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私は私の体と生きていく。

コンコンコン。
僕は陸上部の部室のドアをノックし中に入る。

監督が椅子に座って待っていた。
傍にはコーチもいる。


「この前の件、考えてくれたかね。」

静かに監督が話し始める。

「はい。足の手術の件ですね。」

「そうだ。手術を受けてこの装置を付ければ、人類の限界を超えて世界最速の男になれるんだぞ!素晴らしいと思わないか。」

監督の足に目をやると、そこには装置が付いている。監督自身も数ヶ月前に手術を受けていたのだ。

「ただし。一度装置をつけると、もう二度と元の足には戻らないがな。」

監督は声を落とし付け加える。


僕は意を決して口を開く。

「せっかくのお話ですが、お断りさせていただきます。」

僕の言葉に驚いたのか、監督は大きく目を見開き、コーチと顔を見合わせる。

「どうしてだ。この手術を受けたくて何百もの人が首を長くして順番をまっているのだよ。今回、特別な計らいで順番を回してもらったんだ。それを断るというのか?!」

「申し訳ありません。
確かに世界初の記録を作り出せる可能性があるのはとても魅力的です。しかし、すばらしい記録をつくれたとしても、すぐにそれは次の誰かに追い越されることでしょう。
私は私の体のままで、どこまで速く走れるのか、それが知りたいのです。限界を知らないままこの体を手放すことはできません。
私は私の体と生きていきたいのです。」

「………そうか。次のチャンスはないぞ?後悔はしないんだな?」

「はい!」

僕は力強く答える。


「わかった。もう行っていいぞ。」

「失礼します。」

僕は静かに部室を出た。


ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ...…
目覚まし時計の音で目を覚ます。

「あぁ...なんだ、夢だったのか。」

私は夢の余韻に浸りながら、自分の足に視線を落とす。

『私は私の体と生きて行く』かぁ。

私は私の体を大事にできているだろうか。
しばらく自分の体に思いを馳せる。

「あっ!身支度をしないと!」
ベッドから起き上がり、いつものニュース番組を見ようとTVのリモコンを押す。

「ワァァァー!!!!パチパチパチパチ!!!」

TVから聞こえてきたのは観客たちの大声援だ。


TV画面に目をやると、そこには世界陸上100メートル決勝の映像が流れていた。

(完)



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《おまけ》

Video Museum of Science ビデオミュージアム オブ サイエンスより


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#メタバース
#ムーンショット

#価値観は人それぞれ