本房

日常と繋がる物語を読むのも書くのも好きです。

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記事一覧

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第9話 ブラウス(3)

年末にカフェは一週間ほどお休みになりました。私は友人と温泉旅行へ行ったり、新年会に出かけたりしていましたが、たしか天気の良い日が続いていたと思います。 年が明け…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第8話 ブラウス(2)

先生はお客さまからのリクエストやその時々のお店の雰囲気に合わせて、ピアノを演奏しました。空気に溶け込むようにクラシックやジャズを弾いたり、おしゃべりにぴったりの…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第7話 ブラウス(1)

曇りガラスに人影が映りました。木のフレームに縁どられたドアが、静かに押し出されます。 「やあ」 「いらっしゃいませ」 「やっぱりここは違うんだね」 来店されたのは、…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第6話 メガネ(6)

おじさんの入院は一週間で終わった。通院してリハビリをして、仕事もできるようになったんだって。そういえばあの日、病院で友達にも会ったんだ。僕とお父さんが病院の入り…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第5話 メガネ(5)

今日はね、病院に行ってきた。僕のおなかのことじゃないよ。お父さんと夜ご飯を食べていたら、電話がかかってきたんだ。電話に出たお父さんが「えっ」と顔をしかめて、低い…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第4話 メガネ(4)

パンを買った帰りに、初めて見て、その日からだよ。おなかの中が見える人に気が付くようになったのは。いつもじゃないけど見えるんだよ。お父さんと電車に乗って映画を観に…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第3話 メガネ(3)

だけど、何か、思っていたのと違うのはなんだろう。もう学校に行きたくなくなって、お父さんに言った。僕が思っていることがうまく伝わる自信はなかったけど、でもお父さん…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第2話 メガネ(2)

春分の日。お父さんとお墓参りに行った。お墓をきれいにして、お花を飾って、お茶とおはぎをお供えした。お父さんと僕はずっとだまっていた。ケンカしていたわけじゃないよ…

本房
3か月前

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」(メガネ)(ブラウス)第1話

<あらすじ> 窓をめぐる2つの物語。『メガネ』は母親を亡くした少年のお話。父親と穏やかに暮らす一方で、段々と居心地の悪さを感じ始める。そんな中で思い出したのが、本…

本房
3か月前

夜とポトスとおひめさま

目が覚めた。でもまだ夜みたい。リビングルームからフォークとお皿の音、お酒を飲む細いグラスの音、大人の話し声が聞こえる。 「なに食べてるの?」 返事がない。ベッド…

本房
5か月前

夏のバス

「本当に大丈夫?」 朝から何度も聞かれるうちに、フミはだんだん不安になってきます。今日は初めて一人でバスに乗って、おばあちゃんの家まで行くのです。 いつもと同じ…

本房
3年前
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第9話 ブラウス(3)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第9話 ブラウス(3)

年末にカフェは一週間ほどお休みになりました。私は友人と温泉旅行へ行ったり、新年会に出かけたりしていましたが、たしか天気の良い日が続いていたと思います。

年が明けてから初めてアルバイトに行く日、前日の夕方から降り始めた雪は、止むことを忘れてしまっているようでした。家を出ると昨日までのやせ細った雪景色は一変し、ずしりと、静かに力を取り戻していたのです。久しぶりにお店を開けるので、いつもより早めに家を

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第8話 ブラウス(2)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第8話 ブラウス(2)

先生はお客さまからのリクエストやその時々のお店の雰囲気に合わせて、ピアノを演奏しました。空気に溶け込むようにクラシックやジャズを弾いたり、おしゃべりにぴったりの伴奏をしたり。私はその様子に見とれずにいられませんでした。ピアノを鳴らすことは私にもできますが、先生はその音色やリズムの中で、指先から身体まですべてが美しく動きます。ただ少し、こわさも覚えました。特に雪が深く降り積もった日、ピアノの弾く先生

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第7話 ブラウス(1)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第7話 ブラウス(1)

曇りガラスに人影が映りました。木のフレームに縁どられたドアが、静かに押し出されます。
「やあ」
「いらっしゃいませ」
「やっぱりここは違うんだね」
来店されたのは、冬になるとこの町に来られるご夫婦です。以前はスキーを楽しまれたそうですが、最近は別荘で雪景色を眺めて過ごされます。
「この冬も美味しいコーヒーが飲めるんだね」
「はい」
「でもどうして、よそみたいにお休みじゃないのかな?」
この辺りでは

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第6話 メガネ(6)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第6話 メガネ(6)

おじさんの入院は一週間で終わった。通院してリハビリをして、仕事もできるようになったんだって。そういえばあの日、病院で友達にも会ったんだ。僕とお父さんが病院の入り口で、誰のお見舞いに来たのかとか、用紙に色々書いていた時だった。背中をトントンってされて、振り返ったら友達がいた。その子もお父さんと一緒におじいさんのお見舞いに来ていたんだって。ビックリしたけどうれしかった。その時「今度遊びにいくね」って言

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第5話 メガネ(5)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第5話 メガネ(5)

今日はね、病院に行ってきた。僕のおなかのことじゃないよ。お父さんと夜ご飯を食べていたら、電話がかかってきたんだ。電話に出たお父さんが「えっ」と顔をしかめて、低い声でうなずきながら話を聞き始めたから、ご飯を飲み込めないくらいドキドキした。お父さんは、初めはすごく驚いていたけど、それから怒っているみたいになって、最後に謝ったんだ。

電話を切ったお父さんは、僕の顔を見て、口だけで無理やり笑顔になった。

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第4話 メガネ(4)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第4話 メガネ(4)

パンを買った帰りに、初めて見て、その日からだよ。おなかの中が見える人に気が付くようになったのは。いつもじゃないけど見えるんだよ。お父さんと電車に乗って映画を観に行った時もそう。お父さんと電車の座席に並んで座っていたら、誰かに見られている気がした。目の前の席には、太った女の人が肩に小さなハンドバッグをかけたまま背筋を伸ばして座ってた。女の人の目は、僕なのか、僕の頭の上の方にぶら下がってる丸いつり革を

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第3話 メガネ(3)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第3話 メガネ(3)

だけど、何か、思っていたのと違うのはなんだろう。もう学校に行きたくなくなって、お父さんに言った。僕が思っていることがうまく伝わる自信はなかったけど、でもお父さんは先生と話してくれたんだ。それでしばらく学校を休むことになった。その代わり、昼間は近くのおばさんの家で勉強する。そこでご飯も食べることに決まった。僕の家からは、駅へ行くときに通るアーケードを抜けて、駅のロータリーも越えて、サッカーが強い高校

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第2話 メガネ(2)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第2話 メガネ(2)

春分の日。お父さんとお墓参りに行った。お墓をきれいにして、お花を飾って、お茶とおはぎをお供えした。お父さんと僕はずっとだまっていた。ケンカしていたわけじゃないよ。もしかしたらあの時のお父さんも、誰からもお母さんのことを聞かれず、心配されずに、本当のお父さんでいられたのかな。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
お父さんが先に歩き出して、僕も続いた。15mくらい進んで、左に曲がる時に、何となく振り返った

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」(メガネ)(ブラウス)第1話

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」(メガネ)(ブラウス)第1話

<あらすじ>
窓をめぐる2つの物語。『メガネ』は母親を亡くした少年のお話。父親と穏やかに暮らす一方で、段々と居心地の悪さを感じ始める。そんな中で思い出したのが、本当の自分になれる窓がふいに開くというかつての体験。少年は独自の方法で、その窓を開けようとするが思わぬ事態に。
『ブラウス』の主人公は若い女性。大きなガラス窓のあるカフェで、子供時代のピアノの先生と再会する。昔から美しく、今はカフェを営む先

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夜とポトスとおひめさま

夜とポトスとおひめさま

目が覚めた。でもまだ夜みたい。リビングルームからフォークとお皿の音、お酒を飲む細いグラスの音、大人の話し声が聞こえる。
「なに食べてるの?」

返事がない。ベッドからじゃ聞こえないのかな。
「こ。れ。」
お布団にもぐったらみきちゃんがきてくれた。ベッドの柵の間から、何か入ってくる。なんだ、銀色の包み紙。キッチンの棚に置いてあるお菓子のカゴに、いつも入っているフィンガーチョコ。みきちゃんがフィンガー

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夏のバス

夏のバス

「本当に大丈夫?」
朝から何度も聞かれるうちに、フミはだんだん不安になってきます。今日は初めて一人でバスに乗って、おばあちゃんの家まで行くのです。

いつもと同じバスに乗るだけ。
心配されるほどのことではありません。お出かけする時間が近づきました。フミは青リンゴがプリントされたノースリーブのワンピースを頭からかぶります。ふと体の動きが止まります。しばらくじっとして、それから頭と腕を出しました。レー

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