帝は泣きべその夜叉をなぐさめる。人々の命を食らう役割を担うという不条理に、一番泣いているのは彼女たちなのだ。
科学的立証のない世の中に閉じ込め、冷えた魂を食らう時、変化は訪れる。カマイタチの言葉にもあるとおりに、時空変幻のためにはいま、それが必要なのだと彼女は言う。
天帝とは無慈悲なものであるが、人にとってその天帝すらいまは存在が薄い。夜叉が存在する事実もまた遠いものである。
理解しがたい異界の物語。
はじまりの時、おとずれた幸せの話のつづきを書き記そう。心を込めて、愛をこめて・・・
なやましき、夜叉の乙女の物語
理想世界の根源に
彼女を樹から滑り落した神の名を
夜叉のはじめの祖となして
古代の智慧を手渡せば
欲は自滅し 理想が叶うと説いたらば
(密教の『み』の巻|歓喜天の物語より抜粋)